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私はしばしば、娘との約束を破る

私はしばしば、娘との約束を破る。これは育児において最もしてはいけないことの一つ(私はこの『最も○○なことの一つ』という矛盾した表現がとても嫌いで、とても好き)なのだが、娘の方も約束を破るので致し方なし、と思っている。

例えば。

それは日曜日の朝、「おかあさん、あそぼうよ」と声をかけられ
「いいよ。『くろくんとちいさいしろくん』(なかやみわ作の絵本)みたいに、白いクレヨンで絵を描いて、その上から絵の具を塗るのはどう?」とご機嫌に提案し、娘も乗り気になった直後のこと。

「娘ちゃん、オムツにうんちしちゃった」

オムツに、とわざわざ彼女が付け加えたのには理由がある。
娘はパンツデューして久しく、オムツは寝るときしか履いていない。普段は朝起きてすぐパンツに着替えるため、オムツで用を足すことは稀になってきたのだが、休日なのでパジャマとオムツのまま放っておいたら、先の発言に繋がったわけである。

かつてクリームブリュレが入っていた浅いガラスの器に水を注いでいた私は、即座に気持ちを切り替える。

オムツについたうんち処理。これは育児の中で最もしたくないことの一つ。

心を無にして娘のおしりをきれいに拭き上げる。
「パンツは自分で履いてね」そう言って立ち上がるも、娘は丸出しのおしりをぷりぷりさせたままカーペットの上でゴロゴロしている。

しめしめ。

どうやら「おかあさんとあそぶ」ことはもう忘れたようだ。
たとえ子どもが忘れているように見えたとしても、一度した約束は守り通す。それが親の鑑である。
が、私は親の鑑どころか風上にも置けないような人間なので、もちろん子が忘れたのなら私も忘れることにする。

未だおしりをぷりぷりさせている娘を尻目に、ソファに腰掛け、スマホを手にとる。束の間の自分時間を…と思った矢先、また声をかけられる。

「おかあさん!パンツ履いたよ!」
上出来である。
「ズボンはどうかな?」
自分時間の延長を試みるも、相手はまもなく4歳である。ズボンを履くなんてお茶の子さいさいなのだ。

どうやら娘は約束を忘れていなかったようだ。

観念した私は水を入れた浅いガラスの器をキッチンから運び、絵の具セットを取り出し、「さ、やろうか。白いクレヨンを持ってきて。」と娘に声をかけた。

白いクレヨンに手を伸ばした娘は、はっとしてこちらを向く。
「ちがうよ。いろんないろをぬって、そのうえからしろでかくの。」

そうだったっけ?違うよ、と言いたいのはこっちである。

なかやみわさんの絵本『くろくんとちいさいしろくん』は、迷子になってしまった小さな白色クレヨンの「しろくん」が、大きな10色クレヨンの箱を間違えて開けてしまうところから始まる。

なかなか仲間が見つからず落ち込むしろくんを励ますために、大きなクレヨンたちは白い画用紙を用意して「お絵描きして遊ぼうよ!」と誘う。
だけどしろくんは白色。白い画用紙には何を描いても見えないので、更に落ち込む。そこで大きなクレヨンたちは白い画用紙をそれぞれの色で塗りつぶし、「この上に描いてごらん!」と誘う。しろくんは思いっきり好きな絵を描いてハッピーになる、というわけである。

娘が再現したかったのはこのシーン。

私が提案したのは、しろくんの仲間が遂に迎えにきたシーン。眠る大きなクレヨン達を起こさないように、しろくんは白い画用紙にメッセージを残す。
翌朝、しろくんの不在に気づいた大きなクレヨン達は大慌て。そこに絵の具のお姉さんと筆のお兄さんが現れ、「ここに何か描いてあるよ!」と画用紙を絵の具で塗り、しろくんのメッセージが浮かび上がる。

もちろん娘が再現したい方をやればいいのだ。
問題は、現実世界では他の色で塗った上に白色で何か描こうとしても、イマイチ描けないということ。

二人がかりで画用紙に色を塗りたくった。カラフルになっていく画用紙。そしていざゆかんとその上に白いクレヨンをすべらせる娘。白いクレヨンは、本当にただただすべっていった。むしろ白いクレヨン側に色がついた。つらい。

こんなとき、親は何を言うべきなのか。などと考える暇もなく、娘は次の遊びに移っていた。強い。

母はちょっと、絵の具で遊びたかったな、と思いながら付いていく。

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