日米の内科システムの根本的な違い コロナウイルス診療に関連して
Noteを開始して早速三日坊主となっていましたが、日本の報道を見ていて少し疑問に思った点があったため備忘録として記載しようと思っています。まずは改めて一刻も早いパンデミックの終息を願うばかりです。
今回は、下記を記載しています。具体的な診療方針やワクチンなどについては一切記載しておりません。
・現在のNY ・日本の報道について
・日米の内科教育や病棟システムの違い ・それぞれの良しあしについて
NYでは3月ごろから一斉にCDCの推奨に伴ってワクチン接種者のマスク装着ルールが大きく緩和されました。マスク無の外出、作業はとても快適ですが一方であまりにも多くの人々がマスク無で大声でしゃべり飲食を楽しんでいる日常風景を目にし、「また感染者数が増えるのでは・・・」と危惧していましたが、少しずつ増えてきている印象です。
さて、コロナウイルスのdelta variantが猛威を振るう中で、日本でも診療制限の可能性について報道が増えております。この中で「なぜ日本は病床数、医師数などが多いにもかかわらずすぐ診療のキャパオーバーになってしまうのか?いったい医師会や政府はこの1年何をしていたのか?海外では日本よりもとてつもない感染者数がいるのにキャパオーバーになっていないではないか」というような批判的な意見が増えています。
この日本と海外の医療キャパシティの違いについては、一概に数だけの比較で論ずることは難しいと思います。1年間何をしていたのか?という表面的な批判は、何も進捗を感じられないフラストレーションや、実際自宅療養のみを余儀なくされる患者さんが増えていることから来るのでしょうが、ここでは中立的(ニュートラル)に違いに影響を与える要素について考察してみようと思います。アメリカと日本を比較した場合、コロナウイルス診療のキャパシティについて、医師サイドからの視点として最も差が出る部分は
内科教育や内科システムの日米の根本的な違い
だと、私は考えています。私は日本と米国でしか働いたことがないため、欧州やその他アジア地域の内科診療については考察困難であることをご了承ください。
日本の内科トレーニングは
医学部卒業後の2年の初期臨床研修(内科以外にも外科、小児科、麻酔科、産婦人科、などをローテート)を行った上、現在は3年以上の後期研修を行い内科のトレーニングを受けます。(※筆者は新専門医制度より前の内科認定医制度の最終学年のため、新専門医制度には疎いです)
この後期研修が内科トレーニングの骨格なのですが、多くの場合後期研修1年目もしくは2年目に各内科の専門(循環器内科、呼吸器内科、消化器内科)などを”ローテーション”することで各科の基本的な知識を身に着けたのち、医師4,5年目に専門診療科(例えば循環器内科など)を決定して、より専門的なトレーニングを受けていきます。なので、より専門的な知識を身に着けていくことに特化したスペシャリストのトレーニングの比重が大きいです(専門家をスペシャリスト、内科を幅広く対応する医師をジェネラリストにここでは分類させてください)。一部の病院ではジェネラリストとしての教育に力を入れているところもあります。その多くの場合は”総合内科”、”総合診療科”、”総合救急診療”などの冠を持った診療科・部門が存在し、そこでトレーニングを受けることになります。
一方でアメリカの内科のトレーニングは徹底的なジェネラリストとしての教育をメディカルスクール卒業後、まず3年行い、その後希望者はスペシャリストとしての教育を受けます。日本では内科医のイメージは「循環器内科医」「消化器内科医」などの専門診療科としての内科医像が強いと思います(ジェネラリストも「総合診療科医」「救急医」などとカテゴリー分けされると思います)。アメリカの場合は内科医のカテゴリーは「プライマリーケア医(かかりつけ医)」「ホスピタリスト(病棟医)」「スペシャリスト(専門診療医)」と分けられており、完全に縦割りになっていると思います。内科のトレーニングの比重の多くは、このホスピタリストとしての業務が5割程度、プライマリーケアの研修が2,3割、希望者はスペシャリストの研修を残りの1,2割占めます。
日本の場合、入院診療は
具合が悪くなった緊急入院の他、検査や治療のための予定入院
が占めており、後者の割合が以前多く占めます。
一方でアメリカの場合、”予定入院”の概念はあまりなく、入院診療の大半は具合が悪い人のための緊急入院が占めます。ただしこれは内科の場合で、外科などは侵襲的な手術などは当然予定で入院し手術を組む場合があります。
米国では、この具合が悪い人のための緊急入院に対応するのはほとんどが病棟医であるホスピタリストと、ホスピタリストに従うレジデント(研修医)達です。これらの医師のもと、もし専門的な意見や治療を要する場合、必要に応じてスペシャリストに意見をうかがうことになります。
一方日本では、予定入院ではない場合(緊急)、疾患に応じて最も適切だと考えられるスペシャリストの専門診療科に割り振られるか、よく見られる病気の場合(肺炎や尿路感染症など)は、かかりつけの診療科(例えば肝硬変で消化器内科に通院している方の肺炎などは、肺炎だから呼吸器内科、ではなく消化器内科にそのまま入院して、必要に応じて呼吸器内科に相談する)に入院することが多い印象です。また、日本では外来と病棟の区別が不明瞭なため、例えば外来主治医が病棟チームに入っていることが多々ありますが、アメリカの場合は完全に縦割りなので、外来でみていたプライマリーケア医が病棟診療に関わることはほぼありません。
コロナウイルスの日本での診療が現在どうなっているかあまり詳しくはないですが、患者数が一気に増えると、「いったいどの診療科が、何人患者を取ればいいのか?」「我々の診療科は肺炎や感染症とは遠いから診療できない」「マンパワーは少ないが一般内科や呼吸器内科、感染症内科が診療すべきではないのか」「いやマンパワーが少ないから他の診療科もみるべきだ」といった、”どの科が診る問題”が発生します。日本で勤務していた際はパンデミックの前でしたが、それでもこの”どの科が診る問題”はどの病院でもよく発生していたと思います。
一方でアメリカの場合は、具合の悪い人は病棟内科医・ホスピタリストが診る、と元から決まっていますので、ここの調整に労力をかける必要はなく”どの科が診る問題”は発生することが少ないです。
キャパシティの話に戻りますが、アメリカでは病棟医(ホスピタリスト)の地位が確立されており、大きな病院では常に研修医がある程度の人数、病棟にいますので、とりあえず具合の悪い内科患者さんは病棟に入院して、ホスピタリストや研修医の診療を受ける、というフローが常にあります。また、病棟のシステムが違うため、病棟の看護師さんも救急入院や一般内科診療には慣れています。日本では専門に特化した病棟何かは、まったく別の病気で入院する場合は対応が大変になってりてんやわんやするときもたまにあります。
冗長になりましたが、アメリカにおいては、病棟内科医(ホスピタリスト)の存在、潤沢な研修医というリソースが病棟内科にいる、ことが診療のキャパシティを広げるカギになっており、一方で日本では専門診療科が病棟を多く持っているのと、一般内科や救急内科の病床数が元々少ないため、救急対応の患者の振り分けや多くの患者受け入れが難しくなるのではないかと思います。
ここまでくると、アメリカの方が医療体制が良いのではないか、という風に感じられますが、これはあくまでもパンデミックの救急対応に対する視点です。アメリカでは診療科ごとの縦割りや、専門家がコンサルタントとしての役割が多いため、患者さんに対して責任感を持って治療するというマインドは育ちにくい印象ですし、多くの患者さんがいろんな診療科の意見に振り回されてしまっている現場多々目にします。日本の場合は、総合病院に通院している患者さんなんかは、外来で通院している先生が、いざ入院してしまった場合も関わってくれる安心感がありますし、専門診療科の先生も定期通院している患者さんに対してはかかりつけ医のような視点で接してくれることが多いですので、患者さん目線からは日本の方が安心感がありますよね。
今回は、パンデミックから見る日米の内科システムの違いについて記載致しました。これ以外の要因ももちろん存在すると思います。何はともあれ一刻も早くパンデミックが終息し、平穏な日常が戻ってくることを願っております。
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