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【エッセイ】嗚呼‼️ 子ども会

『子ども会』このワードを聞いただけで未だにアレルギー反応を起こしてしまいそうです。私、小さな頃から子ども会に対していいイメージがありませんでしたから…。

拒否権など行使できない中、ゴールデンウィークは神輿担ぎ。夏休みは地区対抗球技大会の練習(運動オンチ故、練習試合すら出してもらえないのにですよ)に駆り出されていました。

更に同じ地区の同学年の女の子たちは一人を除いて全員意地悪(´;ω;`)

そして母はもっと大変だったと思います。

社宅が縮小(後に解体)したため、本来の地区にあった子ども会がなくなってしまいました。隣の地区と合併するも、看護婦として働いている母には全く理解がなかったらしい。(今と違って、昭和50年代当時は専業主婦が多かったからな)

次年度の会長選出の際、急なお産で病院から呼び出された為に欠席したところ、「『くじ引き』の結果、お宅に決まりました」との事後報告が…。(絶対押し付けだろ⁉️)。「以前の地区で役員はやった」と訴えても「そんなの関係ねぇ」状態。

あ、でも母は会長はやっておりませーん。だって頭に来て引っ越しましたから(σ'д`)

元々引っ越す予定はあったんですよ。「そろそろマイホーム買おう」と。ゆっくり検討していたのですが、急ピッチで建て売り購入した…というワケです。

その後、その地区の会長選びはどうなったか私も母も知りません(知るかっ‼️)。

そして私は小学6年の時にめでたく『学区外』入り‼️  いやぁ、親子共々スッキリした♪ヽ(´▽`)/

だがしかし‼️

子供を持ってしまった以上、今度は保護者として子ども会に返り咲く未来が私に待っていたのでした。いやぁ咲きたくねぇ(>_<)

このnoteはそんな子ども会アレルギーの私が一年間役員を『やらされた』時の愚痴です。子ども会に対して思うところがある方もそうでない方もよろしかったらどうぞ((⌒∇⌒)ノ"

役員集合‼️ さあ「子ども会会長」になるのは誰だ⁉️

現代はあらゆる情報が溢れている時代なので、知っている方も多いと思いますが、子ども会の入会って基本『任意』なんですよね。

友人の小学校は完全任意でした。長男くんの入学前に役員の方が入会の意志を確認するために訪問し、「いいえ」と言えばそれでおしまい(登校時の旗当番だけはある)

な、何、その神運営⁉️

私の小学校の地区は絶対加入でした。当時回ってきた子ども会回覧板「子ども会の退会は認めますが、それは役員をどこかで必ず1年間やってから…」などと書いてある『会員各位へのお知らせ』が挟まっていて、マジでビビりましたね。何というか『ソフトな脅迫文かよっ』みたいな?

自分が役員やる時に、何かの間違いで子ども会消滅しないかなー。

…と半分本気で思っていた私です(´д`|||)

しかし子ども会は消滅することなく、とうとう自分の番を迎えてしまいました。数年前の2月某日、次年度の役員が各役職を決める為に団地の集会所へ…。

どの役職もやりたくなかったが、全員が拒否したかったのは「子ども会会長」。以前、この役職に当たったママさんが、一人で無理をしすぎて過労で倒れた…という噂を聞いていましたから((((;゜Д゜)))

「私はシングルマザーのフルタイム勤務ですが一年間やり遂げました。ですから小さなお子さんがいようが、介護をしていようが、当たった方はどんな理由でも会長職に就いてもらいます」そう言って引き継ぎを担当した前会長が皆の前に差し出したのは特製あみだくじ

あーあ、こんな風に「自分はやったから‼️」の繰り返しだから、子ども会の活動がスリム化されるのは難しいんだろうね┐(-。-;)┌

そして自分はこうゆうシーンのくじには当たり安いんだよ(-""-;)。『一番くじ』には当たらないのにさ(おっと話がそれた)

結果発表までの時間、心臓がおかしくなりそうでした。「当たる当たるーよ自分は当たる(中島みゆき♪『時代』の節で)」と覚悟していたのですが、フタを空けてみれば…。

は、はずれたぁぁぁ‼️\(^o^)/

なんと別の人が選んだ場所が当たりという名の大ハズレだったのです。やったー‼️ 助かった\(^o^)/\(^o^)/\(^o^)/と声を上げたい気分でした。あ、勿論そんな素振りは見せないようにしましたよ。うーん、でも顔には出ていたかもしれません( ̄▽ ̄;)

どれも面倒‼️ 子ども会役職あれこれ

※あくまで私の地域においての説明。同じ子供会でも各団体によって結構な違いがあります。そして身バレも怖いので、ざっくばらんに説明させていただきますねm(_ _)m

子ども会会長…その年の役員や行事の進行をまとめる。地域の自治会、地域外の子ども会関係機関と連携して子ども達のための活動を行う。言葉にするのは簡単だが、自治会に振り回されまくる超ハードな役職。

子ども会副会長…会長の補佐。ハードになるかどうかはその年の会長次第

会計…子ども会の収支をまとめたり、各家庭から集金した現金を預かる。実は会長の次に不人気な役職だった。

書記…回覧板に回す文書の作成。叩き台となる過去の文書は預かったUSBメモリーの中にあるために、それを今年度風に修正すればオッケー。一見楽そうだが、それを回覧板の数だけ印刷するのは面倒くさい。まれに『各家庭分』の数が必要になることも。その時は部屋中が印刷物だらけになり、ぶちキレそうに…。

児童交通安全係…登校班関係の仕事。旗当番の順番表の作成などを行う。

対外部機関係…地域外での活動を行う際の責任者。

大体こんな感じです。役員は必ず何らかの役職を選ばなければなりません。その年の役員の数が多ければ、1つの役職に2人が就くことも。(ただし『会長』は除く)

ちなみに私は書記になりました。

「へぇ、一応ライターなんだし、いいんじゃない? 」と思われたかもしれませんが、私基本「アナログ人間」なんですよヾ(;゚;Д;゚;)ノ゙。今も微妙だが、当時はもっとひどかった。パソコンなんてネットを見るくらいのレベル。Excelを『エグザイル』と読み間違えたこともありましたし…(/。\)

じゃあ、なぜ書記なんかに?  理由は簡単です。会計か書記かという選択肢だったので「多額の現金を扱う会計になるくらいなら、出来ないパソコンを使う書記の方がマシだ」と考えたからでした。

まあ、おかげでExcelが分かるようにはなりましたけどね。Wordとの画面の違いが(オイオイ(゜゜;)\(--;))

子ども会/私が思う「いらねぇ~‼️」行事

断トツ1位は球技などの「○○大会」系でした。

だって各家庭に募集かけてもほとんど集まらず、結局役員の子供が毎回強制参加させられたのですから。(次女よ、あの時はすまなかった)

そして、そんな感じで無理やり人を集めた地区別対抗某球技大会でのこと。

当日はあいにくの雨。雨天時は室内でレクリエーション的なものを行う予定でしたが、小雨の場合は決行するとのことでした。

小雨の場合は…ですよ。

この時の雨はいわゆる「ザーザー降り」。すぐにでも室内に移動だろう…と思ったのですが、移動の指示をするどころか、ずぶ濡れのグランドに白線を引こうと何度も試みる球技大会実行委員(゜〇゜;)?????

えっと…実行委員のみなさん、何をそんなに意地になっているの?

運営のお手伝いとして召集された役員達は心の中で同じことを思ったでしょう。

ようやく室内移動の決断が下ったのは30分近く経った頃だったハズです。意味のない待機時間のせいでほとんどの役員の靴はグショグショ…(#`皿´)

ここからは私の推測です。この大会には来賓として『エライ』方が何人か来ていました。実行委員のみなさんはこの方々にスピーチや表彰などの『お仕事』をさせなければバツが悪いと思ったのでは⁉️  …ええ、あくまで推測ですよ。す・い・そ・く( ̄▽ ̄;)

「どうしても子供たちに球技をやらせてあげたかったんですっ‼️」と判断が遅れた理由を実行委員長が謝罪と共に体育館で延々と語っていましまたが、どーなんだか(ノ`△´)ノ

子ども会/「まあ、これは必要だな」と思う仕事

ズバリ登校班の管理&見守り関係でしょう。これは子供を小学校に通わせている保護者として当然のことだと思います。

ただ、11年間小学校に関わってきて、登校班のことでモヤモヤする時がありました。

旗当番の際に低学年の子が一人で歩いている姿を何度も見ているんですよ。

そう、歩くのが遅いと平気で下級生を置いていく班があるのです(;゜0゜)

ちなみに長女も小1の頃、歩道橋階段の下りが怖くてゆっくり降りていると、上級生の女の子は手を離して、さっさと先に行ってしまったそうですΣ( ̄ロ ̄lll)

数年後に話を聞いて、その子に怒り心頭でしたよ。私の前では「私、一人っ子なので、妹が出来たみたいで嬉しいですぅ」なーんて言っておきながら(`Δ´)

「今時の高学年は昔に比べて、責任持って下級生の面倒を見る子が減ったと思うよ」

長女の小学校入学前に聞いた先輩ママの言葉を思い出した私でした。

役員会でも度々議題に上がりましたが、回覧板で呼び掛ける以外、具体的な策もなく、正直お手上げ‼️ 

…とは言っても、責任感のある優しい子が絶滅(言い方っ‼️)したわけではありません。しっかり一年生の手を繋いで登校している子はまだまだいます。

そして、こんなことがありました。

ほとんどの児童が立哨地点を通り過ぎたある朝のこと…。班長の帽子をかぶった男の子と泣いている1年生の子が2人だけで歩いて来る姿を目にしました。

聞けば1年生の子は転んで号泣。班長くんは登校班のメンバーを先に行かせた後、自分はその子のスピードに合わせ、ゆっくり歩いて来たとのことでした。

いやぁ、まだまだ世の中捨てたもんじゃないね…と、この時は愛で地球を救おうとする番組のマラソンよりも感動した私でした。

長女の時もこんな班長さんだったら良かったのに。(あ、今でも根に持っています<(`^´)>)

コロナ禍による子ども会の現在

去年の秋頃、コロナ禍で役員の順番が回ってきたママ友さんと話をしたのですが…、

「喜んでいいのかどうか分からないけど、今年は何もなくてめちゃくちゃ楽だよ」と言っていました。

そしてあらゆる行事が中止になったからといって「そんなに支障はない」とも…。

コロナが恐ろしい存在であることは、1年以上経った今も変わりありません。1日も早い収束を願うばかりですが、この異常事態によって中止になった子ども会行事は、コロナ収束後も本当に必要かどうか再検討するべきでは?…と超個人的に思います

主婦は色々忙しいのですから(*-ω-)

長い愚痴を最後まで読んで頂いてありがとうございました("⌒∇⌒")

きっと私の『子ども会アレルギー』は永遠に続くことでしょう。え?「今となってはいい思い出にならないの?」かって。う-ん、それは絶対ないっ!┐( ̄ヘ ̄)┌

時はもう令和。これからの子ども会がワーママさんにとっても、専業主婦さんにとっても優しいものになるといいですね。