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「へルター・スケルター」って?

 ビートルズの1968年の作品、通称『ホワイト・アルバム』に収められた「へルター・スケルター」という作品は、60年代末にカルトのリーダーであるチャールズ・マンソンに残虐な殺人を計画・命令するよう教唆(きょうさ)したといわれた。
 そのマンソンは40年以上もの獄中暮らしの末に2017年11月19日に死んでいる。83歳だったとされる。
 同年11月20日付英BBC電子版は、マンソンは「信者たちに一連の残忍な殺人を行うように指示し、60年代のカウンター・カルチャーの暗い面の象徴となった、悪名高いカルトのリーダー」だったと評した。
 マンソンの信者たちは69年に9人を殺害した。その被害者の中には、映画監督ロマン・ポランスキーの妻で女優のシャロン・テートも含まれていた。当時26歳のシャロンは妊娠中だった。
 マンソン自身は殺人現場に居合わせたわけでなかったが、「(マンソン・)ファミリー」と呼ばれ、疑似共同体生活を送っていた信者たちによる一連の猟奇的殺人のうち、テート事件も含む7件に関してマンソンは連帯責任があるとして殺人の罪で有罪判決を受けた。
 ビートルズに「熱中」していたマンソンは『ホワイト・アルバム』に収められている曲の数々を自分に都合のよいように捻じ曲げて解釈していた。その中でも有名なのがポール・マッカートニーのハードロック作品「へルター・スケルター」の解釈だ。

ビートルズ『ホワイト・アルバム』


 70年11月下旬に開かれたマンソンの殺人罪に関する最終裁判で、彼は裁判長と陪審団に対して次のように語った(バリー・マイルズ著「ポール・マッカートニー メニー・イヤーズ・フロム・ナウ」ロッキング・オン)。
 「「へルター・スケルター」は混乱状態なのだ。あっという間に混乱状態に陥るのさ」「俺の耳に、俺に向けられた言葉が聞こえただけさ。あの歌が俺に「立ち上がれ!殺せ!」と言っているのだ。どうして俺を責める?俺はあの歌を書いたわけじゃない。この計画を社会の意識に浸透させたのは俺じゃないのだよ」とビートルズのせいにしたマンソン。
 ポールはザ・フーのノイジーな新曲に対抗して「「へルター・スケルター」は今までで一番うるさい曲にしようと思ったのだ。最高に耳障りなボーカル、最高にうるさいドラムスなどなど」と語っていた。
 そして「へルター・スケルター」というのは英国人なら誰でも知っている「らせん状の滑り台」のことだが、ポールは「てっぺんから真っ逆さまに一番下まで落ちていくことのシンボルとして使ってみた」という。
 「ここでは没落、終焉、衰退だけを取り上げた。かわいいタイトルに思えたかもしれないけれど、いろんな意味で不吉な含みを持たせたタイトルだったから、マンソンの賛歌になって、それ以降も小汚いロック・ナンバーとしていくつかのパンク・バンドに取り上げられたよ」。
 できるだけ「すさまじい音」にするため努力を重ねたナンバーだったが、「残念ながら、人々を悪魔的行為に駆り立ててしまう結果になったけれど」とポールはいう。
 『ホワイト・アルバム』でマンソンが特に気に入っていたのは他に4曲。
 うち一曲がジョージ・ハリスンの「ピッギーズ」だ。白人の敵はここで明確にされたとマンソンは考えたという。
 だからシャロン・テートの殺害現場に血で「Pig」の文字が残され、金持ちのレノとローズマリー・ラビアンカを殺した後、マンソン・ファミリーは壁に死体の血で「ブタどもの死を:」という言葉を残したのだという。
 ポールの「ブラックバード」もマンソンによって曲解された。黒人が白人に対して蜂起することを意味する歌だと取ったようだ。
 「へルター・スケルター」も黒人が暴動を起こして全世界の三分の一にあたる人口を殺害すること意味すると解釈していた。
 ジョン・レノンの「レボルーション1」と「レボルーション9」も異常で極端な読み取り方をされた。
 特に後者は新約聖書の「ヨハネの黙示録第9章」を意味するとマンソンは信じていた。聖ヨハネは英語では「セント・ジョン」だ。

聖書(イメージ画像)


 同9章には、ユーフラテス川のほとりに捕らえられていた四人の天使が解き放たれ、その結果、人類の三分の一が死ぬことになる、との記述がある。
 マンソンにとって「四人の天使」は「ビートルズ」のことだった。そして同9章に出てくる「いなご」は「ビートル」を意味するととった。
 「このいなごには、地に住むサソリが持っているような力が与えられた。いなごは、地の草やどんな青物も、またどんな木も損なってはならないが、ただ、額に神の刻印を押されていない人には害を加えてもよい、と言い渡された」(「新共同訳 聖書」日本聖書協会)。
 マンソンは額にナチスのような鍵十字の彫り物を入れていた。
 いまだに語り継がれているマンソンの猟奇殺人事件。
 60年代に花開いたラブ&ピース精神に冷や水を浴びせた事件だった。結局、マンソンらは今でも米保守派の一部に根強い「白人至上主義」だったのではないかとも思えてくる。そして聖書などの聖典を曲解して、それを根拠に悪事を働くカルトであった。
 マンソン・ファミリーは幻覚剤の一種LSDを利用していたことから、60年代のヒッピー文化の退廃的側面に焦点を当てることにもなった。
 アイルランドのバンドU2はコンサートで冒頭「へルター・スケルター」を演奏する前にボノは言った「奴ら(マンソン)がビートルズから奪ったけど、俺たちがそれを取り戻そうじゃないか」。
 もう悪魔祓いは済んだのだろう。

 


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