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アイヌと和人と神

 民族のアイデンティティー、共生への光を求めて、アイヌの精神と魂の原点を探るドキュメント映像である『大地よ アイヌとして生きる』を2023年5月9日(火)に「ポレポレ東中野」(東京都中野区東中野4-4-1:電話03-3371-0088)で見た。
 海の神、風の神、森の神、大地の神への祈り。アイヌの精神を問い続ける宇梶静江(うかじ・しずえ)さんの世界が描かれている。
 宇梶静江さんの有難いお言葉ー本人は当たり前のことを言っているだけだというのだろうがーがたくさん聞ける映画だ。
 「アイヌ一人一人が「イヤイライケラ」という言葉を心に持っているということは、自分自身の中に、自然の神さまが存在しているということなのです」、「私の中の信仰は大地そのもので、カムイとは大地なのです」。
 金大偉(きん・たいい)監督。ナレーションは静江さんの息子・宇梶剛士(うかじ・たかし)さんが務めている。プロデューサーは藤原良雄(ふじわら・よしお)さん。2023年度作品。105分。
 アイヌは日本列島北部、とりわけ北海道の先住民族である。日本語とは系統が違う「アイヌ語」。自然界すべてのものに魂が宿るとする「精神文化」、祭りなどで踊られる「古式舞踊」、刺繍に見られる独特の「文様」、木彫りなどの工芸といった固有の文化を発展させてきた。

 アイヌは度々侵略され、差別されてきた。だが、この映画はそうした差別の問題を扱っているわけではない。アイヌの自然観ー人間も動物も植物もすべてが自然であり、全体の循環の中で存在しているーに焦点を当てている。
 宇梶静江さんは1933年、北海道に生まれた。幼少期を北海道浦河郡の和人との混合のアイヌ集落で過ごした。中学校を卒業後に上京。 1959年に結婚、二児の母親になった。1966年から詩を書くように。1973年、「東京ウタリ会」を設立。
 1996年には、アイヌの伝統的刺繍の技法を基に、ユカラに語られてきた叙事詩を表現するオリジナルの「古布絵(こふえ)」を確立する。親たちがフクロウを「コタンコロカムイ(村の守り神)」だとして、敬っていたことを覚えていたので、布でフクロウの絵を創るようになる。
 2011年、古布絵作家としての活動が評価されて吉川英治文化賞。2020年には後藤新平賞を受賞した。

 2022年冬、宇梶静江さんは東京を離れ、北海道に戻って白老(しらおい)に拠点を構えた。「しらおい」とはアイヌ語の「シラウオイ」に由来するとされる。白老はアイヌの人々が歴史を作ってきた町だ。
 「民族共生の象徴となる空間」(ウポポイ)が整備されており、ポロト湖畔に国立アイヌ民族博物館や国立民族共生公園などがある。
 宇梶静江さんは「アイヌ学」を立ち上げた。「一人一人のアイヌが、自分が人間として生きてきた意味を自分で確かめる、そこから民族の問題をみなさんに理解していただく。それが、生きる礎になるんだということを、やっていきたいんです」(「アイヌ力よ! 次世代へのメッセージ」藤原書店)。
 「今、「地球はこのままでは崩壊するんじゃないか」と言われています。それは、あまりにも人間がやりたい放題に、地球を痛めつけた結果です。仮に、これがすべての人間の意志ではないとしても、ある権力者がやっていることであっても、同時代に生きている私たちは、それを許しているのです。このことを忘れてはいけません」。
 宇梶静江さんはさらに次のように述べていた「アイヌの精神性は現在地球が抱えているさまざまな困難に光を投げかけることができると思っています。その光はアイヌのみの光ではなく、世界に存在する三億の先住の民の光でもあると思います。そして、その先住の民の光は、人間であることの根源から生まれてくる光なのだと思います」(2001年4月25日 ハーバード大学アダムスハウスにおける講演)。
 ちなみに「アイヌ」とは「人間」という意味である。
 国によって明治以降に進められてきた日本人(和人)との同化政策によって、アイヌは先祖伝来の土地を奪われ、熊やシカや鮭を獲って来た狩猟による従来の生活を禁じられた。1997年、「アイヌ文化振興法」の施行によって、「北海道旧土人保護法」が廃止された。
 そして、一つの判決が大きな変化をもたらす。北海道沙流郡日高山脈に源をもつ沙流川(さるがわ)の中流に二風谷ダムが作られることになり、アイヌが毎年8月21日に行ってきた「チㇷ゚サンケ」ー新しく作った舟に魂を込める儀式ーを行ってきた場所も開発地域に入ってしまった。
 研究者で国会議員の萱野茂(かやの・しげる)さんらが差し止め訴訟を起こした。 ダム建設は止められなかったものの、判決は画期的だった。
 「先住民族であるアイヌ固有の文化を国の政策が衰退させてきた」とされたのだ。この判決の後、2019年成立した「アイヌ施策推進法」には、法律として初めてアイヌが「先住民族」だと明記された。


 

 


 
 
 

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