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周縁で、静謐にサバイブする———Scott Orrとその主催レーベル「Other Songs」の真摯な運営

カナダのフォークシンガーであるスコット・オー(Scott Orr)が発表したアルバム2021年に発表したアルバム『Oh Man』を聞いた時、僕は真っ先に「静寂よりも静かなフォーク」という、いささかクリシェな感情的すぎる感想を抱いた。

彼の過去作と比べてもフォークトロニカの要素が高く、音の隙間がたっぷり用意されているからだろう。それにトラックの作り方がループを前提としているため、時間の流れを容易に感じさせないからだろう(これはつい最近発表されたスタジオライブ盤を聴いていて気付かされた)。それに何より、ニューウェイブを思わせるボーカルの処理がスコットの声にマッチしていることが大きい。まるでアンビエンスを漂うために生まれてきたかのようなハスキーボイスが、深く深く耽溺を誘う。

無事にスコットの虜になり、僕は彼のディスコグラフィーを追った。そうすると、彼が地元であるカナダのハミルトンで「Other Songs」 というレーベルを運営していることがわかった。カナダのアーティストをフックアップするためのインディペンデントな団体だそうだ。詳しくは後述するが、彼の音楽性とも共振する、優れたアーティストがOther Songsから作品をリリースしている。

このレーベル自体が気になり始めたので、bandcampからネットサーフィンを重ねて彼らのホームページにまで飛んでみる。すると思っても見なかった光景がそこにはあった。

そう、彼らがマーチとして取り扱っているのは音楽ソフトだけではない。音楽ビジネスに関する商材を豊富に取り揃えていたのだ。むしろ商品流通量でいえば、こちらの方がウェイトを占めている。

注目すべきはその内容。ベーシックレッスン的な扱いをされているコースでは「レーベルの始め方」「レーベルの経営戦略」などのテーマが扱われ、そこから派生したレッスンではよりミクロなテーマが取り上げられている。それは「レーベルにおける音楽著作権」とか「Spotify・bandcamp運用の基礎」とか、随分と切り込んだ話が並んでいる。有料コンテンツのため内容に詳しく触れることは憚られるものの、レーベル運営の基礎知識が体系だって——それはほとんど予備校のサテライト授業と同じくらいスムーズに——まとめられている。

他のマーチも興味深い。上のオンライン講座の内容をまとめた電子書籍に加え、上の画像を見ていただければ分かるように、「SNS用のテンプレート」や「経営プランモデル」、上の商材をまとめて購入したお客様にはボーナス特典でさらにチェックリストとテンプレートがオマケされる。

極め付けはこれ。97ドルでスコット本人が面談してくれる。1on1で、あなたのビジネスプランをスコットが一緒に考えてくれます。まるでオンラインサロンの高級オプションみたいだ(ただし、日本の怪しい小金持ちとは違って、こちらは良心的な値段設定となっている。1万円で面談サービスなんて、結構破格だろう)。

ここまで調べて、正直僕は困惑した。別にこういうビジネスに耐え難い嫌悪感を持っているわけではなかったのだが、『Oh Man』に代表されるスコット・オー及びOther Songsの静謐なイメージと、起業家精神溢れるビジネスパーソンとしてのスコットが、全く結びつかなかったからだった。インディペンデントな活動を行うミュージシャンは全く珍しくはないが、経営戦略を朗々と語り、オンライン講座を開設し、SNSの投稿テンプレをオマケにつけるミュージシャンは見たことがない。

しかしこのレーベルを調べるうちに、その活動の意味するところが見えてきた。例えばレーベルの運営するYouTubeチャンネルにポストされている上の動画。ここではスコット本人がbandcampの運用方法をレーベルの運営者側に向けて語りかけている。いわく、「あなたがbandcampを活用すべき10の理由」

そのまま東洋経済オンラインに載っててもおかしくなさそうなテーマだが、その内容はとてもパッションに溢れている。例えば1つ目の理由では「サブスクリプションの利用者と比較して、bandcampから聴いているリスナーはアクティブでライブにも足を運んでくれる」と述べているし、3つ目の理由ではbandcampのメーリングリストの有用性を唱えている。5つ目のレーベルページの重要性を述べるゾーンなんかは、普段bandcampを利用している身としては首肯しっぱなしだった。

あなたがbandcampを活用すべき10の理由

さらには上の動画。これはこのチャンネルで最も再生されている動画で、先ほどのレッスンに組み込まれていた「レーベルの始め方」のイントロとなる。スコットのレクチャーの基礎的な部分となっている。

僕がこの動画で最も好きな箇所は、前半のレーベルのロゴを決める件だ。スコットはロゴのデザインを「白黒が望ましい」と述べ、その理由を「卓越した美学に溢れ、back seatになりうるから」としている。そう、彼は「back seatになりうる」ことをレーベル運営のプライオリティに置いているのだ(その後に「色付きのロゴは特別なリリースの時にだけマーチにすればいい」とも言っていた。賢い)。

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以上の発言から分かるかもしれないが、彼の目的は単なるメイクマネーではない。他の動画でもそうだが、リスナーを獲る方法を話しても、暴利を貪ることを主眼に置いた下品な話はしない。あくまで、インディペンデントなレーベルがサバイブする方法を当事者目線で真摯に伝えているだけだ。もっと言えば、どうすればインディペンデントなアーティストがリスナーとマッチングできるかが、スコットのレッスンに通底しているテーマだ。

インディペンデントなレーベル運営のために、スコットは知識と言葉を惜しまない。だから彼は音楽著作権の話もするし、レーベルのブランディングも語るし、Spotify対策も——その堅牢っぷりは、まるで広告代理店がSEO対策に心血を注ぐ図そのものだ——堂々と語る。その語り口は、現代のフォークトロニカを代表するほどの才能を持つシンガーとは思えないほど、明快で端的な物言いをしているが、その裏には滋味深いアーティストへの愛情が溢れていることが分かる。その溢れんばかりの愛情が、彼の原動力となっている。何せ、レーベルのロゴをback seat、つまり目立たせずにアーティストのイメージと干渉させないことをプライオリティに置いているのだから。

hypebotによるポッドキャストの中で、スコットはOther Songs発足のきっかけを周辺のアーティストとの関わり合いとしている。身の回りのシーンから発足した組織をここまで広げて運営できるのは、素直に感服するしかない。それもやはり、周辺に散らばるアーティストを「Other Songs」として繋ぎ止めるスコットの胆力があってのものだろう。「プレイリスト入りを狙って音楽を作るなんて愚かだ」と喝破するレーベル主催者、真摯にも程がある。

そして何よりOther Songsが素晴らしいのは、カナダに住むルーツミュージック志向のアーティストたちを強固に繋いでいることだ。スコットの卓越している点は、レーベル運営者としての審美眼にあると個人的には思う。

フェイバリットを上げるならUSフォークの流れを汲んだアンビエント・ポップを奏でるホセ・ロボ、ミニマムなアコースティックギターが夏に馴染むマイケル・グリゴーニ、ハミルトンから40’s〜60’sのトラッドなカントリー/フォークを引用して赤裸々に歌うSSWのマット・パクストンなど、玄人好みなラインナップが並ぶ。

これらのミュージシャンを「Other Songs」と括ってみせ、周縁であることを半ば了承しながらも連綿とリリースを続けることこそ、このレーベルの強みである。インディペンデントであることには、そうでないことと比べて、遥かにコストがかかる。それを繋ぎ止めて、シェルターのようにアーティストを守りつつ、リスナーとのマッチングを怠わらない。この役割に、スコット・オーは自覚的だ。

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世界中を見回しても、一人のミュージシャンの主催によるもので、ここまでビジネスの解説をしているレーベルはないだろう。しかもそれが、インディペンデントなレーベルと同等かそれ以上に資本主義のオルタナティブとして扱われがちな、フォークシンガーによるものというのも興味深い。

インディペンデントな運営をどう成立させるのか。この命題から逃げず、あまつさえ水脈づくりすら厭わないスコット及びOther Songsの取り組みは、世界中のレーベル運営のロールモデルの一つと言って差し支えないだろう。野生味溢れる生存戦略と静謐な世界観。これらが一つの共同体に同居するためには、当たり前ではあるが、真摯な分析が必要なのかもしれない。Other Songsがこのまま活動を続け、よりよい周縁であり続けることを心から願う。

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