Pさんの目がテン! Vol.66 平凡な地誌 タキトゥス『ゲルマーニア』1(Pさん)

 何で読み始めたのかもうほとんど忘れてしまったが、タキトゥスという、ローマの著述家の、『ゲルマーニア』という、地誌というんだろうか、それを読んでいる。
 ローマ帝国にとって、ゲルマニアは、敵国だった。なので、敵情視察、というおもむきがある。今あるジャンルで一番近いのは、レヴィ=ストロースとかの、アフリカなどの原住民(という言い方も、正確ではないとか、何とかいう話を、レヴィ=ストロースがしていた気がしたが、詳しくは思い出せないので、かんたんな言い方をする)の研究文書である。この土地の人びとは、何を食べ、どういう生活を送って、婚姻に関してはどういうルールをもうけ、特に、戦力は、指揮系統はどうなっているか、ということについて、書いてある。この、敵としての戦力を意識しているところが、今の余裕を持った異国の研究とは違い、そして、逆に、今の人間からして、ローマ帝国の習俗というものがわからないから、ゲルマーニアをどういう視点で見ている、というところから、逆算して、ローマという存在が透けて見える、という所に見所があるらしい。
 総じて、全くよくわからん。
 よくわからん、はさすがに言い過ぎかもしれない。しかし、読み進めるのにかなり努力が要る。この本は、古典中の古典であるから、さまざまな版があるのだろうと思う。その中の、岩波文庫の、一九七九年に改訳された、泉井久之助という人の訳した版である。これが、泉井さんには失礼かもしれないが、本当に、失礼を承知で言うけれども、訳者が出しゃばりすぎて本文が埋もれている類の本になってしまっている。
 読み物というより、完全な研究書だ。じっさいにそうなのかもしれない、だとしたら逆に、そんな専門分野にすすんで首を突っ込んだこちらの方が悪い。
 そんな風に思うのは、元の、タキトゥスの文章が、わかりにくいゆえではない。反対に、書いてあることは、めちゃめちゃわかりやすい。ある土地の人がどう生きているか。首長の役割は。サッパリしたものだ。それに対し、「この文言、単語は他の著作においては〇〇の用法で使われているから、ここではこう訳すのが適切」だとか、「タキトゥスは皮肉としてこういう表現を言っている、……」などという、本文より長い解説が付いている。まるでギャグの解説だ。こういう形にするなら、これはタキトゥスの『ゲルマーニア』ではなく、泉井久之助の『タキトゥスの『ゲルマーニア』読解』なのであろうから、そういう書名にしてくれと、叫びそうになる。いや、実は、古典の分野で、そういう本は多い。註が面白い、あるいは納得できるようなものだったらいい。しかし、これはどうも……と思ってしまう。「目がテン」に取り上げるか迷った。しかし、「目がテン」のコンセプトは、今読んでいる本を、自分の流れにそって紹介する、というものだから、何かしら書いてみたい。
 もちろん、その訳者の強すぎるクセを抜いた上で、いくつか思うところがないではない。(続く)

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