西岡×北澤のUCL中継から考える「良いサッカー実況」の条件

 サッカー解説者としての北澤豪氏の評価は、率直に言って高くない。

 同氏への批判が本稿の目的ではないため詳細は割愛するが、視聴者の目が肥えた現代においては「勉強不足」と言われても仕方ない部分が確かにある。

 そんな北澤氏が、WOWOWが放送するUEFAチャンピオンズリーグ準々決勝1stレグの解説に抜擢された。それもバイエルン・ミュンヘン対PSG戦という大一番だ。

 北澤氏が両チームの動向をあまり追えていないことは推測できた。なぜなら地上波では日本代表を、WOWOWではラ・リーガの解説を担当してきたからだ。

 中継内の発言から一つ前のリーグ戦をチェックしていたことは窺い知れたが、全試合を追っているようなコアなファンは「自分たちの方が試合を見ているよ」という気持ちになったことだろう。

 しかし、そこで私が興味を抱いたのは「サッカーファンであれば誰でも知っている西岡明彦氏という一流のサッカー実況がこの状況にどう対応するのか?」ということだった。

 もしこの試合の解説が両チームに精通している戸田和幸氏や、ドイツサッカー連盟のS級ライセンスを所持する鈴木良平氏であれば、何も心配することはなかっただろう。放っておいても多くのファンが納得する中継になっていたはずだ。

 しかし、今回は少々事情が違う。

 西岡氏が北澤氏から何をどう引き出し、全世界が注目するこの大一番をどのような中継にするのかに関心があった。今回はそうした目線で中継を追い、「良いサッカー実況」の条件について考えてみることにした。

西岡氏は何を聞いたか

 見ていてまず気付いたのは、西岡氏は北澤氏が答えられるであろう質問しか振らなかったということだ。実際にこの試合で西岡氏が投げかけた言葉を見てみよう。

(ピッチが雪で覆われている場面で)
西岡「これだけ降りますと、滑りやすくなってくるんですか?」
(ネイマールが相手DFの動きに応じたドリブル突破を図った場面で)
西岡「相手の動きを見ながらドリブルのコースを決めるというのは、やはり簡単ではないですか?」
(寒さが影響してか前半での負傷者が続いた場面で)
西岡「寒さと怪我の関係性はありますか?」
(PSGが追いつかれながらも選手交代をしないという場面で)
西岡「これ動かないというのは、ポチェッティーノ監督は何を考えていますか?」

 日本代表として58試合の出場経験を持つ北澤氏だから答えられる、あるいは説得力が出てくる内容が多い。間違っても両チームについて深く聞こうとはしていなかった。実況として「どの話を振るか」はもちろんだが、「何を聞かないか」というのもかなり大切である。

 そして重要なのは、質問の内容が非常に明確で「答えの存在する問い」になっていることだ。詳しくは後述するが、答えのない、あるいは答える側が躊躇するような曖昧な聞き方はしない。

 西岡氏は他に、こんな言葉を北澤氏にかけていた。

(序盤に試合が動いた場面で)
西岡「点が入ったことで、ゲームの入りから非常にお互いアグレッシブですね」
(キミッヒにネイマールがプレッシャーをかけた場面で)
西岡「このあたりはミーティングで、キミッヒには警戒というのがあるんでしょうね」
(ネイマールとノイアーの一対一で、レベルの高い読み合いがあった場面で)
西岡「やっぱりトッププレーヤーというのは、最後の最後まで判断を変えられるんですね」

 つまり、目の前で起きた現象や試合の流れを一から十まで解説者に尋ねるのではなく、一度自分で咀嚼して投げかけていたのだ。

 試合の展開を読んで分かりやすい言葉に置き換える技術に関して、西岡氏は実況の中でもずば抜けている。

 解説者だって不意の質問に気の利いたことを返せない時は当然あるから、こうすることで解説者も答えやすくなるし、話もどんどん広がっていくわけだ。
 
 もちろん、北澤氏の解説に満足できなかったファンがいるのは分かるし、理想を言うことはいくらでもできる。

 しかし西岡氏のこうした配慮と確かな腕前によって、いわゆる「事故」のようなものは起きなかったし、この日の中継はある程度のものとして成立していたように個人的には思う。

地上波民放の場合

 では、お世辞にも一流とは言えないサッカー実況はどうか。

 こちらも北澤氏が解説を担当し、日本テレビが放送した先日の日本代表対韓国代表戦でのやり取りを見てみよう。実況が解説に投げかけた言葉をそのまま抜粋する。

実況「〇〇さん、ここまでの試合展開、どうご覧になりますか?」
実況「〇〇さん、このゴールいかがでしょう?」
実況「〇〇さん、今の守田の上がりいかがでしょう?」
実況「〇〇さん、ボランチの遠藤がセットプレーでも存在感を見せました」
実況「〇〇さん、日本がライバル韓国から3点を奪いました」
実況「〇〇さん、初招集の選手も今日は5人がデビューをしています」

 西岡氏が解説者に合わせて質問を選んでいたのに対し、こちらはどれも答えに困る投げやりな問いばかりだ。

 聞き手に何を求めたいのか不明慮で、自分の感情をただやみくもに相手にぶつけ、肯定の返事を求めているにすぎない。試合を俯瞰して見ることができないから、全て解説者に丸投げなのだ。

 随分と自分勝手な実況であり、実際にこの日リモートでゲスト解説を担当した稲本潤一はかなりやりづらそうだった。

 もちろん、地上波とBS・CS・OTTの実況を比較してもしょうがないのだが、数百倍という倍率を突破した後に厳しい研修を受け、言葉に対して誰よりも繊細であるはずの地上波キー局のアナウンサーがこれではどうしようもない。

 視聴率至上主義の彼らは、「伝統の日韓戦」「コロナ禍の中」「最大のライバルである韓国」といったクサいセリフや、大袈裟なフレーズをドヤ顔で連発することが正しい中継の姿だと勘違いしている。

 だから、ピッチ外の感動ネタやエピソードを何よりも好み、芝の上で起きている現象ではなく手元に準備した原稿を読むことに必死だ。

 それでいて自分の言葉で試合を要約することができず、解説者に無理な質問ばかりするから、話に深みが生まれず会話がそこで終わってしまう。これでは一問一答だ。

「良いサッカー実況」とは

「良いサッカー実況」の定義は人それぞれだろう。

 言葉で視聴者の心を揺さぶる人。圧倒的な知識量で勝負する人。競技規則に絶対的な自信を持つ人。サッカーの分野を越えてあらゆるジャンルの話ができる人。語学力やコネクションを生かして自分で現地から情報を仕入れる人。そのどれもが正しく、今でも活躍している実況はそうした強みを持つ人ばかりだ。

 しかし、私が思う良いサッカー実況とは、フラットな目線で解説者と向き合い、中継の中で自然な「対話」ができる人だと定義できる。

 一つのプレーや事象から話がどんどん広がり、トークが連鎖していくような中継は聞いていて飽きないし、仮に試合が単調でもそこに面白さを見出すことができるからだ。倉敷保雄氏の実況はその典型だろう。 

 プレーのことは全て解説者に丸投げするタイプの実況もいるが、それでは話は深まらないように感じる。やはり、選手やチームについてある程度の知識があり、試合を俯瞰的に見られるからこそ、話が自然に広がっていくのではないか。

 だから、実況は解説者相手にも過度に下手(したて)に出る必要はない。お互いがある程度対等な立場で意見を言い合い、どんどんを話を広げていく方がサッカー中継はより魅力的なものになるように思う。

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