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山下洋歌集『屋根にのぼる』(青磁社)

『屋根にのぼる』山下洋(青磁社)

塔の選者である山下洋さんの第三歌集。

教師として生徒を見つめる日々、そして家族や友の歌が多く詠まれている。
静けさのある叙景歌とともに、関西弁やユーモアも交えたやわらかい表現が、作者の懐の深さを印象づけている。
他者を包み込むような優しさと、ほんのりと胸に沁みる寂しさがありながら、音楽やマラソンの歌も織り交ぜられ、風通しの良さが全体に漂う歌集となっている。

教師としての歌は上からの目線で指導するのではなく、生徒に伴走するような温かい眼差しで詠まれている。

すばしこき指の動きにメール打つ唇すこし咬んで少女は p76
アドバイスできることなど何もない 満ちてくるのを待てと言うのみ  p76

一首目、少女の指の動きに少女の心の焦りを読み取っている。
二首目、作者がアドバイスできることなど無いと言う。しかし、これは相手を信頼していることの証でもある。


苦しいよ、やめたいよって書きたかったのかもしれぬ白紙答案 p123
「成長しなくては」などと思わなくてもいいんだよ 椿が赤い p158

白紙答案から生徒の苦悩を感じ取ろうとしている一首目。
二首目では生徒の焦りや不安を受け止めて、そのままでいいんだよと、励ましている。結句の「椿が赤い」が生徒の明るい未来を予感しているようで印象深い。

一方で作者自身に問いかけような歌もある。

揚げ雲雀ぴゅるぴゅる鳴けり俺という器に満たすべきものは何 p14
ふらふらと何処へ向かう男かとしばらく俺を尾行してみる p54
接戦を描くつもりが割線にかならずなってしまう黒板 p109
こころして視線は低く保てよと龍のひげ地に青々と在り p113
歯切れよく説きたることが気になりぬ積分の定義あやふやにして p117

二首目は自身を客観的に観察しているような詠み方が面白い。
三、五首目は授業や指導も悩みながらであることがうかがえる。
四首目では地に足をつけて生きようという作者の心構えの表れだろう。

また、歌集には歌友の歌が多いのも特徴的だ。
特に亡くなった歌人の法要に友と訪ねた「津軽彷徨」という一連が強く印象に残った。

もう工藤、十六年になるんやね。君の不在を歌いつづけて p166
わたくしに有為転変を問うなかれ 君は空から見ていたはずだ p170
「弘前でのことは一生忘れません。」と記されていた ぼくもそうだよ p172

集中に何首も塔の歌人の歌が引用されており、歌を、歌友を大切にされていることが分かる。
歌集からは作者の人間の大きさが滲み出ており、読み終えたときに深い余韻が残った。

最後にその他に好きな歌をあげておきたい。

魚と魚ならばぶつかり合うこともなかっただろう〈時〉の潮目に p13
ええ格好せんでよろしと雨のなか朽ちつつ香る梔子のはな p96
春樹訳チャンドラー読む わがロング・グッドバイひとつ反芻しつつ p165
太陽と風のにおいだボウルにてせんぎり大根ゆっくりもどる p270

2017.3(青磁社)2.300円+税


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