見出し画像

93歳の大道芸人

 芸歴55年となる大道芸人ギリヤーク尼ケ崎さんが2023年10月9日(月・祝)に新宿三井ビルディング(新宿区西新宿2-1-1)の55HIROBAで雨の中、青空舞踊公演を行った。
 長いキャリアを誇るギリヤーク尼ケ崎さんにはファンが多い。俳優の近藤正臣さんもその一人で、芸歴50周年の時に寄贈された赤い旗がこの日も舞台に掲げられていた。旗には「踊って生きて五十年」とある。
 午後2時を回ると弟子が挨拶をした。「55周年記念公演です。51周年の後、コロナになってしばらくお休みでしたが、4年ぶりに(ここを)貸してもらえることになりました」。
 ギリヤーク尼ケ崎さんの体調については「昨年腸の手術をしてから身体のほうはだいぶ弱っているようにみえるかもしれません。でも、心の中の踊りたいという火は消えていません」。
 三味線の音色が流された。「じょんがら一代」だ。ギリヤーク尼ケ崎さんは車いすで登場した。客席からは「待ってました!」「日本一!」「ギリヤーク!」と次々に掛け声が上がった。これは、じょんがら節を奏でるしぐさを基本として激しい動きをする芸だ。


 次に行く前にマイクがギリヤーク尼ケ崎さんに装着された。挨拶をしたー「本当に今日は雨の中、ありがとうございました。こうして踊れることを皆さんに感謝しております」。そしてギリヤーク尼ケ崎さんは国内そしてまた外国に行って踊りたいという願いを述べた。
 バラを咥えたギリヤーク尼ケ崎さんが次に披露したのは「よされ節」。観客とともに横に手をつなぎながら踊る、コミカルな舞だった。


 よされ節が終わると着替えに入った。黒衣に着替え、赤い帯をしめ、赤い上着を羽織り、赤い帽子をかぶり、首には数珠をかけ、手には杖を持った。最後に披露されたのは代表作「念仏じょんがら」だった。
 まず祈りを捧げる。途中で観客席を通り抜けて、後ろの階段を上がり高い場所へ。再び階段を降りて舞台に戻ってくると、ギリヤーク尼ケ崎さんは座って、水が入ったバケツが前に置かれた。そしてハイライトはその水を被るところだった。大きな掛け声がかかり、拍手が沸き起こった。
 ギリヤーク尼ケ崎さんは60歳代からは「おひねり」で生活しているという。この日のパフォーマンスが終わると、観客からはバケツに千円札などのお札などが次々に投げ入れられていた。


 ギリヤーク尼ケ崎さんは1930年に北海道函館市に生まれた。家は和菓子屋を営んでいた。中学卒業後、映画俳優を目指す。その後、舞踊家に転向する。1968年に初めて街頭公演を行う。国内各地のほか、ニューヨーク、パリ、モスクワなど海外でも踊りを披露してきた。
 1995年の阪神淡路大震災後には神戸市長田区の焼け野原となった菅原市場で鎮魂のために舞った。2001年の米同時多発テロの一年後、ニューヨークで鎮魂のためのパフォーマンスを披露。2011年5月には東日本大震災で津波による被害を受けた宮城県気仙沼で「祈りの踊り」を踊った。

 

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?