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「未知の知」への誘い 難解本の扉を開けて

羽場久美子
国際日本学部・地域統合・地域協力と「和解」、ナショナリズム、ポピュリズム、移民・難民・マイノリティ、境界線をめぐる安全保障、ジェンダー、トラフィッキング、冷戦史と中東欧

 大学は、自分を深め、高めていく場所です。
私は大学入学から20歳までは、とても多感で敏感な学生でした。
大学入学前後は、アルチュール・ランボーの詩『地獄の一季節』や中原中也の詩が好きで、詩は書くのも読むのも大好きでした。創造的感性を一番大切にしていた頃かもしれません。
同時に哲学に憧れがありました。大学ではヘーゲル哲学を学びたかったのですが、他方、国際にも興味があり、結局は、国際関係で身を立て、今に至っています。国際政治分析は、自分が人と異なる分析ができる得意分野で天職かと思います。
ただ大学入学後しばらくは文学・哲学少女でした。仏語第1だったので、サルトルのアンガージュマンなどを読む一方、憧れはドイツ哲学でした。

大学に入ったら皆さんに第一にやっていただきたいのは、好きな分野の難解本に挑戦してほしいということです。
私は、入学後、岩波文庫の赤帯(文学)白帯(政治経済)青帯(哲学)を、毎年100冊読もうと決めました。それによって「未知の知」と出会い、目が眩むほどの知的刺激と興奮を覚えました。
文学(赤帯)では、特にドストエフスキーの『悪霊』『カラマーゾフの兄弟』『白痴』『未成年』、ショーロホフの『静かなドン』などロシア長編文学にのめり込み、読み漁りました。ロシア文学の魅力は独特です。悪霊とカラマーゾフが好きでした。
哲学(青帯)は、一番の憧れでした。ヘーゲル『精神現象学』、ショーペンハウエル『自殺論』、ニーチェ『ツアラツーストラかく語りき』、カント『永久平和のために』など、なぜか詩とは真逆の難解なドイツ哲学が気持ちに合っていて読み漁りました。ドイツ哲学の難解さが「未知の知」に私を招待してくれたように思います。特にヘーゲルは何度読んでも難しく、それが逆に魅力で引き付けられました。
政治経済(白帯)では、テンニエスの『ゲマインシャフトとゲゼルシャフト』シェイエスの『第3身分とは何か』とか初期マルクスの『ドイツ・イデオロギー』、さらに『資本論』を学びました。フランス語ではランボーの『地獄の一季節』以外は、ソレルのサンディカリズムやプルードンのアナキズムなど、高校の政経では出てこない異端の創造的概念に心惹かれました。
恋愛ものよりは、社会科学や哲学に興味があり、また西欧・米英仏よりは、ドイツ・ロシア文学に強く心が惹かれました。ヘーゲルと共に初期マルクスが好きでした。感性が合っていたのかもしれません。システム的な分析よりは、鋭く揺れる独特の創造的感性がある社会科学があっていたようです。

 19₋20歳が近づいた時、自分がとても汚れているような気がして、20歳までに死にたいと願い、丁度同時期に高野悦子の「20歳の原点」を読み、華厳の滝に飛び込んで自死した藤村操の遺書「巌頭之感」に傾倒したり、『地獄の一季節』をフランス語で読んでその響きに酔ったり、ショーペンハウエルの『自殺論』を読んだりと、自殺に深い関心を持ちました。藤村のいう「萬有の眞相は唯だ一言にして悉す、曰く、「不可解」。」に惹かれ、死ぬ瞬間に宇宙の萬有の真理に到達できるのでは、という魅力に取りつかれた危うい時期がありました。しかし結局、意気地なしで死ねずに、今は100歳まで生きて本を100冊書こうという超凡人になってしまいました(苦笑)。でも死んだら宇宙か海に散骨してほしいという希望は今でも密かに持っています。 20歳を過ぎると鋭かった感性が摩耗してきて、自分の感性より社会的弱者の方に関心が移り、国際機関で働きたいと思うようになりました。

結局外務省試験を受けることもせず、当初の入学目的でもあった国際関係を学び、大学院に進学して海外で研究したいと思うようになり、その後、ハンガリー、ロンドン、フィレンツェ、パリ、ハーバードに留学して、現在に至っています。各地域への留学は大きな転機でした。皆さんもできれば、ぜひ大学の留学機会を利用し、短期でも長期でも、一度は留学してみることをお勧めします。感性がよみがえり、国・地域毎の価値や思考様式や慣習の違いを理解し、差異を認めた上での共存の重要性を学びました。
大学は、「知の宝庫」です。神奈川大学には特に、知の巨頭、網野善彦氏がおられました。日本の歴史観、民族観を一つ一つひっくり返し民俗学で再立証した、すばらしい研究者です。『海民と日本社会』では、日本人が海と交流によって結ばれた多民族・多宗教・混合漁民文化であり、コメと農業と天皇を中心とする単一民族国家ではない、という主張に大変衝撃を受け共感しました。歴史民俗学科は世界に誇る知の拠点であると思います。皆さんは、神奈川大学で学ぶことに誇りを持ち、自分の一歩先の「未知の知」を目指して、まずは難解で魅力的な本の扉を開けてみてください。
皆さんの大学生活が実り多きものでありますように!

台湾の国際会議

羽場久美子国際日本学部・地域統合、地域協力、ナショナリズム、ポピュリズム、移民・難民・マイノリティ、境界線をめぐる安全保障、ジェンダー、トラフィッキング、冷戦史と中東欧