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【ウソみたいな自己紹介~高校から大学前半編~】


今日から、
しばらく、
自己紹介をしてみたい。
 
 
どこからがいいだろうか、、、
 
 
とりあえず、
高校時代からに、
してみよう。
 
 
主将として、
3年間の高校球児を終えた私は、
そこそこだった成績を背景に、
上智大学法学部法律学科の推薦入試を受けた。
 
 
政治家なんて、
面白そうだと、
田舎の少年が、
東京に出てく。
 
ホントは、
早稲田大学政経学部の推薦が良かったのだが、
それは、
別の生徒が決まってしまっていた。
 
運命とは、
恐ろしい。
 
早稲田に行っていたら、
何もかも、
違っていた。
 
 
上智大学の推薦入試は、
英語と小論文の試験と、
面接があった。
 
指定校推薦なのに、
落ちる可能性があるなんて、
嫌だったが、
それは仕方ない。
 
小論文なんて、
書いてことがない私だったが、
何とか、
合格した。
 
多分、
面接での堂々とした態度と、
殆ど勉強しなくても点数が良かった英語のおかげだ。
 
 
上智大学では、
シネマ愛好会という、
映画サークルに入った。
 
 
関係ないけど、
「君の名は」などの有名プロデューサーである、
川村元気氏は、
そのサークルの後輩だ。
 
彼は、
私を覚えていない。
 
数年前に、
あるイベントで会った際に、
全く私に気付いていなかった。
 
名前が、
八木になっていたせいだろうか。
 
当時の私は、
小林健太、
であった。
 
両親ともに、
小林である私は、
不仲であった二人に反発し、
妻の姓である、
八木を選択したのは、
24歳で、
結婚した時だ。
 
 
妻と出会ったのは、
まさに、
上智大学のおかげだ。
 
 
妻は、
年は一つ下だが、
中学3年生の時に、
上智大学の演劇サークルに入っている。
 
で、
彼女自身は、
ソフィアンではない。
 
高校を卒業し、
大学に進学する頃には、
彼女は、
演劇から離れ、
別の道を探していた。
 
だから、
後々出てくるけど、
私が演劇を始めた時には、
既に先輩として、
そして、
引退したヒトとして、
扱われていた。
 
そんな妻に一目ぼれして、
結婚できたのは、
上智大学のおかげだ。
 
無職の私が、
後々、
24歳の頃、
彼女と結婚できた要因の一番は、
義父が、
上智大学、
しかも、
法学部法律学科の出身であったことは、
間違いない。
 
義父ほどに、
母校を誇りにしている人を、
私は、
知らない。
 
 
今、
私は、
義父と義母と、
3人で暮らしている。
 
私名義の一軒家から、
歩いて10分程度の場所にある、
バブル当時に、
建てられたので、
当時1億円ほどだったという、
これも一軒家であるが、
そこに住んでいる。
 
 
妻と、
3人の子供たちは、
私のいない、
私名義の家で、
生活している。
 
今は。
 
 
さて、
シネ愛という愛称の映画サークルで、
今まで会話するようなこともなかった、
インテリ陰キャの皆さんと、
毎日のように、
映画やサブカルの話題に全くついていけなかった私だが、
それが、
刺激的で、楽しかった。
 
いまだに、
デビットリンチの映画の良さが、
1ミリも分からない。
 
 
で、
そのサークルにいた、
石田さんに誘われて、
上智小劇場の演劇を観に行った。
 
「ふっ、学生演劇なんて、、、」
と、
学生映画サークルに所属していながらも、
映画を創ってさえいない、
19歳の私は、
完全にバカにしていた。
 
 
が、
その2時間で、
人生が変わってしまった。
 
 
私と年も変わらない、
ただの学生が上演している、
2時間程度のお芝居に、
打ちのめされた。
 
 
後で分かったコトだが、
エチュードと呼ばれる、
即興芝居をベースに、
台本が創り込まれるという、
形で出来上がった作品だった。
 
 
だからなのか、
私が思い描いていたような、
学生演劇とは全く異なり、
演者たちが、
ごく自然に、
役を演じ切っていた。
 
セリフが、
本人の言葉をベースにしてるんだから、
自然に違いない。
 
 
あまりの衝撃に、
演劇なんて全く興味がない友人を誘って、
もう一回、
観に行ってしまった。
 
 
石田さん、何してるかな?
 
 
で、
その石田さんが、
翌年、
今度は、
出演者を探しているという理由で、
私に声をかけた。
 
 
その時の私は、
あの舞台を創った人たちを、
スターと位置付けていた。
 
たまたま、
自宅近くのサンクスで見かけた、
髪が長く背の高い出演者の一人に驚き、
私の特技の一つでもある、
ストーキングをしたことは、
よき思い出だ。
 
ちなみに、
彼は、
ちっとも、
上手くなんかなかった。
 
演技なんて、
全くできない、
ただの、
留年大学生だった。
 
その後、
何度か、
共演したのだが、
これを書いている時点では、
どうしても名前が思い出せない。
 
ただただ自然に、
言葉を発しない雰囲気が、
役にハマってただけであることを知ったのは、
少し後のコト。
 
 
そんな感じだったので、
少し躊躇ったが、
「まぁ、これも経験だ」と、
ドキドキしながら、
稽古場に、
足を踏み入れた。
 
そこには、
私がサンクスで見かけ、
ストーキングした、
名前が思い出せない、
髪が長く背の高い出演者の一人である、
留年大学生もいた。
 
その日、
エチュードという、
即興芝居を、
初めて、演ってみた。
 
「バカなヒト」という、
ザックリとしたお題だったが、
私なりの、
「バカなヒト」を、
演ってみた。
 
 
今でも、
もちろん、
忘れてないけど、
ウケたんだね。
 
初めて、
人前で演った、
即興の“お芝居”が、
ウケたんだよね。
 
しかも、
その相手が、
前年に、
圧倒された演者たち。
 
 
また、
人生が変わってしまった瞬間だ。
 
 
自分が、
スゴイと感じた人たちも、
人間であることに、
変わりはない。
 
私も同じように人間だし、
舞台上の人間が、
どれだけ、
創られているか、
理解した瞬間かもしれない。
 
 
言語化できるようになったのは、
最近だけど。
 
 
あっ、
今、
思い出した。
 
サクライさんだ。
 
自宅近くのサンクスで見かけた、
髪が長く背の高い出演者の一人である、
留年大学生の、
 
君の名は、
 
サクライさん。
 
『前前前世』はかからない。
 
 
石田さんとも、
サクライさんとも、
20年以上、
会ってない。
 
 
そういえば、
妻とも、
1年以上、
顔を合わせてない。
 
 
 
それでは。
 
 
【いつか、また、どこかで】

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