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2022年に発見した2021年の傑作アルバム

はじめに

発表されたばかりの傑作と出会えた時の喜びに勝るものはない。単純な作品の素晴らしさに加えて、「傑作の発表とその流通の過程に立ち会える」という優越感。また、(あくまで疑似的な)共時的感覚によってアーティストと密やかな会話をしているように錯覚してみたり、いつ何時でも聞けることを志向して作られた音楽を敢えてライブのように味わうことによって、スノッブ的な贅沢を体験してみたり。誠実ではないかもしれないが、個人的には無視できない感情だ。行き過ぎたディガーの気持ちが少しわかる。

ただ、そんな体験ばっかりじゃなく、発表されてから間をおいてであった傑作もたくさんあるわけで。あまつさえ年間ベスト文化が発展し過ぎたのもあってか、選考期間の間際に出たアルバムとか、じわじわ聴かれるようになってある程度聴かれるようになった頃には年が明けてたアルバムとか、そこら辺はアーカイブに残りづらい傾向がやんわりとあるように思えたり、

なのでまぁ、今回はそんなアルバムを2022年になっていくつか見つけたので、それらをいくつか紹介していきます。ラテン・ブラジル多めです~

No.1 Respirar/Tempo Feliz

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英リーズの9人編成のバンド、Tempo Felizのデビューアルバム。彼らのBandcampページで思いっきり触れられているが、このプロジェクトのリファレンスはほぼ全て70’sのブラジル音楽にある。サンバやショーロ、MPBに加えてブラジリアンファンク/ソウル等、詰め込めるだけ南米のエッセンスを取り込んだ内容になっている。90’sのアシッドジャズ勃興からラテンへの熱が冷めないままのUKの中でも、MPB最盛期の再現性という意味では群を抜いてクオリティと熱意が高い。ファンクネスに振り切った疑似レアグルーブのような前半と、それらのリミックスによる後半のバレリアックタイムはラテン・ブラジル音楽再発見の歴史そのもの!

No.2 Tocaya/Nicola Lemos

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次もUKとブラジルのミクスチャー。ロンドン在住のブラジリアンSSW、Nicola Lemosのデビュー作。こちらも本人のBandcampページで触れている通り、ルーツのブラジルで育った音楽と現在の西欧ポップス、つまりはロックやフォークのブレンドを目指したという。M2「Meu Navegar」やM3「19 de Abril」で使われるシェイカーやトライアングルの音色、多層的なリズムの重なりは紛れもないブラジル音楽のエッセンスだ。しかしアルバムが進行するにつれて徐々にフォーキーな要素が見え始め、それと同時にNicolasの憂いを帯びた歌声が存在感を増してくる。どことなくトロピカルで、それでいて英国トラッドフォークのマナーにも即している。新しくはないサウンドかもしれないが、海洋を超えたこの2要素が難なく結びついているという点では現代らしいアルバム。去年のスフィアンの新譜がハマった人とかも是非。

No.3 Pocualeíto/Susobrito

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ブリュッセルを拠点とするパーカッション奏者、Suso PerezのプロジェクトであるSusobrinoの新作。ルーツであるボリビアから派生して西アフリカ周辺のトライバルなビートをアコースティック/エレクトリックの両側面から解釈した内容で、BPMは早くないものの一発一発のビートが低く鈍く響き、滋味深くもどこか冷めきったスロウテクノに仕上がっている。この「遅さ」が肝で、その分トライバルなビートの強度がより鮮明に表現されている。その上を泳ぐウワモノは流麗で、ビートのストイックさと対比されるようにスムースにアルバムのポップス成分を十分に担保している。折り重なっているレイヤーが多層な分、グライムやデトロイト・テクノのリスナーにも積極に聴いて欲しい。そして、この冷え切ったテクスチャーの構造に唖然として欲しい。何より、DNAに訴えかけるダンスミュージック!

No.4 Okuté/Okuté

次はキューバ。ピュアなアフロキューバンを奏でるコレクティブ、Okutéのデビュー作。迸るようなトレス(キューバにルーツを持つ、6本の弦からなる楽器。ギターと極フラメンコの中間のような響き)の鳴りが軽やかに歪ませたファズギターのようで、普段インディーロックやフォークを聴いてる身からすると、とても新鮮かつ馴染みが深い音に聞こえる時も。そこにアフロキューバン特有のグイグイドライブするグルーヴ、そして何よりこのジャンルを歌うために生まれてきたとしか思えないボーカルの声質の良さ!実際、レーベルの主催であるジェイコブ・ブラッセがスタジオでたまたま出会ったボーカルのタタと出会い、その声に一目惚れしてから始まったプロジェクトだそう。アフロキューバンに馴染みがないインディーファンには是非手を伸ばしてほしい。2021年の新譜の中で「中南米音楽の入門として何か一つ新譜を選べ」と神(雑だな)に言われたらOkutéを堂々と推す。

No.5 Mattering and Meaning/Dan Nicholls

ロンドン在住のキーボーディスト、Dan Nichollsの新譜。幾つものピアノのフレーズの切れ端がループしては途切れ、また再生されたかと思ったら途切れたり。偶発的なパターンで進行するのかと思えば一定のグルーヴを伴って聴こえてきたり。時折飛び込んでくる微弱な環境音と話し声。ピアノのフレーズを始め、あらゆる音が全体を構成する一要素として完全に従属しきっているものの、その実全体を掴むのは果てしなく難儀だ(そもそもそういうフレーズによって構成される全体の構造自体を疑うリスニング体験こそが最も素直な聞き方なのかもしれないけど)。「事柄と意味」というタイトルに結局は回収されてしまう。Enrique Rodriguez「Lo Que Es」やJan Jelinek「Loop-Finding-Jazz-Record」など、生焼けのまま進むアンビエントでアコースティックなピアノ作品と並べて聴きたいアルバム。

No.6 Future-Zine/Dirty Art Club

アメリカのノースカロライナを拠点にするアーティスト、Matt Cagleのプロジェクト Dirty Art Clubの新作。埃を被った70〜80′sのレコードをそのまま再生したようなネタのダーティーさ。そしてその上に重ねるビートのルーズさ。真の意味でのlo-fi hip hopってこういうことでは?極度にドラッギー、それも背徳感と多幸感の入り混じったサイケデリックなトリップホップでとってもクール!個人的に最後の曲、M5「Lapis Lazuli Uzi」は大名曲だと思う。ボーカルのネタ使いが秀逸で、ここだけ聞けばヘロインでデロデロになったDaft Punkみたいに聞こえたり…Dirty Art Clubの名に違わず、汚くもアイデアに満ちたループ×5でとても気分にハマった。

No.7 Cyanotype Child/Jessie Dara

最後はカナダから。トロントのSSW、Jessie Daraがここ数年で書き溜めてきた曲をアルバムにまとめて発表した。ここまでオーセンティックなフォークロックが2021年に聴けると思わなかった。各楽器の音、例えばM1の軽やかなエレピとかM2の幻想的なリバーブのかかったギターのリフの音とか、全ての音がイノセンスな響きを湛えていて美しい。特にギターの、エレキギターの音色は抜群に美しい。そこに乗るJessieの声が微かにチャイルディッシュで、Big TheifのAdrian lennkerを想起させる場面もある。しかしAdrianよりは少し成熟した、落ち着きを伴ったような印象があって、それがまた肩肘を乗らせない穏やかなムードに調和している。The Weather StationとかCassandra Jenkinsとか、去年は女性SSWの傑作が何個も出たけど、それらと並列されても何なら問題のない、いい意味で「聞くだけで平熱にしてくれる」鎮痛剤のようなアルバムだ。



おわり

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