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友達が一人もいない女と結婚して、お互いに誰も呼べなかった披露宴でバカ笑いしたい

その女と出会ったのは大学構内の喫煙所だった。
女は煙草ではなく、6本に束ねた線香を猛烈に燻らせていた。それで俺はもうすぐ親父の三回忌があることを思い出した。

「何してるんですか」
「花すみれ」

女はこともなげに答えた。線香の銘柄を。
その刹那で俺は、この女は状況に応じて相手の真意に沿った応答をするだとか、名詞以外で会話をするだとかといったコミュニケーション能力を持ち合わせていないことを悟った。
沈黙を屁とも糞とも思わずこちらを見据える厚ぼったい一重の眼は、まるで猛禽のようだった。
そこから女が俺と同じ新入生で、名は蠱毒骸 累(こどくむくろ かさね)であるということまで聞き出せたのは、今思っても奇跡としか言いようがない。
姓名の全てが忌み字で構成されているこの女と、俺は少し話をした。

「寺生まれだと思われたいから」

累は脈絡なく言った。彼女が最低限の文型を守って言葉を発したのはこれが初めてだったから、それがはじめに投げかけた「何してるんですか」の問いに対する返答だと気づくのに数秒を要した。体から線香の匂いがすれば、どこかの寺に住んでいて、となれば当然の帰結として何かしらの霊能力を持っていると思われるだろう。それが、彼女が喫煙所に不吉な死の香を充満させていた理由だった。彼女の頭は終わっていた。
香炉に最後の灰が落ちるのを見て、そろそろ出なければと喫煙所の扉を開けた。

「でも、もう意味ないか」

入学式の時間はとうに過ぎていた


「はぁ〜い!ただ今、お二方の出逢いのムービーを皆様にご覧いただきましたぁぁン〜〜!!」

皆様にとっても懐かしい思い出でしたよねぇ〜!
司会を務める式場スタッフの、絶叫にも似たアナウンスがチャペルに響く。誰もいない、広いチャペルに。

「それではァ!!新郎新婦のお支度が整ったようですので、アアアご入場口に注目ンニ!!!!

新郎新婦、入場。
もりのようかんのBGMと共に、揃いの西洋甲冑に身を包んだ俺と累が入場する。
度重なるイレギュラー。事前の打ち合わせで決定したことを全て無視し、俺たちはライブ感で式を進めている。百戦錬磨だったはずの式場スタッフは、完全に発狂していた。


累には友達がいなかった。言うまでもなく。
そして、死のスモークフィルドルームで彼女との育まなくていい親交を育み、入学式・新入生歓迎会・サークル勧誘会の全てをすっぽかした俺にもまた、その累が及んでいた。
人脈は死に絶え、親族もまた死に絶えている俺たちが、結婚披露宴などできる筈もなかった。
しかしある日、泥酔した累はゲボを撒き散らしながら会場契約を完了させ、あまつさえウェディングプランナーとの初回打ち合わせも予約してしまったのだ。キャンセルの電話を入れることすら億劫な俺たちはなんとなく打ち合わせに出向き、なんとなく結婚披露宴の開催が決定した。招待するゲストの数を聞かれ、

「30人くらいですかね」

と平然と答える累の、邪悪な笑みを湛えた横顔は今でも忘れられない。


「それではお待ちかねエェェァア!!!!

        

         _________ケーキ、 乱闘」


会場は地獄絵図である。気が狂った司会の一声で、累はウェディングケーキを引っ掴んで俺に向かって投擲した。マサカリ投法だった。
俺は入刀用のナイフとバスタードソードの二刀流でそれに応戦する。かっ飛ばしたストロベリーがステンドグラスをカチ割ったとき、闘いのヴォルテージは最高潮に達した。司会は金切り声をあげながら新郎新婦の写真入りの大皿をフリスビーのように投げまくり、牧師はマリファナを吸った。
シャンデリアによじ登った累は上からストロングゼロを撒き散らす。

「戦え。戦え。戦え。」

シャンデリアを揺らす。

「戦え!戦え!戦え!」

シャンデリアを揺らす。

兜を脱ぐ。黒い髪が広がる。後光のようだ。

「戦え!!!!!!!!!!!!」

大光源の落下は静かだった。
一拍遅れ、けたたましい破砕音が響く。

「アハッッハッハハハハ!!!!!」

累は笑っていた。

乱反射する硝子が宙を舞うその一瞬は、

血反吐とクリームに彩られたその甲冑は、

そして黒髪を振り乱し高らかに笑う彼女は、

とても、綺麗だと思った。

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結婚式の思い出

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