G線上のムギコ

　流言飛語という言葉があるが、流言蜚語と書くこともある。「飛」でも「蜚」でも「とぶ」という意味に変わりはないのだが、「蜚」の方はどうしたって蜚蠊ゴキブリを想起させるから、デマというやつの害悪さ・醜悪さを強調したいなら「流言蜚語」と書く方が適切であるような気がする。

　そういうわけで、今回は蜚語ゴキブリがたりだ。

　俺は、ゴキブリのことをＧと表現するやつが、この世で一番嫌いなんだ。何なんだ、その隠語表現。たかが昆虫の名前に一体どんな言霊的なパワーを感じているんだ。それともあれか、ヴォルデモート的な扱いなのか。「名前を呼んではいけないあの虫」なのか。実際にはこっちが見つけた瞬間にセクタムセンプラよろしく叩き潰したり、アバダケタブラよろしく殺虫スプレーを振りかけるというのに、何をそんなにビビっているのだ。

　いや、ゴキブリが嫌いなのは別に構わないのだ。不快害虫などという不名誉なカテゴリに属しているような昆虫なのだから、ヤツらを特別毛嫌いする人々が多いことも無理のないことだ。そうなんだけど、ゴキブリに限って隠語を使う精神性が理解できないのだ。
　不快害虫ならゴキブリ以外にも色々といるだろうが。お前らはナメクジをＮと、ムカデをＭと呼ぶことはあるのかよ。それなら俺も文句は言わないよ。そんなことないだろ。それなのになぜゴキブリだけそんな特別視するんだよ。
　家の中にムカデが出てもナメクジが出ても同じくらいに嫌悪感をもつのに、どこの誰だからわからないセンスの欠片もないやつが呼び始めたＧなんていう塵芥ちりあくたのような呼称を得意になって用いることで一定の文化意識にコミットしているような素振りをしやがって。俺はそういう俗物根性をもっているやつのことが、ゴキブリなんかより遥かに厭わしいんだ。

　そもそも何だよ、Ｇって、特定性がなさすぎるだろ。Ｇが出た！Ｇが出た！って大騒ぎしていたら、人によってはゲンゴロウが家の中に出たのもしれない！って心配する人もいるだろうが。どう考えてもゴキブリよりゲンゴロウが家の中に出るほうがやばいだろうが。紛らわしいことするんじゃないよ。

　どうしてもゴキブリという語を用いたくなくて隠語で表すしかないというなら、もっとオリジナリティあふれる文学的な西尾維新みのある名前をつけてみればいいんじゃないのか。【放棄さるべき箒星】コメット・ノワールとか【忌まわしき艶めき】アンタッチャブルダイヤモンドとかね。そうやってやたらと格好良い名前をつけておいたら、部屋の中で発見してパニックに陥ったときでも、「うわー、コメット・ノワールが飛んで来た！」「アンタッチャブルダイヤモンドを泡のスプレーで窒息死させよう！それなら触らなくて済む！」とかわーわー言っているうちに楽しくなってくるじゃないか。そういう遊戯に興じることもせずにどっかの誰かが考えた俗称にフリーライドしている連中とは美味い飯が食えそうにないのだ。

　ん？どうしたのムギコちゃん。廊下の中途半端な位置でお行儀よくおすわりしなんかしちゃって。どこ見てるの？何か気になるものでも壁についているのかな？どれどれ、一体何があるのかなぁ～～～？

…
……
…………
………………
……………………
…………………………
……蜚ひっ！！！！
…アンタッチャブル
……ダイヤ………モンド………

　ちょっ、ムギコちゃん、あれ、いつからいたの？ずっといたの？今日はまだ玄関のドア開けていないと思うんだけど………え？昨日からいたってこと？どうなの、ムギコちゃん？知らないわ～って？ワタシが気づいたのはついさっきなのって？ああ、そうなの？うわー、最悪………ムギコちゃん、その俊敏な動きでぱぱっと捕まえてくれないかな？え？アンタッチャブルだから無理だって？そうなの？お外で虫を見つけたらいつも追いかけ回してるじゃないの、え？お外だと怖くないけど家の中だと怖さ・気持ち悪さが倍増するって？そうなの、ムギコちゃんも箱入り娘だから仕方ないね。えー、どうしよ。アバダケダブラをぶっかけたいけど、魔法の杖は玄関にあるんだよなあ。コメット・ノワールの張り付いている壁を通らないと玄関まで行けないじゃん……ムギコちゃん、ちょっとダイヤモンドが動かないようにそのまま見張っててくれる？そうそう、ムギコちゃんがじっとしてたら、ノワールのやつも緊張して動けないはずだから、すっと通ってすっとアバダケダブラでやっつけるからそのまま見張っててね…………
　ってコラ！ムギコちゃん！！
　なんでこのタイミングで飛びつくの！！！
　そんな刺激したら……

　コメットが！！！！！！

　コメットがーーーーーー！！！！！！！！！