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【旅行】仙台苫小牧ドンブラコ −18− アイヌの楽器

ウポポイの体験プログラムで楽しみにしていたものは楽器だ。
楽器はムックリという口琴とトンコリという五弦琴で、これらは実際に演奏を体験することができる。
私は民族音楽と民族楽器には目がなくて、こうやってそれぞれの地元で教えを請うことができるというのがたまらない。
また私は木工屋を営む傍ら色々な楽器を作ることがあるのだが、そういったものの参考にもなるだろう。

ゴールデンカムイ6巻より
ムックリ(左)とトンコリ(右)

さてムックリとはなんとものんびりした響きだが、文字通りのんびりした音が出る。
楽器のカテゴリーとしては口琴という分類になるのだが、ジューズハープといった方が通りがよいかもしれない。
よくしくじった時なんかの効果音で耳にする、ビヨヨーンというやつだ。
私がこの楽器の存在を知ったのは意外と古くて、学生の頃だったと思うのだが、あすかあきおの漫画の中で紹介されていた。
なんでも「遮光式土偶は宇宙人ではなかった!?」というような話の中で、板の隙間から前を見る雪眼鏡というものはエスキモー(当時の表現)も使っていたとかいうようなくだりの中で、これはジューズハープといってアイヌにも同じようなものがあるのだみたいな話だったように思う。
なんだか脈絡がわけがわからんことになっているが、30年も前に適当に読んだ漫画なので仕方がない。
あすかあきおといったら非常に胡散臭いオカルト漫画の代名詞みたいなものだが、アイヌが口琴を使うということは事実だったわけだ。

そうして長い時間が過ぎて、ゴールデンカムイを読むようになった5年ほど前だろうか、その時に上のコマのムックリの描写が出てきて、ああ大昔に読んだあすかあきおが言ってたアイヌの口琴というのはこいつのことかと知った。
それから前の話で書いたように、大阪の国立民族学博物館に行ったらたまたまゴールデンカムイの原画展の告知をやっていて、そうかこの漫画は民族学的にも結構いい線行っているのだなと思いつつミュージアムショップに寄ったら、そのムックリを売っていた。
ほほうと思って買って帰り、説明を見ながら試行錯誤して音を出そうとするのだが、これがなかなか難しい。
ムックリは竹べらの内側に切り込みが入っていて、紐を引っ張ることで内側が振動するようになっているのだが、引っ張り加減がよくわからない。
そのうち紐は真横ではなく少し前にコツコツとノックするように引っ張るといいらしいということがわかる。
またムックリは口にくわえて口の中で振動を増幅させたり舌を動かしてピッチを変えることで独特のビヨヨーンという面白い音色になるのだが、振動した竹べらが唇やら舌にヒットしてなかなか目の覚める思いをした。
そうこうしてなんとか音がそれなりに出せるようになっていたので、ウポポイに行く機会があったらぜひ持っていこうと張り切っていたのである。

数年使っている私のムックリ
ウポポイの体験学習館の案内

ところでウポポイでは複数の楽器体験プログラムがあるのだが、このムックリだけ1000円で他は無料となっている。
どういうわけかというとムックリは口にくわえて弾く楽器なので、使い回しをするのは時節上宜しくないということなんだろう、さすがはコロナ期にできた施設だ。
それでムックリは楽器代込みということになっている。
実はムックリ持ってきたんですがというと、私の分は無料になった。
そうして教室に入る。

イランカラプテ(こんにちわ)という挨拶からムックリ教室が始まる。
まずは持ち方から始まり、紐をどのように引っ張るかということの説明が行われる。
この辺りは私は独学でやっていたので音を出すまでは問題ない。
その先がなかなか興味深い。
ムックリという楽器は竹べらの振動を口の中で共鳴させることで色々な音に変化させるのだが、舌の位置や動きが結構重要だ。
振動が共鳴している間に舌を動かすことで音のピッチが変わり、色々な味が出る。
慣れないと竹べらが舌にヒットして痛い思いをすることもあるが、これは面白い。
さらに振動しているときに息を吹き込んだりするとまた音が変化する。
ムックリは基本的にはビヨヨーンという音を出すだけで特に音階が表現できるわけではないのだけれども、アイヌ民族は周囲の環境、例えば川のせせらぎや魚が跳ねるような情景をムックリで表現するのだという。
そう思うとなかなか表現豊かな使い方ができそうだ。

続いてトンコリの教室だ。
トンコリというのは長い紡錘形をした弦楽器で弦が5本張ってある。
つまりアイヌの音楽は5つの音階で成り立っているということだ。
教室の机には各人1棹ずつのトンコリが置いてあり、素朴だがなかなかよくできている。
私も木工の手法で三線を作るということをやっているので、なんだか同業者の仕事を見るような心地でしばらく眺めてみる。
なおウポポイの体験プログラムは基本的に撮影ができないので、写真が残せないのが残念ではあるが、その分五感で記憶するようにしよう。

コタンのチセに展示してあったトンコリ

このトンコリだが、私はずいぶん昔に見たことがある。
今から20年ほど前に、当時一人暮らしをしていた福井県の松岡町で夏祭りがあって、ステージに二人の演奏家が招待されていた。
一人はタルバガンというトゥバ音楽をやるユニットのホーミー奏者で、もう一人がOKIというアイヌ音楽のトンコリ奏者だった。
共に民族音楽としてはかなりマイナーなほうなのだが、この二人に出演を依頼した松岡町の祭りの実行委員会はかなりお目が高いと思う。

まずトゥバというのは現在のロシア連邦トゥバ共和国のことで、モンゴルの隣にあり、民族としてもモンゴルにかなり近い(がモンゴルとは仲が悪いらしい)。
モンゴルもそうだが、この辺の独特の歌唱法としてホーミー(フーメイ)というものがあって、日本語では喉歌と表現される。
ものすごい極超低音で人間が発声できる一番低い音域でダミ声のように歌うというもので、似ているものといえば魚河岸のおっさんのダミ声や真言宗の坊さんのお経みたいなものを想像するとよい。
さらに所々籠ったセミの鳴き声のような、人間が発してるとは思えない声が混じるのがホーミーの特徴で、低音と高音を同時に発声するということをやる。

それからトンコリのOKIという人だが、祭りのポスターに顔写真が出ていて、アイヌのコタンからそのまま抜け出してきたような風貌が大変印象的だった。
それまでアイヌの人を見たことがなかったので、どんな雰囲気なんだろうと興味を持ったのが、そのステージを見に行ったきっかけだった。
まるで外国人を見に行くような心持ちで向かったステージにOKI氏が現れた。
なるほどポスターの通り、太い眉毛に長い癖っ毛の頭には太い鉢巻を巻いていて、北海道名物バター飴の袋に描いてあるような熊五郎髭で長身の人物だった。
なるほど明治時代以来日本の同化政策によって苦しんできたアイヌの悲哀を無言で表現しているような顔つきだと思ったが、中国の故事にあるように人を外見で判断してはいけない。

「やあみなさんこんにちわ!」
と拍子抜けに軽い挨拶でステージが始まり、バラエティ番組の司会者のように軽い口調でOKI氏のMCが始まる。
演奏の前にOKI氏とタルバガンの等々力氏の会話が展開されるのだが、写真では今風の若者のように写っていた等々力氏はどちらかというと寡黙で落ち着きがあり、翻ってアイヌの悲哀のような風貌のOKI氏はいかにも音楽の業界の人といったミスマッチがとても意外だったことを覚えている。

やがてトンコリと歌のパフォーマンスが始まるのだけれども、等々力氏のトゥバ音楽のものすごい異世界感と、OKI氏の外見と人物のあまりのイメージの乖離のインパクトのおかげで残念ながらどんな音楽だったかよく覚えていない。
結構単純な旋律の繰り返しに声を乗せるといったものだったように思う。
はてどんなんだったかなと思ってyoutubeで探してみたら、今でも精力的に活動されていることがわかった。
20年前はアイヌ人の顔をしたちょっとチャラい人だと思ったが、20年経ってかなり貫禄も出ていて、もし機会があったら一度生で聴いてみたいものだ。

なお、祭りのライブではそれぞれ交代でトゥバ音楽とアイヌ音楽を披露していたが、最後にトゥバとアイヌのコラボレーションでの演奏があり、これはすごかった。
異なる文化を混ぜるとこんなにも面白いことができるのかと大いに刺激になった。

この動画はちょうど私がライブを見た20年前とそうは違いがない時代のもので、紫色のものすごい格好をしている方が松岡の祭りにやってきた等々力氏、この時に買ったCDにキリル文字でサインをして頂いたものが今でも手元にある。

ところで五弦琴といったらちょっと思い当たるものがある。
今から5年ほど前だろうか、静岡ホビーショーに模型を出展したときに、空き時間で静岡市内にある登呂遺跡を訪れたことがあったのだが、ここの博物館に大変興味深いものがあった。
1枚の板で作られた6弦の琴で、サウンドホールらしき穴は空いているが共鳴胴はなく、左右に張った弦の中間にブリッジを入れて調弦していたらしい。
6弦しかないので音が6個しか出ないのだけれども、果たしてどんな音楽を演奏していたのだろうかと思ったものだ。
アイヌのトンコリは弦がさらに1本少ないので5種類の音だけで旋律を構成することになる。
それで、アイヌ音楽を聴くことで登呂遺跡から出土した古代の楽器からどんな音楽が流れていたのかをイメージできないかと思ったわけだ。

登呂遺跡から出土した6弦の琴

教室が始まると、楽器の詳しい解説の後に楽譜が配られる。
この楽譜は五線譜ではなく、タブ譜のような略式のもので、押さえる弦の位置とタイミングに印が付いているものだ。
全て解放弦での演奏なのでフレットはなく、両手で軽く抱き抱えるようにして右手で3本、左手で2本の弦を弾くようになっている。
楽譜をなぞるだけなので結構簡単だと思っていたが、左手でも弦を弾くというのがなかなか慣れないようで、しばらく練習するとなんとか楽譜をなぞれるようになった。
初心者というか初めてトンコリに触る人向けなので簡単な曲ということだったせいか、何かの伴奏のようでそれ単体ではよくわからない旋律だったが、これにボーカルを乗せるとだいぶ化けるのだろう。
今回は略式の楽譜があったが本来アイヌ文化には楽譜どころか文字もないので、耳で聴いて覚えるというのが正しいに違いない。
こうして耳伝えに音楽が継承されてきたようで、縄文時代や弥生時代の楽器もおそらくはこのように使われていたのではないかとイメージできる。
無論アイヌ音楽がそのまま縄文や弥生文化の残照を残しているわけではないが、こんにちで残っている似たような成り立ちの文化を知ることで、過去の失われた文化をイメージする補助線のようなものを得ることはできるわけだ。

世界中を見渡すに、どうやら音楽を持たない文化はないようで、また歴史的にも音楽は人間の文化の始まりの頃からあったらしいということは、世界中から発掘される遺物などからもわかる。
それは壺に描かれた楽器を弾く人物の絵だったり、青銅器に刻まれたモールドだったり、動物の骨などでできた腐りにくい楽器のパーツだったりするのだけれども、肝心の音楽そのものは楽譜がなければわからない。
それで、現在にまで引き継がれている伝統音楽に触れることはとても意義があることだ。
それぞれの民族にとってどんな旋律が心地よいと感じるのか、どういうことを思ってこの旋律が作られたのかということを考えると、白黒写真のような考古学の世界が一気に彩色されたものに変わる心地がする。
そういう意味でも、楽器を通じてアイヌ文化に触れることができるウポポイの体験プログラムはとてもいいものだと思った。

つづく

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