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異存のある見出し語

 今日電子辞書を引いてびっくりしたんだけど、「いぞん」と引いても「依存」が見出し語としてはでてこないんだな。「いそん」と引いて「依存」のページにいけば、「いぞんとも読む」という趣旨のことは書いてあるんだけど、「いぞん」と引いても「依存」のページが案内されない。これにはちょいとばかしおったまげてしまった。

 これが明鏡国語辞典のみの現象ならば、何も驚くことはない。
 明鏡国語辞典というやつは、語義界隈の保守本流といった輩で、たとえば「怒り心頭に発する」という語を引くと、

🔘怒り心頭(しんとう)に発(はっ)・する
 激しく怒る
【注意】「発する」を「達する」とするのは誤り。

明鏡国語辞典第三版

 とご丁寧によくある「誤用」に対して注意喚起までしてくれるし、うっかり「怒り心頭に達する」と引いてしまった場合でも、

✖怒(いか)り心頭(しんとう)に達する
 ◯→怒り心頭に発(はっ)する

明鏡国語辞典第三版

 と正しい用法に誘導してくれるという風紀委員のようなやつなのである。

 だから、明鏡国語辞典に「いぞん」=「依存」という見出し語が存在しないのは特筆すべき事項ではない。ところが俺の電子辞書は高級品で、日国も広辞苑も新明解も収録されている(もちろん広辞苑は第七版、新明解は第八版と最新だ)。そんな辞書たちが揃いも揃って、「いぞん」=「依存」という見出し語は認めず、「いそん」=「依存」しか載せていないのだ。

 ちなみに慣用読みが定着した典型例である、「重複じゅうふく」や「固執こしつ」などについては、きちんと見出し語が用意されている。

じゅうふく
〘名〙同じ物事がいくたびかさなること。かさなり合うこと。ちょうふく。

精選版日本国語大辞典

じゅうふく
「ちょうふく」の新語形

新明解国語辞典第八版

こしつ
自分の考えや意見をかたくなに守って譲らないこと。
▷「固執(こしゅう)」の慣用読みだが、今日では「こしつ」が一般的。

明鏡国語辞典第三版

こしつ
〘名〙(「しつ」は「執」の慣用音。漢音は「しゅう」)=→こしゅう(固執)

精選版日本国語大辞典


 どう考えても「固執こしつ」よりは「依存いぞん」の方がより人口に膾炙した読み方だと思うのだが、なぜか「依存いぞん」は国語辞典には載っていない。現実世界で「いそん」などという発音で空気を震わせているやつはトキよりも絶滅危惧種だろうし、漢字の読み方のテストで生徒が「いそん」と書いたら✕をつける善良な教師で小中学校は溢れているだろうに、「依存いぞんが辞書に載っていないというのは違和感がすごい。もしかして電子辞書だけの不具合なのだろうか。
 俺は紙の辞書なんてもうかれこれ二十年近くまともに引いておらずあいにく持ち合わせがないから、未だに紙の辞書オーパーツを愛用している変態たちはぜひ「いぞん」と引いて結果を教えてほしい。


 傑作なのが、和英辞書だとむしろ「依存」を引くためには「いぞん」と入力しなくちゃダメで、「いそん」と引いたって「依存」が出てこないものの方が多いということだ。何も意識しなくても使える母語の意味に格別の関心をもつという好事家ド変態が愛用する国語辞典なんかよりも、グローバル社会の実用に資する和英辞典の方が普通の日本人の健全な言語感覚を反映しているのかもしれない。

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