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あっちは良くてこっちはだめなの、なんで?

 仕事から帰ると母がうつむき加減で肩を落としていた。まるで目に見えない何かが母の肩に乗っているかのように。
私の「ただいま」の声に少し顔を上げ、神妙な面持ちで話し出した。
「お姉ちゃん(孫)には黙っててほしいんだけど、大変なことがおきたのよ。」
あまりにも口調が普段と違いすぎたために私の脳内では瞬間的に様々なことが巡り巡っていた。
(ついに詐欺にひっかかったか。)
(高齢者運転で軽トラックで事故したか。いや、軽トラックは無事だった。)
(親族で不幸があったか。)
(娘に言えないとは何か?)
脳内を巡る様々な案件を整理しつつ、母に問いかけた。
「どげしたかね?」(どうしたの?)
 すると母はゆっくりと顔を上げ、今にも泣き出しそうな目でこう言った。
「今日、トイレから出た時に、視界の片隅にね、黒いもんが映ってかーに、それが階段の下で止まったけん、私、慌ててそこにね、ごきぶりホイホイ投げたに。見るのもやだったけん、そのままスーパーの袋に入れてゴミ袋の中に捨てたに。あんたさん、確認してごす?ちゃんと取れとるかどうか。」
泣き出しそうだった母の目はいつの間にかおねだりをする子供の目に変わっていた。
台所にあるゴミ袋に目をやると、そこには一番上に袋の取っ手部分を緩くむすんであるスーパーの袋があった。
(これか・・・)
母は続けて話し出した。
「私はこればっかりはダメだに。だけん、袋の口をきちんと結んでごす?」
「ちょっとでも隙間があったら、逃げるかもしれんけん。」
あれだなぁ、と思いながら袋の口から覗いてみると、案の定、ごきぶりホイホイから緑色の小さなヘビの胴体が見えた。
 母はヘビが大の苦手、しかも細長い物全般が苦手なものだから、鰻も穴子も苦手ときたもんだ。
だがしかし、大の苦手と言いながら、よくもまぁごきぶりホイホイを投げ、スーパーの袋に入れたものだ。
きっと家中に奇声が響き渡っていたのだろうと想像はつく。
私は母に、
「よく捕獲されました。お疲れ様でした。」
と、伝えたあと、袋の口を輪ゴムできつく締め上げ、ごみ袋へと入れた。
今回は窒息死である。

 よくよく考えてみると、こねら(子ネズミ)は惨殺できるのに
ヘビはだめなん?
なんで??

「だってぇ、こねらは大丈夫なんだけど、こればっかりはダメなんだもん。」
と、言いながら母はおねだりする子供の顔になった。

きっと娘がこれを知ったら、
「どっちもいけるおかんの方がサイコパスじゃね?」
ってコーヒー牛乳飲みながら言うんだろうね。
はいはい、おかんはサイコパスだよ。


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