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人口移動データで見る待機児童ゼロ政策のその後-待機児童ゼロを実現し、何が起こったのか?-

神奈川大学 経済学部
浦沢聡士研究室
窪田彪吾・池谷美咲
長島朋希・浦沢聡士

経済学部浦沢ゼミでは、官民が保有する様々なデータを用い、横浜市で起きていることを可視化し、その成果をコラム形式で発信しています。今回は、人口移動データを使って見えた横浜市の姿を紹介します。横浜市の積極的な取組みにより待機児童ゼロが実現し、その後にどういった変化が起こったと思いますか?


 横浜市に関する様々なデータを用い、市で起こっていることの見える化をしてみよう。今回は、人口移動データを使って、待機児童ゼロを実現した後に生じた人口移動の変化を見る。

 人口移動データとは、全国の市区町村に届出のあった転入や転出等の情報を記録したもので、住民基本台帳に基づき国内における人口移動の状況を明らかにするデータと言えるが、「住民基本台帳人口移動報告」(総務省)よりダウンロードすることができる。この「住民基本台帳人口移動報告」では、男女別、年齢階級別、更には日本人、外国人の別に転入・転出者数、そして転入超過数(転入者数-転出者数)といったデータが都道府県別や市区町村別に報告されており、毎月のデータであればその月が終わってから、毎年のデータであればその年が終わってから、約1か月後に公表されている(例えば、2023年のデータは2024年1月末に公表)。

 転入や転出といった人口移動は、経済社会における様々な要因による影響を受けるが、本コラムでは、子育て支援策が与える影響を議論するため、2010年代初以降に横浜市が積極的に取組んできた待機児童ゼロ政策に着目した。

 そこで、まず、図1で横浜市における保育所等の待機児童数の推移を見ると、2010年をピークに、待機児童数は数年のうちに急激に減少し、それ以降、ほぼゼロで推移していることが確認できる。

 こうした背景には、横浜市による「待機児童ゼロ」に向けた様々な政策努力があったわけだが、そうした努力の結果を、保育所等の定員数(どのくらいの児童を受け入れることができるか)といった供給面と保育所等の利用申請者数(どのくらいの児童が利用を申請したのか)といった需要面から見たものが図2である。

 図2では、保育所等定員数、利用申請者数、そして利用児童数(申請のあったうち実際に利用した児童)について、
① 待機児童数が増加していた2005~2010年(青)
② 待機児童数がゼロへと減少した2010~2015年(赤)
③ 待機児童ゼロ実現後の2015~2020年(灰)
④ 最近の2020~2023年(黄)
という4つの期間に分けて、それぞれの変化を見ている(各年の「保育所等利用待機児童数」(横浜市)データを利用)。すると、待機児童数が増加していた期間では、定員数の増加以上に利用申請者数が増加していた、つまり供給が需要に追い付いていなかった一方で、それ以降の期間では定員数は申請者数を上回る、ないしは同程度の増加を示しており、需要に見合った供給がなされていたことがわかる(もちろん、こうした過程では、ハード面の整備に加え、施設と利用者のマッチングを促すなどの政策努力があった)。今後も引き続き待機児童ゼロを維持していくためには、少子化を背景に就学前児童数が減少するもと、利用申請率の傾向を見定め、需要に見合った供給体制を整備していくことが重要となる。

 ここまで、2010年をピークに待機児童数が減少したこと、その背景には十分な供給体制の整備があったことを見たが、では、10年前に横浜市で実現された待機児童ゼロは、その後、どういった影響を市に及ぼしたのだろうか。その影響は様々あろうが、ここでは、上述の人口移動への影響があった可能性、具体的には、待機児童ゼロが実現されることで子育て世代が横浜市に移り住むといった可能性を考えた。市の積極的な取組みにより待機児童ゼロが実現し、人口移動にどういった変化が起こったのだろうか。

 横浜市は、ここ10年、常に転入超過数がプラスであり、他の大都市と並び人口の流入が多い市区町村として位置付けられている。図3では、そうした人口移動の状況を総数、及び年齢階級別に見ているが、待機児童数がピークであった2010年(青)には、いわゆる子育て世代と考えられるような30代、40代では、転出が転入を上回り転入超過数がマイナスであったことが確認できる。同時に、その後、そうした状況が徐々に改善し、近年の傾向(2021~2023年の平均、黄)を見ると、30代、40代では、転入が転出を上回りプラスとなっている。

 2010年当時と近年の傾向を比較すると、横浜市全体の転入超過数は4000人程度から8000人程度へと倍増しているが、その8割が30代、40代、及び0~4歳といった年齢階級、つまり子育てを行う親世代と就学前児童に見られたものであった。こうした結果は、もちろん、待機児童ゼロの実現と子育て世代の流入といった両者の因果関係を直ちに示すものではないが、全くの偶然とも言えないのではないだろうか。

 この10年の間に、30代、40代の子育て世代において、市への転入超過数がマイナスからプラスに転じていることはデータに基づく事実であるが、その背景を考えた時、待機児童ゼロ政策も一定の影響を与えたと考えても不自然ではないだろう。市は、引き続き、待機児童ゼロ政策に取組んでいるが(2024年4月時点の待機児童数は5人)、そうであれば、今後も子育て世代の流入に影響を与える可能性が考えられる。