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娘のお弁当が「臭い」と言われた日

1歳で渡米した娘。3歳のときにプリスクール(日本で言うところの幼稚園)へ通い始めた。ランチは持参とのことで、私の朝のルーティンにお弁当作りが加わった。

もう3歳、されど3歳。まだまだ一人でできることは多くない。プリスクールへ通うという新たな日々の始まりに、私と娘の朝がにわかに忙しくなった。最初こそ頑張っていたもののすぐに回らなくなり、夫にお弁当作りをお願いすることにした。

梅干し入りおにぎりと卵焼きとフルーツと、、お弁当の献立はだいたいこんな感じ。と夫に伝えた日、彼はどこからかまきすを手に入れて帰ってきた。海苔巻きを作るときに使う、くるくるするアレ。

なぜ、まきす…?

そして翌朝、夫が仕上げたお弁当箱を見ると、そこにはドーンと巻かれた梅の海苔巻きが入っていた。

お弁当に、海苔巻き!!!

そうか、そうすれば楽だったんだ… おにぎりと海苔巻き、構成要素一緒じゃん…

しかも夫はAmazonでチューブタイプの梅干しペーストを買っていた。毎朝梅干しをほぐして入れていた私はなんだったんだ?効率化がすごい。

おにぎりから海苔巻きへの突然の変化にも娘はすんなり順応し、毎日ご機嫌に食べているようだった。

そんな、いつも通りのある日。プリスクールへ娘を迎えに行き、他愛もない話をしながら帰宅した。お弁当箱を洗おうとリュックから取り出すと、いつもの通り中は空っぽだ。

「全部食べたねー!美味しかった?」と聞くと、

「うん!」と返してくれた後、娘はこう続けた。

「Justin がねー、のりまきみて、"What is it? Stinky!" (なにそれ!臭い!)っていってたー」


へ?

なんて…?


あまりにさらっと、他愛もない話の延長のように娘は言った。

Justin(仮名)は、最近娘のクラスに入ってきた男の子だ。


Stinky…?
のりまきが…?


私の方が遥かに動揺していた。娘は一見気にしてなさそうだけれど、どうなんだろうか。

「そう言われて、娘ちゃんはどう思ったの?」と聞くと娘は少し黙り、

「…悲しかった。」
と答えた。表情に少し悲しみが滲み、娘自身もそこで初めてその感情に気がついたようだった。


アメリカ人は海苔に馴染みがないため臭く感じる、というのは聞いたことがある。SUSHI がメジャーになっているとはいえ Justin は3歳。食べたことはおろか見たこともないのだろう。

悪意があるわけではなく初めて見るものに率直な感想を述べたのだと思うと、彼を責めるわけにもいかない。悪意がないからいいというわけではないし、悪意がないからこそ厄介だったりするわけだけど。

「お弁当をそんな風に言われたら悲しいよね。
Justin はきっと、海苔を初めて見たんだろうね。知らない匂いだから、思わず "Stinky" と言ってしまったのかもしれない。
娘ちゃんも、初めて見る食べ物を『嫌』とか『変』って言うことがあるよね。」

娘は静かに、じっとこちらの目を見ながら頷いた。

恐らく娘は、この出来事によって生じた自分の感情をまだ言語化できていない。言語化できていないがゆえに、消化もできていないだろう。

何もしなければ、「なんだか悲しかった」こととして通り過ぎていってしまう出来事。

私はそうはしたくなかったし、かといって「クラスメイトが嫌なやつだった」とか「クラスメイトに嫌なことを言われた」みたいなところに着地させたくもなかった。


「世界には、私たちと全然違うものを食べる人たちがたくさんいるんだよ。
これから、クラスメイトが娘ちゃんの知らない食べ物を持ってくることもあるかもしれない。
娘ちゃんからしたら、その食べ物は美味しくなさそうで臭いかも。でもそんな時に "stinky" って言ったら、その子はどう思うかな?」

「悲しいと思う」と娘は素直に答えてくれた。

「娘ちゃんは言われて悲しかったから、その子の気持ちがわかるよね。だからきっと、 "stinky" って言わないでしょう?」

娘が再度頷く。

「Justinはきっと、"stinky"って言ったら相手が傷つくって知らなかったんだと思う。誰にも教えてもらうチャンスがなかったんじゃないかな。
娘ちゃんは、"stinky" って言われたら悲しいって今日わかったね。
もしまた言われたら、それを言われるのは嫌だし悲しいって言っていいんだよ。」

「そっか。」
娘の顔に漂っていた緊張が解けた。

娘にどこまで伝わったのかはわからない。
自分にそのつもりがなくても相手を傷つけてしまう言葉があるということ、傷ついたときはそう伝えてよいこと、今回は被害者だったけれど加害者にもなり得るということを伝えたかった。

その場に居合わせたであろう担任の先生はどう対処したんだろうとか、認識していないならば報告した方が良いのだろうかとか色々考えたのだけれど、結局は娘へ伝えておくに留めた。

マイノリティとして生きるということは、多かれ少なかれこれからも同じような目に遭うということだ。悲しいけれど。その度に誰かが守ってくれればいいけれど、そうもいかない。傷付けられたときに自分を守れる強さを、他の誰かを傷付けない優しさを、持っていてほしいなと思う。

もちろん母ちゃんが守れるときは全力で守るけど!!!


ちなみに。娘はこの後も海苔巻きを持って行き続けた。他のものにできるよ、と提案してみたものの、「むすめちゃん、のりがすきなの」と言っていた。

私が思うよりずっと、娘は逞しい。

#子どものお弁当

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