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賃金のデジタル払い解禁!!

編著者:King&Wood Mallesons法律事務所 
弁護士 山﨑俊吾(東京弁護士会所属)


1. 概要

 労働基準法では、賃金は現金払いが原則ですが、例外的に労働者が同意した場合、預貯金口座などへ賃金の振込みが認められてきました。

 もっとも、昨今では、キャッシュレス決済の普及や送金手段の多様化が進み、キャッシュレス決済サービスによる賃金受取ニーズが高まっています。

 こういったニーズに対応するため、労働基準法施行規則の一部が改正され、使用者は、労働者の同意を前提に、第二種資金移動業[1]を営む資金移動業者のうち、厚生労働大臣の指定を受けた資金移動業者(以下「指定資金移動業者」といいます。具体的には、●●Payなどが想定されています。)の第二種資金移動業に係る口座への資金移動による賃金支払ができるようになりました。

 具体的なスケジュールとしては、令和5年4月1日から資金移動業者による厚生労働大臣への指定申請が開始され、厚生労働省での審査には数か月かかることが見込まれていますので、実際に賃金のデジタル払いが可能になるまでには、あと少しです。

 そこで、今のうちに、デジタル払いの注意点や指定資金移動業者の要件等について理解をしておくと安心だと思いますので、説明したいと思います。

 

2. <労働者・使用者の方> デジタル払い導入時の注意点[2]

  • 現金化できないポイントや仮想通貨での賃金支払は認められません

  • 賃金のデジタル払いは、賃金の支払・受取方法の選択肢の1つです。そのため、今回の改正は、使用者に対して導入を強制するものではありません

  • 導入した事業所においても、すべての労働者の賃金支払・受取方法の変更が必至となるわけではありません

  • 労働者は、これまでどおり銀行口座等で賃金を受け取ることができます。賃金のデジタル払いが導入されたとしても、労働者は賃金のデジタル払いを選択する必要はありません。また、使用者は、希望しない労働者に強制することはできません。労働者本人の同意がない場合や賃金のデジタル払いを強制した場合には、使用者は労働基準法違反となり、罰則の対象になり得ます。

  • 賃金の一部を指定移動業者口座で受け取り、そのほかは銀行口座などで受け取ることも可能です。

  • 取扱い指定資金移動業者の範囲を設定する際、厚生労働大臣が指定した資金移動業者の中から選択する必要があります。指定資金移動業者は、厚生労働省ホームページに掲載される予定です[3]。

  • 導入方法

  以下の①及び②を行う必要があります。

① 事業場において賃金デジタル払いの対象となる労働者の範囲や取扱指 定資金移動業者の範囲等を記載した労使協定を締結。

② 賃金のデジタル払いを希望する個々の労働者からの同意書の提出。その際、留意事項等の説明を行い、同意書にデジタル払いで受け取る賃金額や、資金移動業者口座番号、代替口座情報等を記載してもらう。


 3. <資金移動業者(資金移動業者登録予定)の方> 指定資金移動業者になるために

(1) 指定資金移動業者の要件

 厚生労働大臣による指定資金移動業者としての指定を受けるためには、次の①~⑧の要件を満たす必要があります(労働基準法施行規則第7条の2第3号)。

① 口座受入上限額を100万円以下の額に設定している又は100万円を超えた場合、預貯金口座等に送金を行うことで当該資金を100万円以下とするようにしていること。

② 破産等により資金移動業者の債務の履行が困難となったときに、労働者に対して負担する債務を速やかに労働者に保証する仕組みを有していること。

③ 労働者の意思に反して権限を有しない者の指図が行われる等により指定資金移動業者口座の資金が不正に出金された場合等、当該損失を補償する仕組みを有していること。

④ 口座残高については、最後の入出金日から少なくとも10年間は、申し出等による払い戻しができるようにすること。

⑤ 口座への資金移動が1円単位でできるための措置を講じていること。

⑥ 現金自動支払機(ATM)を利用すること等により口座への資金移動に係る額(1円単位)の受け取りができ、かつ、少なくとも毎月1回は手数料を負担することなく受け取りができること。

⑦ 賃金の支払に関する業務の実施状況及び財務状況を適時に厚生労働大臣に報告できる体制を有すること。

⑧ ①から⑦のほか、賃金の支払に関する業務を適正かつ確実に行うことができる技術的能力を有し、かつ、十分な社会的信用を有すること。

 ⑧の要件については、次に掲げる事項を満たすことを含め、総合的に判断されます[4]。

  • 指定申請時において、資金決済法第55条の規定による業務改善命令又は同法第56条第1項の規定による業務停止命令がなされていないこと。

  • 賃金が確実に支払われるための措置として、例えば、賃金支払が開始される際に、労働者が指定した資金移動業者の口座が存在することを確認する措置、賃金支払が認められた資金移動業者の口座であることを確認する措置等を講じていること。

  • 「プライバシーマーク」、「ISMS認証」その他の第三者機関による個人情報の取扱に係る認証を取得していること。

 各要件の具体的内容については、厚生労働省作成の「資金移動業者の口座への賃金支払に関する資金移動業者向けガイドライン」(以下「デジタル払いガイドライン」といいます。)の「第2 資金移動業者の指定要件」[5]に記載されています。


(2) 指定資金移動業者の指定手続等

 厚生労働大臣の指定を受けようとする資金移動業者は、第二種資金移動業を営むこと及び指定要件を満たすことを証明する書類を添付し、指定申請書(別紙様式第1号)[6]を厚生労働大臣に提出する必要があります。具体的には、指定申請書(別紙様式第1号)とともに、添付資料として指定申請書の記載内容(指定要件を満たすために講ずる措置等)の裏付けとなる資料を厚生労働省に送付する必要があります。

 要件の具体的内容については、厚生労働省作成のデジタル払いガイドラインの「第3 資金移動業者の指定手続等」[7]に記載されています。

 

4. コメント

 本改正は施行済みであり、既に、資金移動業者による厚生労働大臣への指定申請が開始されています。審査には数か月かかるようですが、賃金のデジタル払いは、もうまもなく導入が可能となります。 

 導入を予定される事業者においては、厚生労働省のホームページに掲載される指定資金移動業者一覧及びガイドラインを確認のうえ、法令に沿って導入することが推奨されます。

 指定資金移動業者として厚生労働大臣への指定申請を予定されている事業者においては、申請に必要な裏付け資料の準備や、申請後の審査に相当程度の時間を要しますので、事業開始のスケジュール設計には注意が必要です。

以上


[1] 資金移動業の種別によって規制内容が異なる場合があり、為替取引の額については、第一種資金移動業には制限はありませんが、第二種資金移動業は少額として政令で定める額(100万円)以下の送金に制限され、第三種資金移動業は特に少額として政令で定める額(5万円)以下の送金に制限されます(資金決済に関する法律第36条の2)。

[2] 厚生労働省「資金移動業者の口座への賃金支払(賃金のデジタル払い)について」(https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/zigyonushi/shienjigyou/03_00028.html、令和5年5月18日最終閲覧)の「3.よくあるご質問への回答(労働者、使用者向け)」。

[3] 同上「5.指定資金移動業者一覧」。

[4] 令和4年11月28日基発1128第3号厚生労働省労働基準局長通達「令和4年11月28日労働基準法施行規則の一部を改正する省令の公布について」(https://www.mhlw.go.jp/content/11200000/001017089.pdf、令和5年5月18日最終閲覧)。

[5] 厚生労働省労働基準局賃金課「資金移動業者の口座への賃金支払に関する資金移動業者向けガイドライン」5頁(令和5年3月8日)(https://www.mhlw.go.jp/content/11200000/001069053.pdf、令和5年5月18日最終閲覧)。

[6] 前掲注(1)「2.法令、通達等」に掲載。

[7] 前掲注(4)14頁。


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