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ベスト「ベストアルバム2021」2021~メディア編~


個人編は角が立つからやらないよ

はじめに~メディアがAOTYを決める意味~


個人とメディアの境界はほとんど溶解している。それと同時に、メディアの存在意義も薄れてきた。SNSの発展は、個人を受容的な客体から主体を兼ねたアグレッシブな客体に変え、この流れを掴み損ねたメディアから順に廃れていく…

なんてのはもう方々で言われ尽くしている。これはアーティストも感じていることだ。

マヒト:でも、そもそもメディアってどうなんですかね?(中略)昔はメディアとかニュースって、ある種の客観性、中立性を提示してる風だったけど、それがいかに個人的なニュアンスで作られて事実を歪めているのかって、もうみんなわかってるじゃないですか。俺自身、メディアにはもう全然期待してなくて。そんなの最初から機能していない。個人的なドキュメントだけがあるっていう。
Exile on Main Street LOSTAGE × GEZAN VOL.2
より引用



アーティストとして関わるもののほぼ全てをDIYしてきたGEZANというバンドの特異性を鑑みれば、この発言はそれほど突飛なものでもないかもしれない。しかしクリエイターが正面切ってメディアの存在自体を疑うのはひどく象徴的だし、引用部最後の「個人的なドキュメントだけがある」という部分は、メディアによって物語られるドラマチックな歴史が効力を失した時流を捉えた素晴らしい文句だと思う(M1の例があるから雑に断言はできないけど)。


個人的にはメディアは必要だと思う。特にコロナ禍になって感じたのだが、相対的かつ総体的には個人はメディアよりも脆いし、情報の重量に関してはどうしたってメディアに分があると感じざるを得なかった。権威へのカウンターばかりが取りざたされがちだが、その前段階の点検を怠ってはいけない。

メディアによる批評は(そのメディアの風通しが良いことが前提条件とはなるが)どうしたって責任や権威を失うことへの恐れが伴うので、あまりに逸脱した評価を容易にはできない。この束縛状態がメディアの色を規定し、それが中長期的には看板に成長していく流れがメディア批評にはあった。往年のロック誌や各ジャンルの有名専門誌なんかは、そうやって独自色を獲得していった。

その色が如実に、そして場合によっては無自覚的に現れてしまうのが年間ベストなのでは、と個人的に考えた。ノエル・キャロルの言葉に従えば「価値づけこそが批評の本質」であり、各メディアのベストを比較することはそのままメディアの特色やスタンス、そしてリスナー的にはレコメンドの信頼度を確認することになる。なので今回は、各音楽メディアの年間ベストアルバムを比較し、特出していると思ったものを選んだ。況や、そのメディアの比較をして考察するこのnoteも、先のノエルの言葉に従えば疑いようもなく批評だ。

基準

・シーンとの距離

これは上位10作品ぐらいに顕著に表れると思うのだけど、あまりにも現在のメインストリームと乖離しているランキングにはまったく惹かれない。そんなランキングこそメディアでやる必要はないし、オルタナティブであることの表明に終始するような価値づけによって生まれるものなんてない。


ただこれは「選盤がニッチなのはカス!」とかそういうのじゃなくて、例えばどれだけニッチなものでも ・それがジャンル/シーンの中でどういう位置にあって・その作品が発表されることによってどんな効果がジャンル/シーンにもたらされるか というキャプションがあれば、それは立派なレビューだ。個人的にそういう意識外からの価値づけは萌える。


・熱量(執筆者と編集者の)

まず、熱量が欠落している文章を乱発できる物書きなんて多分いない。数ヶ月noteを続けて感じたのは熱量の重要性。そんなものオカルトだと思ってたけど、熱量の有無は文章の良し悪しに直結する。


ここでの熱量は一つの作品に対する情報量の多さ考証の繊細さで図っている。ベストアルバムを数十個も選出するのは結構な労力だ。これにプラスして先の二つの要素をスムースに取り入れるのは容易じゃない。また、執筆者のみならず編集している側の熱量も考慮した。先に言っておくと、選出したうちの1つは現場の人間が選んだ私的ベストアルバムの総集編だ。これはややもすれば前に述べた基準と矛盾するかもしれないが、編集の意図が見える上に選出者自体が文脈になっている素晴らしい記事なので、ここで紹介することにした。


・個人にはできない


上二つにプラスしてこれも考慮した。単純に執筆者の質と量がすごいとか、あとはメディアの色を活かしたレコメンドをしているところは強い。そういう意味では、今回は選ばなかったが、ロッキンオンの年間ベスト1位は独自路線を突っ走っている。あれをトップに据えるのは何というか、物語の生成を率先して行ってきた大手ロック紙の覚悟を感じた。ロック信奉に囚われたメディアの開き直りだの、単純なマーケティングの一環だの、言おうと思えば幾らでも陰口を叩けるだろう。でも、僕はそれよりもずっとポジティブな感想を抱いている。今回の年間ベストで、実質ロッキンオンはロックと心中することを表明したも同然だ。


上の基準に則って、今回は3つの「ベストアルバム2021」を選出した。便宜上No.1からになっているが、別に順位を表しているわけではない。僕の英語が未熟なのと、AOTYという優良サイトがあるので、今回は日本語で書かれたものを対象にした。日本盤AOTYみたいなのがあればいいのにね。


No.1

The Sign Magazine/2021年 年間ベスト・アルバム 50

多分周りの音楽オタク、特にオルタナティブ方面に感度の高いリスナーならほぼマストで毎年チェックしているだろう。ポッドキャストと新譜のレビューを中心とし、現代のポップカルチャーを全般的に取り扱っているThe Sign Magazine。やっぱりここは一つ抜けている。


このランキングに説得力があるのは「なぜ2021年にこの順位なのか?」という問いに正面から立ち向かっているからだ。「An Evening With Silk Sonic」のレビューでは、なぜこのアルバムが単なるニューソウルへの懐古に終始していないかを説いている。Adeleの「30」のレビューでは、Adeleの私的な表現がコロナ禍を経た内省的なムードにフィットしていることを指摘している。このように、一読しただけでアルバムを聴いたときにはなかった気づきが発生するようなレビューが50個並んでいる。


選出もある意味新鮮で、ベストアルバム企画を行っている日本の音楽メディアの中では最もグローバルなトレンドに接近していると思う。だからこそポップスど真ん中のOlivia Rodrigoが正当に評価されているのは納得だし、何が1位に据えられていても驚かない。まぁ、さすがに今回は意外だったけど。AOTYを参照するに、このアルバムをトップに据えているメディアは世界でここだけだ。

No.2

TURN/THE BEST ALBUMS OF 2021

次に紹介するのはTURN。正直、このnoteを書こうと思って各メディアの年間ベストをチェックするまで、このメディアのことを知らなかった(柴崎祐二さんと岡村詩野さんによるルー・リードに関する対談など、意識せずに読んでいたものもあった)が、選出者を見るに信頼されている優れた新興メディアであることが分かる。

このランキングは様々な視点からの評価が混然一体となっているところが面白い。冒頭の25位→24位の流れがそれを物語っている。東京の現場支持No.1バンドの家主から北インドの伝統を汲むアンビエントに接続する。かと思えば今年のAOTY1位のLittle Simzもしっかり上位にいたりする。このランキングさえ追っていれば、2021年の面白い音楽はとりあえずは押さえられるだろう。

No.3

JET SET/アーティスト・DJが選ぶ2021年ベストディスク

3つ目に紹介するのはJET SET。JET SETと言えばDJから絶大な支持を受けているレコード店で、ここの入荷情報やレコメンドを頼りにしているディガーはとても多い。特にハウス関連は抜けてセンスが良い印象がある。

あとバックがかわいい

そんなJET SETの年間ベストはDJやトラックメイカー、インディーバンドのフロントマン等の現場人が選出している。これに関しては明確に順位をつけているわけではなく、各人が選んだ2021年のアルバムがただ並んでいる。だから単純に他のベストアルバム企画とは比べられないかもしれない。


もちろん各人の選出もアツいのだが、それ以上にJET SETの人選がとても意義深い。JET SETのこの企画は、人選それ自体が批評として成立していると僕は思った。言うまでもなくJET SETはフィジカル関連で信頼を十二分に得ているレコード店である。そしてその信頼される理由がこの人選にはある。「ミュージシャンズ・ミュージシャン」という言葉がある。これはミュージシャンが好んで聞くミュージシャンの形容だ。このJET SETの人選はいわゆるこの「ミュージシャンズ・ミュージシャン」に話を聞いて作った、いわば「ミュージシャンズ・ミュージシャンズ・ミュージシャン」のようなリストなのだ。なのでルーツが見えやすいうえに、それを選んでいるミュージシャンの楽しげな顔まで浮かんでくるようなリストに仕上がっている。


個人的にはどのジャンルを主軸にしているかまで触れてくれているのが嬉しい。これのおかげで全く知らないDJ・ミュージシャンの選出でもある程度納得して読み進められる。オタクなら数人は知っている人が出ているはずなので、ぜひ一回はチェックしてほしい。確実に個人ではできない仕事だし、編集者の熱に溢れている。

おわりに


最初にこのnoteを書こうと思ってから実際に完成させるために結構な時間がかかった。ここに書いていない年間ベストも30~40くらいは読んだ。世の中には思ったよりも多くのメディアがあり、それは日本語で書かれたものだけに絞っても恐らくはすべて読み切れない。確かに情報は洪水状態にあるかもしれないが、だからこそ僕らは良いレコメンダーを探さなければならない。幸福な付き合いをすれば、情報の洪水をうまく利用すれば、まだ出会ったことのない素晴らしい音楽はすぐに見つかるはず。


どこかにあなたの好み+アルファを提案してくれる人やメディアはいるはず。
このnoteがそんなレコメンダーを探す一助になってくれたなら幸いです。




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