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タイで残された志村けんさんの存在

今朝、志村けんさん死亡ニュースを聞いた時、かなり動揺しました・・・。
コロナウイルス感染されたのは分かるけど、トム・ハンクスのように回復できることを願ってました。その願いことが叶いませんでした・・・。

その志村けんさんの死亡について、タイ人向けのFacebookを投稿したら、多くのタイ人の知り合いからコメントがありました。今日はタイにおいての志村けんさんの存在について簡単にお話しをしたいと思います。

ミレニアム世代の日本人のお笑い芸人

90年代にタイで放送されて、今40年〜50年代になったタイ人が且つてハマっていた日本のお笑い番組は「加トちゃんケンちゃんごきげんテレビ」でした。(タイ語タイトル:คู่หูคู่ฮา 訳:爆笑コンビ)残念ながら私はこの番組を観た記憶がありませんが、タイ人のブログを調べてみたら、志村けんさんの吹き替えはタイで一番有名な声優が担当したほど、とても人気があったのです。

この番組で、志村けんさんの「大丈夫だい」というセリフが大ブレークしました。実際は志村さんが「だいじょうぶだぁ」と言ってましたが、タイ語の名声優が吹き替えでは「大丈夫だい」と発音してしまい、そのままでタイに広まりました。

日本人はみんな「アイ〜ン」をやると真剣に思ってた

私が初めて志村けんさんのことを知ったのが、1998年〜1999年の頃でした。当時はタイのケーブルテレビで多数の日本のドラマやテレビ番組が放送され始めた頃で、中にも志村けんさんが出演された番組がありました。当時は日本語が全く分かりませんでしたので番組名は覚えてませんが、唯一残ってる印象は志村けんさん「アイ〜ン」です。

もちろん、志村けんさんの名前も知らずにネダだけ覚えていました。あのお笑いのおじさんが志村さんと同人物と知ったのが、日本に住んでからです。

タイ人の心を掴んだ、あの番組の企画

そして2007年の時、今でも人気誇る番組「天才!志村どうぶつ園」の人気企画「パンくんとジェームズ」がタイの連載番組「ขำกลิ้งลิงกับหมา」として放送されました。主役のパンくんとジェームズの可愛さももちろん、志村さんとのやりとりが当時のタイの若者の心を掴みました。

タイでは「パンくんとジェームズ」企画のみ放送されたため、「天才!志村どうぶつ園」の番組のコーナーの一つだと知りませんでした。今の立場になって悔しかったのが、タイではこの番組が人気あったにも関わらず、ほとんど誰も撮影舞台の地域のことを気付いてませんでした。

そうです!ぱんくんとジェームズくんの舞台は熊本県の「阿蘇カントリー・ドミニオン」でした!!当時、この事実がもっと知られていれば、くまモンを超えて、熊本の代表的なプロモーションになれたはずですね・・。

志村さん、たくさんの笑顔ありがとうございました。

日本人のみならず、志村けんさんは多くのタイ人の心を温めてくれたとても大切な存在でした。私もその中の一人です。まだ幼い頃の自分が見かける日本人に向かって「アイ〜ン」で挨拶したことを、今思い出すととても恥ずかしくなりますが、志村さんのお笑いに出会えてとても良かったです。

今まで多くな人にたくさんの笑顔を与えてくれて、ありがとうございました。

天国でも、どうか、笑顔で溢れる毎日をお過ごしください。



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