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混濁と純化の往復——Rafael Martini『Martelo』

はじめに

このnoteはあくまでハファエル・マルチニ『Martelo』のレビュー、及びミナス新世代の中での彼の位置付けやその新規性についての評論です。ミナス新世代と言われるムーブメントにあまり明るくない方は、最後の参照元を辿っていただだけると、このムーブメントがスリムに見えると思います。是非そちらも併せてご覧ください。



アントニオ・ロウレイロをはじめとした、ジョアナ・ケイロスフレデリコ・エリオドロら先鋭的なミナスの音楽家の総称として、日本のブラジル音楽リスナーによって開発された「ミナス新世代」というカテゴリー。この世代の特徴の一つとして、メンバーがアカデミックの出身ということが挙げられる。

彼らの多くはミナス・ジェライス連邦大学(UFMG)の音楽学部の出身であり、その周辺での活動からキャリアをスタートさせている。つまり自然発生的に優れたミュージシャンが生まれてきた訳ではなく、然るべき教育機関が機能することによってその才能の芽を伸ばしていってのっだ(ただしUFMGが彼らのシグネイチャーのどの部分まで「教育」していったのかどうかについては半ばブラック・ボックス状態であり、「UFMGの音楽教育がミナス新世代特有の〇〇なサウンドを形づくり〜」などの過度な言及は避けたい。ここではあくまでUFMGが音楽的な場の提供をした、という程度の解釈に留めてほしい)。

そんなUFMGを卒業し、グルーポ・ハモミストゥラーダ・オルケストラなどのプロジェクトに学友たちと参加し、ついにはUFMGで教鞭を取るようになったキーボーディスト/コンポーザーのハファエル・マルチニの最新作『Martelo』は、ここ10年のミナス新世代の集大成でありネクスト・レベル、そしてジャンル問わずあらゆる世界中のスキルフルな音楽を収斂させたような趣すらある。ジャズ、プログレ、シンフォニック・メタルなど、『Martelo』から連想できるジャンルはいみじくも「アカデミックな現場で取り上げられているポピュラー音楽」という共通点を持っているのも興味深い。





1.Martelo


各曲ごとに明確なコンセプトを設けた上で作成された5曲からなる『Martrelo』。構想自体は長く、M1のタイトルトラックは冒頭の動画にある通り2017年からあったものだ。個人的には今年のベスト・トラックとして強く推薦したい一曲。

ブラッド・メルドー『Jacob’s Ladder』や同じくミナス出身のディアンジェロ・シルヴァ『HANGOUT』など、近年のECM系の瑞々しいジャズとプログレッシブ・ロックとの融合を予感させた上で、よりシンフォニックな表現を目指した一曲であり、プレイヤーを変えながらリフレインされるキャッチーなフレーズと後半のブレイクの使い方にはハファエルの持つコンポーザーとしての射程の長さを感じる。随所でアクセントとして機能するエレクトロニクス的なサウンドはペドロ・ドゥランエスによるものであり、シンプルな交響曲ではなく起伏の非常に大きなポップスとして聴けるのは彼の貢献が大きい。

加えて、このタイトル・トラックでのハファエルのプレイも冴え渡っている。4:28〜のハファエルのキーボードソロは、それまでジョアナ・ケイロスのクラリネットやルカ・ミラノヴィックのバイオリンが奏でてきたリフレインを下地に、要所要所でブルーノートを挿入しながら進行していく。これは端正で均質なプレイを重ねていた他の楽器隊と比較すると多少の「抜け感」があり、楽曲に微量の洒脱さをプラスしている。その抜け目のなさというか、「抜け目を作るという抜け目のなさ」まで含めて完璧な一曲。


2.Passegem


先のタイトル・トラックでも存在感を発揮していたペドロ・ドゥランエスのサウンド・デザインが光る一曲。ニコラス・ジャーアンディ・スコットにも通じるドローン〜アンビエント・ハウス寄りのエレクトロニカから直線的にピアノと弦楽隊が合流し、ドラムが合流してからはモダンなラージアンサンブルになだれ込み、再びエレクトロニカと合流するという特殊な構成。

先ほど挙げたブラッド・メルドーの2019年作『Finding Gabriel』でも、一つのトーンを軸に直線的なパッセージを紡いでいくという手法が用いられていた。ハファエルの興味関心がプログレ〜ハードロックによっていることはインタビューで何度も語られているが(2020年のハファエルのアルバム『Vórtice』ではレッド・ツェッペリンの「The Rain Song」がカバーされている)、それらとハファエルの折衷点としてブラッド・メルドーが果たしている役割は大きい。


3. Nascente Afluente Vazante


パーカッショニストのジョニー・エルノとの共作であり、本作で最もトライバルな要素を感じる一曲。ジョニーのソロから幕を開けてハファエルのピアノとフェリップ・ホセのチェロが合流し、しゃがれたコーラスからアグレッシブなテーマ部へと移行していく。構成美で魅せるというよりはセッションの成分が高く、ミナス新世代のミュージシャンシップとルーツが感じられるという点では本作随一の濃度を誇っていると言っても過言ではないだろう。

ミナス新世代、特にアントニオ・ロウレイロ以降のミナスのサウンドが特異な点として、ストイックに削ぎ落とされたサウンド・デザインとポリリズミック/ポリフォニーなソングライティングが挙げられる。しかし、前者がECMやシカゴ音響派へのシンパシーであるのと対照的に、後者はジスモンチ〜エルメート・パスコアールというアバンギャルドなブラジル音楽の先輩たちをリファレンスに挙げるミュージシャンが多い。ハファエルも正にその一人であり、このM3での禍々しいグルーブにはその影を強く感じる。

僕はこのアルバムをミナス新世代の集大成だと捉えていて、それは彼らが行ってきた「強靭なミュージシャンシップに裏打ちされた混濁と純化の往復」という実践が、このアルバムで完全に達成されたと感じたからだ。自国のルーツ・ミュージックと欧米のポップスと最先端のジャズとetc……その音楽的な特徴のみならず出自さえ「ポリ」なミナス新世代の道程において、『Martelo』は咀嚼されきったカオスティックなサウンドと澄み切った世界観を違和感なく同居させている傑作として燦然と輝いている。M3のトライバルな演奏は、そんなミナス新世代の混濁を感じさせてくれる一曲だ。


4.Se um viajante numa noite de inverno


タイトルに「inverno(冬)」とあるからだろうか、『Martelo』のジャケットになっているような寒々しさを感じる一曲。トム・ヨークによる『サスペリア』のOSTなど、荘厳さと冷徹なムードが漂っている。この手の表現に関しては室内楽に持つハファエルとバンドメンバーたちの自力が感じられ、純粋なバンドサウンドとしては最もミナスらしさが強調されている。ミナス新世代のクラシックであるアントニオ・ロウレイロの1stにも同様の荘厳さと冷徹なムードを感じたが、それと同種の手触りを確かに覚えた。

イタロ・カルヴィーノの著書『冬の夜ひとりの旅人が』へのオマージュとのことで、バックに流れる吹雪の音やドアの開け閉めする音などが相まってより情景を想起させる。曲ごとにコンセプトを明確に設定している本作において、ハファエル及びバンドメンバーのアイデアが十二分に発揮された佳曲。


5.A escuta


本作のラストナンバーであり、最もオーセンティックでモダンなラージアンサンブルを奏でている一曲。M4の寒々しいムードから一転し、クラシカルな美しいフレーズをハファエルが奏でた後にバンドが合流、どこか華々しくもやはり瑞々しいサウンドでジリジリとバンドが加熱されていく。軸となるのはハファエルの弾くフレーズで、所々で各バンドメンバーに焦点を当てながら進行していく構成。

特にジョアナ・ケイロスのクラリネットソロは白眉の出来だ。一度バンド全体でトーンを落としてからジョアナのプレイに合わせてヒートアップしていき、転調によって開放的な展開へ向かうと思いきや、再び抑制されたトーンのテーマに戻る展開には、このアルバム全体と、いやミナス新世代全体を貫いている統御された美しさの端緒を感じる。

クライマックスもあくまで静謐に、リスナーに情景の切れ端を手渡してこのアルバムは幕を閉じる。この瑞々しい聴取後の感覚は、世界中のどの音楽でも味わうことができない。今年を代表する一枚だろう。





参照元

日本語で読めるだけでも(むしろ日本語で読める情報が一番詳細かもしれない)多くの素晴らしいインタビュー・特集に溢れているミナス新世代。その中でもこのnoteを書くにあたって特に参照させていただいたものをここに掲載します。より深く知りたい方はどうぞ。

柳樂光隆 Mitsutaka Nagira :interview Rafael Martini:そもそもブラジルの音楽はシステムから外れた方法で作られている

e-magazine LATINA:[2017.09]ハファエル・マルチニと大作『スイチ・オニリカ』について

Musica Terra:現代ミナス音楽の兄貴分ハファエル・マルチニが描く壮大な“現代ジャズ”

ディスクユニオン:『RAMO E A LIBERDADE MUSICAL』,『MISTURADA ORQUESTRA』商品ページ











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