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アップルの歌姫

 「アップルの歌姫」という呼び方を本人はあまり好きでなかったのだろう。「あのままビートルズが設立したアップル・レーベルでポール・マッカートニーのお世話になっていれば、より大きな成功を収められていただろうに」と言われ続けたメリー・ホプキン。

 ウェールズの歌好きな女の子、メリー・ホプキンは1968年5月、「オポチュニティ・ノックス」(「チャンスがやって来る」との意)というオーディション番組で見事に優勝した。偶然それを見ていたのが、ミニスカートで有名なファッション・モデルのツィッギーだった。
 ツィッギーはポールに連絡を取った。ビートルズが設立したばかりのアップルで有望なアーチストを探しているのを知っていたからだ。ポールはメリーに連絡をとる。メリーの成功物語の始まりだった。
 メリーはアップルの専属アーチスト第1号となった。1968年8月末、アップルからの第1弾シングルとしてメリーは「悲しき天使」(Those were the days)を、ビートルズの「ヘイ・ジュード」などとリリースした。
 これはポールが誰かに歌ってもらおうと長年温めていた楽曲で、マイナー調の曲ながらも、多くの人々の琴線に触れて、大ヒットを記録した。イギリスでは3週連続の1位、アメリカでも3週間2位を記録した。
 勢いをそのままにデビュー・アルバムの制作が、ポールのリーダーシップのもとに始まった。プロデュース、選曲、アレンジ、ジャケットなどおよそすべての面でポールが制作を指揮するワンマンぶりを発揮した。
 そのアルバム『ポストカード』は1969年2月に発売された。落ち着いた雰囲気で透明感のあるメリーの歌声が好評を得た。イギリスでは6位までアルバム・チャートを上昇し、アメリカでも最高位28位となった。

 1969年3月、メリーは、ポールのペンになる「グッドバイ」をレコーディングした。シングルとなって、イギリスで最高2位、アメリカで同13位の大ヒットとなる。ポールはさらに、スタンダード曲「ケ・セラ・セラ」を次のシングル候補として用意して、メリーはレコーディングする。
 しかし、メリーはこの曲の発売を拒んでしまった。ポールがすべてを仕切ることへの抵抗、そして何よりもメリーのフォーク志向を受け入れずにポップ路線を歩ませようとするポールへの反発だった。
 メリーはアップルでもう1枚アルバムを制作する。『大地の歌』(Earth Song/Ocean Song)だ。ポールに反旗を翻しただけあって、メリーのフォーク趣味を反映した作品となった。しかし、商業的にはうまくいかず、メリーは22歳の時に第一線から身を引くことになる。

 メリーは家事や育児に専念する。本格的なアルバム発表によるカムバックは1989年まで待たなければならなかった。『SPIRIT』がリリースされた。「アベ・マリア」などを含む、宗教色がある作品だった。
 2005年には自身のレーベル「メリー・ホプキン・ミュージック」を設立した。そしてアップルを離れた後の未発表音源をまとめていく。
 2020年には、31年ぶりとなる新作『Another Road』を発表。2022年には、全曲メリーが書き下ろした『Pieces』を発売した。そして2023年5月5日(海外)、最新作『Two Hearts』をリリースした。
 これは娘ジェシカとのデュエット・アルバムだ。ジェシカが10代の頃、ギターを初めて手にした頃に聞いていたバングルズの「Eternal Flame」やダイア―・ストレイツの「Why Worry」といった作品をカバーしている。
 メリーとジェシカがほとんどすべての楽器を演奏。メリーの息子でジェシカの兄弟であるモーガン・ヴィスコンティが数曲でギター・ソロを披露している。まさにファミリー・アルバムといってもいいだろう。

 「成功を手放してしまった不運な女性」とのレッテルを貼られたこともあったメリー・ホプキン。トニー・ヴィスコンティとの離婚などを乗り越えて、今や娘ジェシカ、息子モーガンらとともに着実に歩んでいる。
 余談だが、メリーによるクリスマス・アルバムもぜひ手に取ってもらいたいと思う。透明な歌声で季節の楽曲を歌っている、すがすがしい作品で、私は気に入っている。2008年の『Christmas Songs』(EP)と『A Christmas Chorale』(2020年)である。
 そして、メリーの足跡をたどるなら『ベスト・オブ・メリー・ホプキン』がいいだろう。「悲しき天使」、「グッドバイ」、「しあわせの扉」、「未来の子供たちのために」といった代表曲が収められている。
 詳細なディスコグラフィーや、メリー本人、ジェシカらへのインタビューや興味深い読み物を収めた、藤本国彦責任編集「・・・and THE BEATLES アンド・ザ・ビートルズ MARY HOPKIN メリー・ホプキン」(シーディージャーナル)も音楽とともにどうぞ。お勧めです。


 
 

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