見出し画像

「Beatles in Hamburg」を読む

 【スピリチュアル・ビートルズ】英ノーサンブリア大学の客員研究員イアン・イングリスの2012年の著作「The Beatles in Hamburg(ビートルズ・イン・ハンブルク)」の日本語版(訳者:朝日順子、解説:藤本国彦)がこの度、青土社から発売されたのを読んだ。
 ハンブルク時代に注目が再度集まっている折の出版で興味深く読んだ。
 多くの識者がこれまでも指摘してきたように、ビートルズを本当に育てたのはリバプールのキャバーン・クラブではなく、むしろ長時間のギグを毎晩繰り返したハンブルクであったことがよく分かる。
 そしてサブタイトルが「世界一有名なバンドを生む出した街」とあるようにハンブルクという街の成り立ちなどの歴史を見ていくことで背景を探り、その秘密を解き明かそうとしているのがいい。

「ビートルズ・イン・ハンブルク」青土社


 それが顕著なのが第一章「ビートルズ前のハンブルク、ハンブルク前のビートルズ」で、この本をとりわけ興味深くさせていると思った。
 前書きにこんな文章があるー
 「逸話から成る物語で構成された回想録も何冊かあるが、リヴァプールの一連のバンドが遭遇した、センセーショナルな出来事や災難に焦点を当て、対象となるバンドより著者自身について詳しくなるような本が多い」
 「こうしたことから、1960年代初頭にビートルズとハンブルクに現実に起こった平凡な出来事をありのままに伝え、両社の周りに積み重なって来た神話や伝説と区別することが大切だ」。
 その通りだと思う。
 私が一連のハンブルク関連の記述で最もインパクトがあったのは、この本でも引用されている、ピート・ベストがパトリック・ドンカスターと書いた「ピート・ベスト ストーリー もう一人のビートルズ」(CBSソニー出版)だ。原題は「Beatle! The PETE BEST Story」。
 この本はドラッグ、暴力、SEXにまみれたハンブルクの日々を生々しく描いており、当初衝撃を受けた。
 1985年の本である。ジョンの死後5年。何度目かのビートルズブームが押し寄せていた時期である。90年代にアンソロジーでビートルズが自らの歴史を振り返る「正史」を出す前の話だ。

 ビートルズの歴史が歴史のご多分に漏れず「漂白」されてゆくのは仕方のないことかもしれない。そんな中で埋もれていき再発もされていないのがこのピートの一種「暴露本」だ。
 そういう本にも目配りし、またポールのハンブルク時代に遡る「隠し子問題」にも言及しているのはいいが、今回のハンブルク本は全体的に、結果としてだが「歴史のクリーニング」に寄与するのだろう。
 そして、そのピート・ベスト本と同じくらい重要だと思うのが、今回のハンブルク本では扱われていないのだが日本人ジャーナリスト小松成美氏による「アストリット・キルヒヘア ビートルズが愛した女」である。
 小松氏がアストリットに150時間インタビューしてまとめたというだけに読み応えがあるノンフィクションの力作だ。

最初に世界文化社から出た際の表紙


 95年に世界文化社から出版されて以来、角川書店からの再発など「お色直し」を重ね、現在は幻冬舎から発売されている。ビートルズの面々のハンブルクにおける青春群像が生き生きと描かれている。
 今回出たハンブルク本はまとまりがよくて、いい本だが、血沸き肉躍る、笑ったり涙したりということがあまりない読後感だ。
 それに比べると小松氏の著作は、ジョージのあどけなさやかわいらしさ、ジョンのぶっきらぼうな優しさなどがアストリットの目で見たままに描かれており、こんな本も参照すべきだったのではないかと思った。
 ただ小松氏の本は日本語なのでーー私が勝手に思っているのはーー海外の研究者たちはこれを英語なりにして読むべきなのではないかということだ。
 イングリス氏が「アンソロジー」、ポールの「メニー・イヤーズ・フロム・ナウ」、ジョージの「アイ・ミー・マイン」、初代マネージャーのアラン・ウイリアムスの本などを参照したのは当然。
 シンシアの著作にももちろん手を伸ばしている。
 だが、ハンブルク時代の最重要人物だったアストリットの詳細な証言満載の小松氏の本を参照しなかったのは大きな間違いだったと思う。
 アストリットがこの世を去っているだけになおさらだ。
 だが、そうはいってもイングリス氏の著作の意義が薄れるわけではない。もちろん、ファンにとって喜ぶべき著作なのは確かだ。
 指摘があるように「マイ・ボニー」の録音をめぐる秘話など読むべきことは少なくないと思う。全体のまとまりもいいし、読みやすい。
 「ハンブルク後のビートルズ、ビートルズ後のハンブルク」の章もいい。
 ハンブルク時代のビートルズを知るためには必読の書であることは間違いない。繰り返しになるが、小松成美氏の「アストリット・キルヒヘア ビートルズが愛した女」との併読をお勧めします。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?