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医者×建築家×編集者 「医者だけでつくらない、オモロい診療所の作り方」

滋賀県彦根市の稲枝地区に生まれようとしている、命と暮らしのケア拠点「くわくわ」。医者と建築家と編集者が中心となっているが、そもそもどんなふうに3人が出会い、どのような思いからプロジェクトを描いてきたのか。鼎談で見えてきた、企画に込められた三者三様の思いをレポートします。

出会いと診療所づくりの話

そもそも、どういうきっかけで「くわくわ企画」は始まったのですか?

徳⽥嘉仁(以下、徳田):
救命救急医をしていた時、暮らしの延長線上で患者さんの命を守っているはずなのに、患者さんの日常生活とかけ離れたところで命を守っているような思いにかられ、医師としての不全感を感じていたんですよ。それを解決するには、より社会に診療所を開いていくっていうアクションがあるんじゃないかなって、ふんわりしたイメージがあった。

徳⽥嘉仁(徳⽥医院医師・くわくわ企画代表)

岡山泰士(以下、岡山):
徳田さんがいつも言うように、病気やケガなどネガティブな状況にならないと、病院にいく目的がないですし。その意味では、いまの医療は、たしかに日常生活とは距離が遠い。

徳田:
社会と診療所がポジティブに開かれている関係性をどう繋げていけばいいか、みたいなことを試行錯誤してるときに、久保ちゃん(久保有美、現・くわくわ企画理事)きっかけで、「蓬莱マルシェ」という滋賀県の湖西エリアのマルシェを運営している岡山くんと知り合って。そこ起点でいろいろ動き始めたかな。

岡山:
僕は普段、建築家として京都と沖縄にある職場を飛び回っていて。一方で、住んでる滋賀の町に建築家として全然コミットできてなかった。自分が好きで引っ越した場所に時間や愛情をかけてなくて。このままではいけないなっていう思いで始まったのが「シガーシガ」という地域づくりの団体です。その事業のひとつとして、定期的に集まれるマルシェをはじめたんです。

岡山泰士(一級建築事務所STUDIO MONAKA代表・くわくわ企画の建築設計担当)

岡山:
マルシェの会場でもある「蓬莱の家」は就労支援施設でもあり、そこを拠点に福祉とまちづくりが、すごく良い形で循環する場に育っていくのを目の当たりにして。福祉的なことと地域コミュニティってこんなにも繋がっていけるんだと思ってた矢先に、徳田さんがマルシェに遊びに来てくれた。話をしていると、福祉に隣接する「医療」を軸にしたまちづくりの可能性もあるんだなと。それだったらやってみたいと思いました。

徳田:
とりあえず、次会う約束だけとってんな(笑)。少なくとも父親の診療所(徳田医院)を継ぐことは決まってるけど、それがいつなのかはあまり定まってない。だけど、どこかでは継ぐな、と感じているし、継いだ時に既存の診療所じゃない何か、社会と接続するコミュニティをつくりたいなと思ってた。

岡山:
「蓬莱の家やマルシェのコミュニティ感覚ってのはすごくいい」って、徳田さんも言ってくれたので、それなら自分も手伝えることがあるんじゃないかと思って。本業はハードの建築家だけど、でも自分らの目的としては「場」っていう、ソフトも一緒につくっていきたいっていう思いで建築をやってきたから。そこに関われるのはすごく嬉しい。

徳田:
医者と建築家って一般的には、診療所の立ち上げに伴って、いついつまでに竣工しないといけないんだけど・・・という施主と設計者の関係性だけだと思うんです。僕らの場合は、なにか明確な着地点を設定した状態で出会っていないことが良かったのかなと。

蓬莱マルシェ(写真:山崎純敬さん)

徳田:
「蓬莱マルシェ」には、自分が描きたい診療所のシーンみたいなものがあって、このシーンを診療所で再現したい。そんな話をしてたら、岡山くんが編集者の光川さんを誘ってきてくれた。

光川貴浩(以下、光川):
僕も実は「蓬莱マルシェ」がきっかけで、岡山さんと出会って滋賀に引っ越してきたんです。シガーシガの主要メンバーであるフォトグラファーの山崎純敬さんを訪ねてマルシェに来た時、岡山さんと出会って、彼らと一緒に仕事を始めた時期でもありました。

光川貴浩(合同会社バンクトゥ代表・くわくわ企画の情報発信担当)

岡山:
光川さんとは、大津市の行政と地域が連携した観光プロジェクトの立ち上げをお願いしたんですけど、「光川さんが一緒にいてくれたら、彦根でも何かできるんじゃないかな」と思って。というのも、多様なプレイヤーが適材適所で活躍できるようになるには、フラットな状態をつくることが結構重要で。一人ひとりの能力はすごく優秀でも、全体を俯瞰するには編集という一歩引いた場所から見ている人が必要で、光川さんが適任だなと思いました。

光川:
大津市のプロジェクトをきっかけに滋賀意欲が湧いてきた時でもあり、岡山さんに「彦根市の方で診療所のプロジェクトがあるんやけど、どう?」って言われたんですよね。ただ、診療所の仕事って言われた時に、正直なところ、「えっ、診療所?」 って思いました。

岡山:
「診療所の仕事」としか、言ってなかったからね(笑)。

光川:
興味がなかったわけではなく、普段から医療サービスの体験やデザインに疑問を感じることが多く、その改善に目を向けている編集者やデザイナーが少ないという問題意識はあったんですね。ただ、診療所ってやれること限られてるし、相性悪そうだなーとは思ったんです。

徳田:
それで、3人の飲み会で「はじめまして」だったんよね。

光川:
そうそう。で、話を聞くと、病院って普通、敷地の入り口に薬局を置くのが鉄則だと思うんですけど、薬局の代わりにヤギ小屋を置きたいと言い出して。「あ!この人はいい意味で狂ってる、ウチの案件や」って思った(笑)。

徳田:
ヤギさんは、くわくわ企画のアイドルのイメージかな。地域の人たちとのコミュニケーションのきっかけになると思っている。将来的には、ヤギ小屋の横に音楽スタジオをつくって、ミュージシャンが楽曲制作やレコーディングできるような音楽スタジオをつくりたい。

ヤギ小屋や音楽スタジオのある診療所(イラスト:北村みなみ)

光川:
その話を聞いて、診療所っていのをすごく身近に感じることができた。徳田さんいわく、生命に関わる医療機関といっても、“命”と向き合う緊急度の高い大病院と、“生”の方に重きをおく町の診療所があると。より良く“生きる”ことを考えると、ヤギも音楽もアリなわけで、それなら自分もワクワクできるなと。

徳田:
僕ら「くわくわ」の由来は、ワクワクしてなくてもOKってことなんだけどね。ワクワクしていない人も、居心地よく過ごせる場所をつくりたくて、逆さまから「くわくわ」にしたので。

岡山:
徳田さんは診療所づくりの先に、まちづくり的なビジョンがあると思う。ある種、民間なのにシティプロモーションに対するマクロな意識があるというか。医療・福祉を軸としたまちづくりの視野をもっているから、僕たちの興味と重なる領域があるよね。

光川:
本当に医者なのか、まだ疑ってたりします(笑)。

岡山:
だから、徳田さんと一緒にどんな診療所をつくろうかといろんな場所を視察しに行ったんだけど、お互いに一番印象に残ったのは仙台市にある「ライフの学校」と「アンダンチ」。双方が法人という枠を超えて、まちをつくってる光景に共感したのだと思う。

視察先の宿で、建築模型を広げて構想。

岡山:
それをこの稲枝でも実現したいと思ったんですが、その時に「町」という複雑な情報を発信するっていうのが誰でもできるわけじゃないと思ったんです。行政や地域に対しても然るべき振る舞いができ、シティプロモーションの観点から編集や情報発信をできる人がなかなかいなくて。それで、光川さんを誘ったんです。

光川:
2人のビジョンに共感したのは、僕自身も編集者のスタンスとして「町医者的に仕事をしよう」ってことを社内で言い続けてきたからです。けど、そのわりに“町医者”っていう言葉を自分のなかでは全然翻訳しきれてなかった。徳田さんに出会って「プライマリ・ケア(総合診療)」の5つの理念を教わって、「これや!」と思ったんです。地域に寄り添う編集者のスタンスがすべて言語化されていた。

徳田:
プライマリ・ケアの定義とされる「ACCCA」のことやね。編集者のスタンスというのは、どういうこと?

  • 「プライマリ・ケア」の5つの基本理念
    近接性(Accessibility):いつも、すぐそばに。
    包括性(Comprehensiveness):誰でも、何でも。
    協調性(Coordination):みんなで、協力。
    継続性(Continuity):ずっと、いつまでも。
    責任性(Accountabilty):丁寧に、正直に。

光川:
例えば、クライアントの近くにいてすぐ相談にのってあげる「近接性」や、プロジェクトの立ち上げだけをやる“いっちょ噛み”ではなく、ずっと伴走支援し続ける「継続性」や「責任性」。文字にすると平易なんですが、いざクリエイターの立場として行うのは大変なんです。けど、瞬間風速的に結果を出すのではなく、地域に定着するような価値を残そうと思うなら、その町医者的なスタンスは欠かせない。このプロジェクトを通じて、それが学べるかなと思いました。

徳田:
医療業界の課題から生まれてきた理念やキーワードが、他の専門性の人たちにも響く言葉としてあるっていうことが、ある種の時代性やと思うんですよね。

徳田:
特に医療は、専門性が立ちすぎているために社会に開かれてなかったり、生きることや死ぬこと自体が日常の導線上に配置されづらい環境になっていたりする。さらに、医者は十分に食って生きていける収入があるし、既存の領域以上に何か広げていく必要がなかったわけで。

光川:
ただ、人口減少や高齢化などの社会変化のなかで、これまでのやり方が通じるのか。医療業界だけを棚上げできるのか、という問題はありそう。

徳田:
医療機関ってやっぱり社会インフラやし、町の重要機関である。「まちづくり」っていうと大きい言葉になっちゃうけど、診療所本来の目的を変えたり、これまでの地域の人との関係性を変えることで、生活や人生を豊かにできる可能性があるのかなと。

岡山:
徳田さんがいつも言ってる、「目的と関係性の固定化をはずす」ということやね。

徳田:
そのために、診療所がこれまで以上に町と接続していくことがすごく重要。情報発信や編集を核とするシティプロモーション的な動き、建築家として場をつくるっていうところの、お互いの興味をうまく混ぜていきたいなと。だから、いわゆる受注・発注の関係性じゃなく、おのおのの「やりたい」の真ん中に、くわくわ企画というプロジェクトがあったっていう感じでスタートしたのが、もう面白いんですよね。


建築の話

一般的には、診療所の設計図を描いて工事着工という流れだと思いますが、その間、地元の酒蔵でイベントをしたり、音楽フェスにテントサウナを持ち込んで出店したり…ずいぶんと遠回りをされているようにも思います。

徳田:
まだ、診療所の建設予定地は田んぼのままやしね(笑)

岡山:
僕だって、はよ建てたいんよー(笑)

岡山:
場づくりの先にあるのは、ぼくたち3人が主役ではないということ。「くわくわ企画」の受け皿でもある稲枝地域というプラットフォームが、そもそも機能しないと、たぶんくわくわの事業もドライブしないと思っている。診療所の建て替えに関係なさそうなイベントを開催しているのも、下支えとなる地域環境の準備をしてるっていう感覚かな。輝くのは僕らじゃなくて、この地域で暮らしている人だと思うので、建物をつくる前に、コンテンツをつくる仲間づくりが必要。

光川:
どういう人を集めて、どういう体験をつくりたいかが決まれば、デザインは自ずと決まってくるんでしょうね。

岡山:
ただ往々にして、僕ら建築家も逆のことをしてしまう。ハードを用意すれば、人が集まると考えがち。クライアントからのオーダーに対してどう建築物をつくるかだけではなく、そのオーダーから一緒に考えないといけない。診療所はあくまでハコであって、そのOSとなる面白い人が集まらないと、ハコは機能しない。そこに楽しみがある。

光川:
それに、その場を運用する側も、すでに出来あがったハコだけを渡されても、愛着をもてないですよね。その場所、その地域にロイヤリティをもつに至るまでに相応の時間が必要な気がします。その熱量を周囲に熱伝導させていくには、中心部をアッチアチにしておきたいですよね。

岡山:
「くわくわ企画」には、僕ら以外にも理事メンバーを軸に、中心部を一緒に暖める仲間がいる。あとは、この地域で「やっていこう」っていう意志を、ちゃんと周辺にいろいろかたちで伝えていかないといけない。

徳田:
本当にそう。医者と建築家と編集者がそろえば「くわくわ企画」のような事業が2・3年で立ち上がっていくかというと、そうではないわけで。僕らのように俯瞰的に種を蒔き続ける人たちと、ローカルの中で一緒にやってくれる人たちがいてはじめて成り立つ。この両輪性がすごく大事だと思っている。

鼎談場所を貸してくれた「きみと珈琲」の小川隆仁さん・佑美さん

光川:
建築の話でいうと、将来、建築物と連動していく「くわくわ企画」のロゴや色をどうするかという話をしていた時、徳田さんから「白以外にしてほしい」というオーダーがあって。

徳田:
「病院=白」っていう固定観念があるので、それを建築的にも、ビジュアルとしても取り入れたくなかったんよなー。

光川:
その話を聞いて思い出したのが、フィンランドのパイミオ市にある結核患者のためのサナトリウムのこと。患者の置かれている状況を少しでも明るくしようと、太陽の光を建物に取り入れるという設計構想に基づいて、本来、白く塗りがちなロビーや階段をあえてイエローに塗ったそうです。

岡山:
建築物がもたらす色が、患者にどのような影響を与えるか。医療業界の建築には多様性がないので、問い直す価値があると思います。

光川:
で、今回はどんな色にしようかなと。何かヒントを探して稲枝地区を周ったけど、本当に地名通り田んぼしかない(笑)。滋賀県の湖東らしく、のっぺりした田園地帯が広がっている。けど、景色を遮るものが何もないから、マジックアワーの時間になると、一段と夕日がきれいなんですよね。それを、徳田さんが自慢げに教えてくれた。

徳田:
稲枝の原風景やわ。

光川:
田んぼには、用水路が欠かせないから稲枝を歩くと、JRの駅前でも水のせせらぎとカエルの合唱が聞こえてくる。それで、田んぼの土と緑、用水路の水、夕日をベースに色をつくろうと思ったんです。これ以上でもない以下でもない、地域の色がいいなと。

ロゴは耕して種をまいた土地から植物が育つように、
この場も育ってほしいという思いを込めた。
ロゴとキーカラー。
色は田園の広がる稲枝地域の原風景を取り入れた。

光川:
町の色を使おうと思ったのは、もともと岡山さんの構想の中に「くわくわ」という場が診療所という空間に閉じず、街に広がっていくイメージがあったからです。「フットパス」という概念を最初に教えてくれましたよね?

岡山:
直訳すると、人が歩く道。普段の行動の足跡が、家と仕事場だけの往復となっている人と、サードプレイスを持っていたり寄り道をしたり、たくさんのルートを有している人とでは、後者の人の方が幸福度が高いという話ですね。

岡山:
稲枝や彦根市という都市単位のなかで「くわくわ」が寄り道を促す場所になって欲しい。そのためには、「Power of 10(パワーオブテン)」という言葉もありますが、10個以上の目的となるものが必要。場をつくるのではなく、面白いコンテンツや描きたいシーンの先に、自然と場ができると思うんです。

徳田:
岡山くんの提案の中には「コンビニではない、コンビニのような場所に。」というメッセージもあったよね。

光川:
診療所の設計の提案に、「コンビニを語る」というのが面白いですね。

岡山:
過疎化する集落には、自立や自走していくことが何より大事で、最後に必要になってくるのはコンビニなのかもしれないっていう話ですね。コンビニってもはやインフラだし、日用品の販売だけでにき、さまざまなサービスが集約された生活機能がある。その日常性をうまくデザインすることができれば、誰かの拠り所になれるのかもしれない。

STUDIO MONAKAの提案資料より抜粋

徳田:
ハイチュウを買いに来た常連が、店員に一粒プレゼントするというシーン設定が秀逸やね。

岡山:
くわくわの竣工予定地のすぐ目の前には公立の中学校があるし、かつてあった駄菓子屋のように、気軽に立ち寄れる場所であってほしい。そのついでに、診療所のカフェで宿題をして帰るとかね。「寄り道」するための、理由をつくってあげたいというか。

光川:
大きな産業もなく、農村集落としての性格の強い稲枝において、今後、より良く生きるために必要となるものは人間性を宿したコンビニであると。

徳田:
高齢化のなかで、この町がゆっくりと死んでいくのであれば、それを無理筋な振興によって生き延びさせるより、地域の尊厳を保ちながら看取っていく側に立ちたいと思っている。

光川:
このコンセプトメッセージは、単純化された明るいユートピアだけを描いていないことに共感しました。決して明るいビジョンだけではない未来を受け止めて、現実的にどういう幸せを提供できるのか。しかもポイントは、幸せを提供しているのは、サービスを提供している側だけではなく、この場に来た人自身も「与える側」にまわっているということ。

徳田:
ケアされる側の人が、ケアする側になるような機会を生み出すことができれば、医療機関が単なるサービスを受ける場を超えて、その人にとって価値となってる証。こういうシーンを目指したいよね。


編集の話

先ほど町の編集者に求められる態度に、「プライマリ・ケア」の5つの理念がヒントになると。それはどういうことですか?

光川:
例えば、5つの理念のひとつに「包括性」があるんですが。僕らが拠点とする京都でも、首都圏に比べると経済規模としては地方と言えますし、「クリエイティブ百姓」になるべきだと思っているんです。

岡山:
百姓って米をつくるだけじゃなくて、桑も作るし鶏も育てるし、それをさばいて売りもする。ひとつの仕事だけをするのではないと?

光川:
文字通り、100の仕事をする。地方の限られたリソースで解決しようとすると、あるひとつの職能や才能だけでは解決できないことが多いと思うんです。専門的にかっこいいものをひとつ作るより、総合力をもって多くの課題に対処できる力の方が根本的な課題解決に繋がる。

光川:
何の病気かわからない時に、まずはかかりつけの町医者に相談するけども、クライアントの病状を俯瞰的に捉えて、最善の処方を提案してくれる。地方では、そんな包括性を有したクリエイターの方が役に立つように思うんです。

岡山:
徳田さんも似たような話を言ってたよね。医療業界では専門性を重視するあまり、解決できない問題が出てきていると。

徳田:
例えば、心臓が悪い時には心臓内科に行くけど、だからと言って機械のように、心臓というパーツを取り替えられないのが人間なわけ。もしかしたら、別の臓器や精神状態の問題が、心臓に影響をもたらしていることだってあるわけで。人間が思っている以上に、人間って複雑なものだから、もっと総合的・俯瞰的に診ようという流れの中で「プライマリ・ケア」というものが確立してきた。

岡山:
専門性は大事だけど、タコツボ化してしまう可能性もあると。建築やまちづくりも同じ。建築家や都市デザイナーという専門家に依存せず、設計段階からいかに専門外の声を取り入れるかがデザインの下支えとなる。

徳田:
そうそう。ちなみに、プライマリ・ケアの「プライマリ」って、「すごく初歩的な」とか「一歩目の」という意味だけではなくて「重要な」という意味もある。

光川:
そこは誤解されがちですよね。町医者的なスタンスで、というといかにも牧歌的なものに思われるのですが、そうではなく、コアな課題を解決するための危機感から生まれてきた「重要な」態度であると。

岡山:
その「包括性」を突き詰めていくと、自分の肩書きが曖昧になっていくし、何屋かわからへんくなる。たぶん徳田さんも、あと3年したら医者ですって言えへんようになってると思う(笑)。

光川:
我々3人、ある意味では自分の専門性に満足していない人たちやもんね。

徳田:
自分の専門性をたたきに、新たな価値を創出したい人系やねん「くわくわ」って(笑)。新たな価値っていうのは、今まで交わってこなかったAとBが、うまく「カチン!」と組み合わさったときに生まれてくる。

岡山:
その組み合わせを生むために、徳田さん自身が自分の顔で前に出ていったっていうのは、この2年間の重要なアクションやね。やっぱり、最初は本人が町に出ていくっていうのが一番の原動力になる。場の匂いを一緒につくれる人を自分の嗅覚で、ちゃんと見極める必要があるし。

光川:
「編集」っていう字は、戦前まで「編輯」って書かれてたんです。“輯”という字は、人やモノを集めて運ぶ「車へん」に、口と耳。つまり、コンテンツを集めて編むという工程に、自らの足で動き、人と会って対話や見聞することで価値を生み出すことだと解釈していて。徳田さんは、すでに編集者みたいなことをやってるんだなと思います。

徳田:
でも、別に興味のないことをやる必要はなくて、僕自身は僕の今までの人生の趣味嗜好でオモロいと思ってるところにどんどん行ってるだけ。たまたま僕は音楽が好きやし、人と喋るのが好きで、コーヒーも好きで、そうした場にどんどん飛びこんでいってるうちに、自ずと「オモロい」が高まっていってる。常識に縛られがちな医療者も「面白い」「楽しそう」っていう素朴な個人の興味でどんどん町へ出ていかないと、こういう動きはつくれないと思う。

光川:
その趣味嗜好のおかげで、くわくわのウェブサイトを作るときも、NABOWAの山本啓さんに楽曲を頼むっていうアイデアが出てくるわけですからね。診療所のウェブサイトをつくるのに、医者と一緒に、音楽家の個人スタジオを訪ねて楽曲依頼するとか、最高です。

岡山:
「オモロい」という感情を作っておかないと、ただの情報、ただの入れ物になる。本当の意味で豊かな場じゃないんだったら、つくる意味がないと思うんです。場に対する愛をどれだけちゃんと醸成できるか、徳田さんはきちんと、その渦の中心で本人が動いている。

徳田:
結局、自分ごと化してるし、責任がちゃんとあるってことかな。専門性を超えたコラボは必要やけど、最終的には自分がなんとかしないと、なんともならんって。でも“なんとか”の仕方をいっぱい教えてくれるから、なんとかなっているのかも(笑)。みんな、ありがとう!

【クレジット】
編集:光川貴浩、長砂伸也
執筆:中河桃子
写真:川嶋 克

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