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一倉定初期三部作とドラッカー『現代の経営』 (1)テイラー=能率との関係性

1. 趣旨

 一倉定(いちくら・さだむ)は、日経BPの記事によると、1918(大正7)年、群馬県生まれ。1936年、旧制前橋中学校を卒業後、中島飛行機、日本能率協会などを経て、1963年、経営コンサルタントとして独立した。1999年逝去。
https://business.nikkei.com/atcl/seminar/19nv/120500136/090200563/

 独立した1963年に『あなたの会社は原価計算で損をする』、1965年に『マネジメントへの挑戦』、1969年に『ゆがめられた目標管理』が発行された。
 この初期3部作では、1956年に日本語訳が発行されたP.F.ドラッカー『現代の経営』が効果的に引用されている。

 一倉定は、ドラッカー『現代の経営』をどう読んだのだろうか。そして、いま、ドラッカーと一倉定から何を学べるだろうか。

 照らし合わせた読み込みにより、結論的には、次の3点の示唆を得た。

[1] ドラッカー及び一倉定は、日本における5S(整理・整頓・清掃・清潔・しつけ)や環境整備(点検)の源流の一つであるといえる。
[2] また、一倉定は、ドラッカーの抽象的な問題提起を受けて、全部原価計算から距離を置き、変動費と固定費に分離する直接原価計算を日本の中小・中堅企業に導入していった。
[3] 私見では、ドラッカー及び一倉定の経営論は、京セラ・稲盛和夫のアメーバ経営に連なる思想が散見される。

 計画、実行、目標および人事評価については、ドラッカーと一倉定の対比により米日の相違が浮き上がってくるが、米国でのさらなる進化(OKR)も参照する必要があるため、別論とする。

 ドラッカーと一倉定は、フレデリック・テイラー『科学的管理法』の次世代の手法を目指した点で共通する。ドラッカーは、おそらく、テイラーの手法をオートメーションの時代にあうように洗練させ、コンサルティングをしていた。そのドラッカーの実務は、一倉定が働いていた中島飛行機や日本能率協会に、一定程度、直接的な影響を与えていた可能性がある。

 一倉定の深いドラッカー理解は、書籍からのみならず、テイラーを通じた経験的な知識をドラッカーと共有していたからこその部分がある。

2. フレデリック・テイラー『科学的管理法』

 近代の世界に影響を与えた人物として、テイラーの影響はマルクス以上であると、ドラッカーは述べている。

 ダーウィン、マルクス、フロイトといえば、近代をつくった人間としてよく引き合いに出される三人組である。だが、公正さというものがあるならば、マルクスの代わりにテイラーを入れるべきである。とはいえ、テイラーが正当な評価を受けていないことは、ささいな問題にすぎない。
 深刻な問題は、この100年間における生産性の爆発的な向上をもたらし、先進国経済を生み出したものが仕事への知識の応用だったという事実を、ほとんどだれも認識していないところにある。

P.Fドラッカー著, 上田惇生訳『ポスト資本主義社会』名著集8
(ダイヤモンド社, 2007.8[原著1993年]), p.52

 テイラーは、レンガを積む、シャベルですくう、などの働く人の作業をストップウォッチを使いながら観察し(動作研究、時間研究)、生産性の高い作業できる手順と休憩のプログラムを立案し、その実行の成果については働く人への還元を主体に、労使で分かち合うコンサルティングを実施していた。

 熟練を必要とせず高度な製造ができる仕組みの導入に対しては、米国の兵器の製造工場などを起点に、政治問題化するほどの抵抗もあったが、フォードの大量生産システムにも組み込まれ、アメリカ製造業に浸透していった。その生産性の高さや、熟練を必要としない生産システムは、第一次大戦や第二次大戦を通じて欧州にももたらされ、物量で連合国側に勝利をもたらす一因となったと、ドラッカーは評価している。

 ドラッカーは次のようにいう。

 (ドイツでは)アウゲスト・ボルジヒ(1804 - 1854)が、工場での経験と学校で学んだ理論とを結合し、今日も続いているドイツの徒弟制度を発明した。今日にいたるもなお、この徒弟制度がドイツ製造業の生産性を支えている。だがボルジヒの制度のもとでさえ、熟練工の養成には3年から5年を要した。
 ところがアメリカは、第一次世界大戦中、そして特に第二次世界大戦中、数ヶ月で第一級に工員を養成するために、テイラーの方法論を体系的に導入していった。このことは、日本や独との戦争に勝利する上で最大の要因となった。

P.Fドラッカー著, 上田惇生訳『ポスト資本主義社会』名著集8
(ダイヤモンド社, 2007.8[原著1993年]), pp.49 - 50

 日本では、例えば中島飛行機がエンジン用ピストンの生産工程に、科学的管理法によるベルトコンベアシステムを導入し、全所要時間を271時間から37.6時間に減少するなど一定程度の成果はみられていたが(佐々木聡『科学的管理法の日本的展開』(有斐閣,1998)p.228)、例えば、陸海軍が別々の製品を求め続けるなど生産性向上への発注側の理解も浅く、成果は限定的であった。  

 またドラッカーは、生産性向上による配分については、労働者を重視するテイラーと戦後の日本的経営の共通性を指摘している。

 テイラーは、労働者がより多くの収入を得られるようにするために、その生産性の向上に取り組んだ。企業のための効率の向上ではなかった。資本家の利益のためでもなかった。彼は生涯、生産性向上の果実を享受すべき者は、資本家ではなく労働者であるとの考えを貫いた。
 彼の動機は、資本家と労働者が、生産性の向上に共通の利益を見いだし、知識の仕事への応用によって調和ある社会をつくることだった。今日のところ、この考えに最も近かったものは、第二次世界大戦後の日本の経営者と労働組合だけである。

P.Fドラッカー著, 上田惇生訳『ポスト資本主義社会』名著集8
(ダイヤモンド社, 2007.8[原著1993年]), pp.45

 ドラッカーは、このテイラーの科学的管理法の真髄は、あらゆる問題について、複数の解決策を作成し選択する手法にあると洞察した。

 複数の解決策を作成することこそ、われわれの想像力を動員し訓練するための唯一の方法である。そして、これが科学的方法なるものの真髄である。
(略)
 特に組織に関わる問題については、何も行わないという解決策について検討することが極めて重要である。なぜならば、組織に関わる問題においてこそ、現在のニーズではなく過去のニーズによって行動やポストを決めるという伝統が、マネジメントのものの見方や考え方に最も深く根付いているからである。

P.Fドラッカー著, 上田惇生訳『現代の経営 下』名著集3
(ダイヤモンド社, 2006.11[原著1954年])pp.238 - 240

 「科学的管理法」の目指すべきところは、1910年代から、日本では、「能率」といわれ、動作研究、時間研究の成果による能率給が支払われてきた。1910年代末から20年代はじめには、上野陽一を所長とする研究所の他、複数の能率研究団体が設立された(上掲 佐々木聡[1998] p.6, p.158, p.212)。

 戦時中に、科学的管理法の国内への普及活動を目的とした合併により日本能率協会が設立された。一倉定は、日本能率協会に在職中、能率に関するコンサルティングに従事していた。

 一倉定は、『ゆがめられた目標管理』に至り、付加価値(限界利益)を生み出す生産性の向上を検討する際に、科学的管理法(能率学,能率化)の力不足を次のように批判した。

(従来の売上アップと費用削減という生産性向上策は)始めのうちは効果があっても、すぐに限界にぶつかってしまう。(略)それにもかかわらず、従来の能率学は、この現実に目を向けようとしない。というよりは、ぜんぜん気がついていないのだ。そして、馬車馬みたいに能率化にうつつをぬかし、低収益に泣く。その低収益の原因は能率化がたりないのだ、というわけで能率化に熱中する。(略)
 能率化によって継続的に必要付加価値を生み出すことは、もともとできない相談なのである。継続的に必要付加価値を確保する道は、たえず収益性のよい製品を取り入れるとともに、収益性の悪い製品を切ってゆくという、構造的な変革なのである。

一倉定『ゆがめられた目標管理』(pp.85 - 86)

 一倉定は、このように、「能率化」が何をすることなのかをよく理解していた。そして、大量生産の終焉という時代を迎え、収益性の悪い製品については、伝統的な時間研究、動作研究でどれだけ能率化しようとしても、「継続的な」成果に結びつかない、と分析した。

 上述した戦時中の中島飛行機や、戦争直後のNECやソニーなど、科学的管理法や(統計的)品質管理の導入で生産性を数十倍にした記録はあるが(上掲 佐々木聡[1998] p.221, 265, 287300)、一倉定が活躍した1960年代には、能率運動だけでは解決できないように、外部環境が変化していた。

 一倉定が、付加価値を「継続的に」目指すための方法論を指向している点は興味深い。赤字にしない、赤字企業を復活させる、という一倉定が生涯を通じて取り組んだ課題を解決していくには、この継続性に対する洞察が必要だったのだろう。

 さて、テイラーの歴史的な偉大さを肯定的に評価するドラッカーも、科学的管理法に内在する問題点を2つ指摘している。

 1つ目は、要素分解した作業と、人間による仕事とのギャップである。

 要素に分解された仕事と仕事における行動そのものとの混同は、人的資源の特質に対する理解の欠如に原因がある。(略)
 確かに、個々の作業は分解し、研究し、改善しなければならない。しかし人的資源は、それらの要素動作を仕事として再び統合し、人に特有の能力を活用できるものとしなければ、生産的たりえない。

P.Fドラッカー著, 上田惇生訳『現代の経営 下』名著集3
(ダイヤモンド社, 2006.11[原著1954年])p.132

 テイラーは、レンガを積む行為を、レンガを持つ、移動する、積み上げる、といった要素(の仕事)に分解し、それぞれの作業時間を測定するなどして、休憩時間による能率向上へも配慮しつつ、望ましい作業プロセスを組み立てた。

 ドラッカーは、知識社会となった現代では、持つ、移動する、積み上げるに相当するような仕事の分解そのものではなく、要素動作を仕事として統合する際に、その人に特有な能力を活用すべきと述べている。

 テイラーの方法は熟練の職人ではない多くの人に適用できるプロセスだが、ドラッカーの方法はより人間尊重とも言える。
 ドラッカーは、オートメーション化が進み知識が重要な生産要素となった時代においては、人的資源であるその人の能力が活用されるように、要素動作が組み合わされなければ、生産性が高まらないと述べているのではないだろうか。
 つまり、ドラッカーは、テイラーのように作業を要素分解しても、実行する人間の(組織内の役割にも応じた)能力が活用されるように、仕事の要素を(自ら)組み立てるべき、という地点にたどり着いたと思われる。

 2つ目は、計画をする人と行動する人を分離すべきではない、という考え方である。科学的管理法は、ストップウォッチをもって仕事の動作を研究し、最適な手順を構想し、計画が立案される。計画を立案する人と、その計画に従って作業をする人は別の人である。
 ドラッカーは、当時のIBMの成功例を紹介しつつ(下pp.92 - 100)、変化をもたらし、成果を得るためには計画と実行の一体性が必要であると説く。

 計画と実行が違うことを発見したことは、テイラーの最も価値ある洞察である。事前の計画が優れているほど仕事が容易になり、成果をあげるようになり、生産的になることを指摘したことは、ストップウォッチによる動作研究などよりもアメリカの産業の興隆にはるかに大きな貢献となった。
 まさにこの考えを基礎として今日のマネジメントのすべてがある。今日、目標管理について意味ある検討を行うことができるのも、計画を仕事の一側面としてとらえ、その重要性を強調したテイラーのおかげである。
 しかし計画と実行の分離は、計画する者と実行する者が別人でなければならないということを意味しない。(略)
 計画と実行は一つの仕事の二つの側面であって二つの仕事ではない。この二つの側面をもたない仕事は成果をあげることができない。計画の立案だけをすることはできない。仕事には実際の要素がなければならない。さもなけれ(ば)、成果をあげることはない。夢をみているだけである。(略)
 われわれはすでにIBM物語によって、働く人自身に仕事の計画について責任をもたせるとき、生産性が大幅に向上することを知っている。(計画者と実行者を一体化するとき)あらゆる分野において働く人の態度と誇りにおいて向上がみられるだけでなく、大幅な生産性の向上が見られる。

P.Fドラッカー著, 上田惇生訳『現代の経営 下』名著集3
(ダイヤモンド社, 2006.11[原著1954年])pp.133 - 135

 テイラーの科学的管理法を正確に理解したドラッカーと一倉定は、それぞれに当時に最適な経営を目指していた。一倉定は、「たえず収益性のよい製品を取り入れるとともに、収益性の悪い製品を切ってゆく」という、製造業の(直接)原価計算を深めた洞察による提案をし、ドラッカーは人的資源の活用との組み合わせに次世代の経営を求めていった。

 一倉定は、これから確認していくように、ドラッカーが抽象的に提案している内容を、ドラッカー以上に、具体的な作業に落とし込み、経営者にターゲットを絞った提案をしている。

 一倉定とドラッカーを読み比べることは、フレデリック・テイラーを介して、19世紀末から始まっている。直接原価計算という財務と、人的資源という非財務の接点を探ることでもある。

 あらためて確認しておくと、フレデリック・テイラーは19世紀末から20世紀初頭に活躍した。ドラッカーの『現代の経営』が戦後の1956年初版で、一倉定初期三部作は1963年から1969年である。

3. 『現代の経営』の版について

 一倉定初期三部作で引用されている『現代の経営』は、1956年発行の自由国民社版であり、現在広く流通している名著集2, 3の版との相互参照が難しい。また、初期三部作には、『現代の経営』のどのページからの引用なのかは記載されていない。

 本稿では、初期3部作で引用されているドラッカーの文章を頼りに、ダイヤモンド社名著集の『現代の経営』上下での該当ページを特定した。

 初期三部作で引用されている『現代の経営』は原著1954年版であり、一方、名著集版は1982年, 1986年に改訂された版である。このため、翻訳だけでなく、ドラッカーの原文に相違がある。しかし意味的に大きな相違はなかった。

 なお、一倉定が読んだ1956年版のドラッカー『現代の経営』(自由国民社)は、現在、国立国会図書館デジタルコレクションに含まれており、国立国会図書館の登録利用者は、個人送信サービスにより、来館せず、手元の端末で読むことができる。

☆ピーター・F.ドラッカー 著, 現代経営研究会 訳『現代の経営 [正篇] (事業と経営者)』(1956, 自由国民社[原著]1954年)
https://dl.ndl.go.jp/pid/3020577/1/10

☆ピーター・F.ドラッカー 著, 現代経営研究会 訳『現代の経営 [続篇] (組織と人間)』(1956, 自由国民社)
https://dl.ndl.go.jp/pid/3020578/1/6

書店で入手可能な最新の翻訳は、次の上下であり、正篇が上巻、続篇が下巻に対応している。

☆P.F.ドラッカー 著, 上田惇生 訳『現代の経営[上]』ドラッカー名著集2(2006.11, ダイヤモンド社)
https://drucker.diamond.co.jp/works/detail/17.html

☆P.F.ドラッカー 著, 上田惇生 訳『現代の経営[下]』ドラッカー名著集3(2006.11, ダイヤモンド社)
https://drucker.diamond.co.jp/works/detail/18.html

3. 該当ページの対応一覧

 この本稿(1)では、一倉定の初期3部作で引用されているドラッカー『現代の経営』の該当ページを一覧にする。
 本稿(2)で、一倉定が、どのような主題についてドラッカーのどの文章を引用したのかを紹介しつつ、一倉定とドラッカーの教えの要点を紹介する(2024年6月予定)。
 本稿(3)では、環境整備(点検)に絞って簡易に解説する(2024年6月予定)。

以下、「[原価計算]1.11 会計概念の改革をp.54」とあるのは、
[原価計算]は初期3部作の書籍名の要約
1.11等は一倉定初期3部作の書籍での目次の番号
「会計概念の改革を」は小見出し(一倉定のものか、鈴木健治による簡略化)
小見出しに続くページ番号は初期3部作の該当ページである。

 具体的な内容の体系的な説明は本稿(2)で行う。

引用 上p.97 生産性向上とあるのは、一倉定が初期3部作でドラッカー現代の経営の上巻(本編)か下巻(続編)を引用しており、
引用 は引用部分であること、
上 は上巻、またそのページ数
「生産性向上」は引用されている内容のトピックス名である。

『あなたの会社は原価計算で損をする 復刻版』(2021.9, 日経BP社)

原著1963(昭和38)年
https://bookplus.nikkei.com/atcl/catalog/21/283540/

[原価計算] 1.11 会計概念の改革をp.54
引用 上p.97 生産性向上

[原価計算] 1.12 企業の任務は生産性の向上にあるp.56
引用 上p.98 付加価値の利点

[原価計算] 2.2 ダイレクト・コスティングp.72
引用 上p.55 間接費の解像度と生産性

[原価計算] 2.9 売価はどのようにして決定するかp.88
引用 上p.104 利益の3つの機能

[原価計算] 4.11 清潔・整とんp.168
引用 下p.164 勤労意欲

[原価計算] 5.1 人的資源p.176
引用 上p.15 資源を変質させる

『マネジメントへの挑戦 復刻版』(2020.6, 日経BP社)

[マネジメント] 原著1965(昭和40)年
https://bookplus.nikkei.com/atcl/catalog/20/279670/

[マネジメント] 1.1 計画とは何かp.18
発見できず

[マネジメント] 3.4 報告書主義の誤りp.76
引用 上p.183 報告及び手続が間違って用いられる3つの場合

[マネジメント] 4.1 伝統的な組織論の欠陥p.92
引用 下p.2 組織理論、理髪師と医師

[マネジメント] 4.10 同質的な作業割り当てという亡霊p.117
引用 下p.24 職能組織の弊害

『ゆがめられた目標管理 復刻版』(2020.11, 日経BP社)

原著1969(昭和44)年
https://bookplus.nikkei.com/atcl/catalog/20/280660/

[目標管理] 3.1 ただ一つの目標は企業を危うくするp.62
引用 上p.82 利益のみを目標とすると将来の事業を無視する
引用 上p.174 個別目標を順次解決しても良くならない
引用 上p.82 目標のバランス
引用 上p.83 目標のあるべき姿 事業の全活動を簡潔な言葉で適確にまとめて表現すること

[目標管理] 3.1 p.61
引用 上p.111 質的目標

[目標管理] 3.2 市場における地位p.68
引用 上p.89 限界生産者

[目標管理] 3.5 収益性p.100
引用 上p.104 利益の3つの機能

一倉定初期三部作とドラッカー『現代の経営』 (2)に続きます。


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