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日本製鉄のUSスチール買収は日本の世界戦略にとって吉か凶か?

日本製鉄が、「古き良きアメリカの象徴」ともいえるUSスチールを買収する。ずっと気になっていたこのニュースだが、日本の世界戦略にとって吉か凶か判断つきかねていた。

そんな中、この買収に関する良記事を見つけたので、ここにピン止めしておく。

この記事の内容に入る前に、現在日本がおかれている状況から復習しておく。

世界のメガ構造の中で、アメリカ側につく日本

現在世界では、自由民主主義諸国 VS 権威独裁主義諸国のバトルが、あらゆる階層で起こっている。

米中貿易「競争」は、「経済安全保障」というフィールドでのバトルだし、ウクライナで起こるリアルな戦争はこの戦いの最前線の一つでもある。

そんななか、日本は明確にアメリカ側につくという立場を鮮明にしている。これは、安倍政権から続く外交の軸であり、「自由で開かれたインド太平洋」戦略の根幹でもある。

世界の覇権を維持することにたけたアメリカと、旧覇権国イギリスと同じ陣営に与することで、最終的には「敗戦国」としての立場を脱し、次の時代の「戦勝国」入りすることが究極の目標である(と、明言した政治家はいないが、「戦後レジームからの脱却」をうたっていた安倍さんの路線であることから、そう推測される)。

アメリカが好きか嫌いかは別として、日本の立場を強めるために、いまはアメリカに寄っているというのが私の認識である。

「古き良きアメリカの象徴」であるようなUSスチールの買収を、日本企業が「いま」「このタイミングで」行うということは、その流れに反することであり、日米関係の棘となる可能性がある。この大きな潮流を、日本製鉄の経営陣は理解しているのだろうか?

実際に、トランプ元大統領はもとより、リベラルなバイデン大統領まで懸念を表明するという事態となっていた。

一方で感じるノスタルジー

一方で、日本企業がアメリカ企業を買収する、しかもこの円安の状況下で?ということを考えたとき、日本はそんなに景気がいいのかと違和感を覚えた。

勢いよく日本企業がアメリカ企業を買収した結末は・・・だいたいババをつかまされることになるのがこれまでの歴史でみられるとおりである。

だから、奇妙なノスタルジーを感じるとともに、「日本製鉄、本当に大丈夫か?」という疑念もあった。

そういうことで、このニュースの取り扱いにはずっと困っていたわけである。

そんななかで、この記事をみていこう。

日本製鉄のUSスチール買収には大きな意味がある

安倍氏から菅氏、そして岸田氏と続く政権(後世の歴史家は安倍―岸田時代と呼ぶのかもしれない)が選んだのは、米国との同盟強化であり、それは我々が嘗て昭和初期に掲げてみせた「有色人種の白色人種支配に対する抵抗と解放」という軸(王毅氏の発言などに典型的な、もしかしたら隣国の知識層の一部がデジャブのように21世紀の現在まさに掲げてみせる軸)ではなく、岸田氏の演説を借りれば「人権が抑圧された社会、政治的な自己決定権が否定された社会、デジタル技術で毎日が監視下にある社会への強い拒絶」という軸、を選んだという歴史的な事実ではないか、と思う。

上記記事より

安倍政権以降の外交方針について、私の理解と同じ方向性の内容である。

興味深いのは、「白人  VS  有色人種」という、日本がかつて通った道を、いま中国がたどろうとしているという指摘である。そして現在の日本は、「自由民主主義 VS  権威独裁主義」の自由民主主義側に、アメリカとともにいるのである。

冷徹な認識に立てば、21世紀の今日でもなお鉄こそは文明の基盤を成す基礎資材であり、また、軍事的な意味では戦闘機も軍艦も空母も、戦車も砲弾も、その全てが、鉄を基礎材料として造られている。鉄こそは産業の基盤、国富の基盤、もちろんそれもそうだが、軍事力の根源を成す力だからこそ「暴力装置そのものである国家」の本質を支える、「鉄は国家」、基礎資材なのだ。  

USスチールが大統領選を戦う政治家たちにとって、どうしても譲れない企業であるのは、もちろん、それがペンシルバニア州という大統領選において重要性の高いスイングステートにあり、そこに働く労働者たち、USスチールに繋がる様々な人々の票を抱えていることもその理由だが、それ以上に、国防的な見地に立って鉄を異国に渡せるのか、委ねられるのか、という根源的な問題も抱えているからだろう。  

その意味で今回の日米首脳会談の表には出ない重要なテーマは本件をどう着地させるのか、にもあったと言われていたし、タイミングを計ったかのように同じ11日に日本製鉄は政治の中心であるワシントンポストに、まさに岸田氏の演説の趣旨をなぞるかのようなメッセージ「パートナーシップは鉄のように強い」を全面広告で謳ってみせていた。  

そして、翌12日、臨時株主総会で賛成多数で日本製鉄によるUSスチールの買収は承認された。昨年12月の買収発表とそれに対する共和党トランプ候補の反対表明、バイデン氏の労働組合への強い配慮を示す声明発表など政治的な要因がもたらす障壁の、まずは大きな節目は超えられ、残すは関係当局からの許認可取得というステージに案件は移ることになった。

上記記事より引用

株価も本件発表後、USスチールの株価は高騰した。もちろん、それは逆に日本製鉄の株主にとっての不利益になる可能性もあるが、日本製鉄の株価も一時下がったものの、この間、持ち直している。それは、市場が経済合理的にもこのディールが中長期的に自分たちの利益に叶うものだ、と判断している証左でもある。

上記記事より引用



 時系列を遡れば、このディールは2019年4月、橋本社長就任から始まる一連の「日本製鉄の構造改革」の文脈に沿った打ち手に他ならない。それが理解されれば、この打ち手は投資家にとって対価に見合うディールと判断される可能性を持つ。株価の動きはそうしたことを伝えているだろう。では、日本製鉄の構造改革とは何だろうか?   

図3は、2019年3月期からの日本製鉄の売上収益と税引前当期利益の推移となる。コロナ禍の影響も大きかったとは言え、同社は2020年3月期には4,000億円を超える赤字を計上し、赤字は翌年まで続いている。この背景には過剰になってしまった生産力の痛みを伴う縮小、具体的には呉で行われた高炉全廃に代表される6製鉄所32ラインに及んだ国内製鉄設備の休廃止があることは日本製鉄を追いかけている人間には良く知られている話になる(冷笑的に言えば、それは米国の労働者や組合も良く知る話だろう)。  

その一方で日本製鉄はトヨタ自動車など需要家に対しても主張すべきは主張し、付加価値の高い高級鋼への集中を行い、生産性を向上させ、脱炭素など製鉄産業を取り巻く逆風にコークスではなく水素による製鉄、水素還元製鉄の技術を高めることで立ち向かう姿勢を見せている。辛い減量に努めながら、苛酷なトレーニングは継続し、戦う力を養う姿はボクサーのそれを彷彿させる。  

2019年4月に社長に就任した橋本氏の下で進められた一連の構造改革、その成果は2022年3月期からの業績のV字回復と併せ有名だが、地政学的な背景も前提として、それぞれの拠点で完結した鉄源一貫製鉄を行い、その地域の需要を取り込み、成長する、とする彼らのグローバル戦略のなかに、当然、高級鋼の最大消費地である米国に拠点を置くUSスチールの買収が位置づけられている。  

図4は、本件クロージング後の日本製鉄のグローバル体制の図となる。日本製鉄は橋本体制で、将来的に粗鋼生産能力を1億トンとする計画を打ち上げたが、2022年度時点で66百万トンの日本製鉄に20百万トンのUSスチールが加われば、その数字は射程の裡に入ってくる。また、成長を遂げるインド、ホームマーケットとしての日本・アセアン、そこに米国が加われば、確かな成長軌道を描くことができる。  

あたりまえの話だが、日本製鉄の経営陣はなにも国士としての立場、政治的な意図を持って、今回のディールを仕掛けた訳ではない。その理解もまた重要だろう。

上記記事より引用

要するに、「日本製鉄をV字回復させた橋本社長の手腕が、USスチール買収後も発揮されるであろう」というのが、この記事の本質である。それを理解されれば、アメリカにも受け入れられる可能性が高い。その経済合理性は、すでに市場に受け入れられつつあるという主張である。

なるほど・・・日本製鉄の事情が詳しくわかる良記事であった。一方で、新たな疑問点も生まれた。

「古き良きアメリカそのもの」であるUSスチールを買収するということは、経済合理性に叶うという理性的な判断よりも、アメリカ人の情緒を刺激するという感情的な側面を持つ。そこを解決できるかどうかが大きな問題であるが、そこに関してはこの記事では触れられていなかった。

したがって、経済合理性という観点からは、日本の世界戦略にとって「吉」となる可能性が高いが、アメリカ人の情緒面の問題を乗り越えることができない場合、日本の世界戦略にとって影を落とす「凶」となる場合がある。日本製鉄の経営陣は、国士としての判断ではなく、経済合理性に従ったということであるが、それが「凶」とならないことを願う。

(画像は写真ACから引用しています)

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