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落語日記 江戸落語でお馴染みの噺を上方落語で聴く楽しさ

木馬亭ツキイチ上方落語会 10月公演
10月17日 木馬亭
木馬亭の自主企画公演である上方落語の会。月に一度のお楽しみとして毎回通っているが、先月は昼の時間帯なので不参加だった。なので、8月の回以来の参加となる。
毎回、魅力ある上方の落語家と新たに出会えるのがこの会の楽しみで、この日も全員が初めての皆さん。回を重ねるごとに上方落語の世界が広がっていき、新たな出会いによる歓びを感じて、この楽しさは病みつきになる。また、会場の木馬亭のレトロで懐かしい雰囲気が、庶民的な上方落語にピッタリ。年季が入ってやや座り心地の悪い椅子に座って開演を待つ瞬間から、ワクワクする時間が始まるのだ。

立川笑王丸「山号寺号」
前座は、江戸落語の立川流または円楽一門会から、というのがお約束。今回は談笑門下の笑王丸さん。トントンオチの見本と解説のあと、本編へ。ずる賢い若旦那と強気の幇間の遣り取り自体が面白い。立川流の前座さんはこの会でしか聴けていないので、なかなか新鮮。

笑福亭笑利「看板のピン」見台なし
笑福亭鶴笑門下。この会は二度目の登場らしいが、私は初見。
大声で勢いを持って力づくで笑いを取りに行くタイプ。この日のメンバーの中では、このタイプは笑利さんだけのように感じた。この芸風を活かし、先鋒として会場を暖める役割りを見事に果たしている。
次から次へと話題を変えるマクラが、観客の反応を探っているよう。話題は、この会場の雰囲気が好きという話から、SNS時代なので観客から直にメッセージを受け取ることもあるという話。実際に「弟子がフェイスブックをやってよいのか」とメッセージもらったそうだ。そのクレームを含めた顛末が、笑いを呼ぶ。
この日の出演者は、みな六代目笑福亭松鶴師を祖とする笑福亭一門。このような笑福亭一門だけが集まる落語会は、関西ではほとんど無いそうだ。なぜなら、上方の落語家はほとんど芸能事務所に所属しているので、寄席以外で事務所が異なる落語家が集まる会が開かれることは、あまりないらしい。
関西では、いまだに米朝師の現役時代の落語を観たことがある落語ファンがいて、米朝信仰のようなものが残っているらしい。それに比べて笑福亭は・・・と自虐的。
本編は若々しく、勢いがあって声も大きく、クスグリたっぷりの本編。中のサイコロの目は一から十まである、こんなクスグリだらけ。まずは、笑いの多い一席から始まった。
この演目は、江戸落語を米朝師によって上方落語に移植されたそうだ。色々な功績を残されている米朝師、信仰を集めるのも分かる気がする。

笑福亭呂好「稲荷俥」見台なし
笑福亭呂鶴門下。マクラは、様々な場所で落語を披露してきたという、仕事場所をめぐるエピソードで笑わせる。スーパー銭湯の浴室内での落語会は、さすが上方落語、シチュエーションでも観客を楽しませる。マクラは淡々とした語り口で、前の笑利さんとは対照的。
本編は、初めて聴く噺。江戸落語では聴いたことがないので、おそらく上方落語独自の演目。真面目で正直者だが異常に怖がりの俥夫が、人を化かす狐を恐れて客を断るも、金に目がくらんで載せたところ、その客の紳士に騙され無賃乗車される。悪戯心で産湯の稲荷のお遣いの者だと俥夫を騙したバチが当たったのか、その紳士は持ち金を俥に落としてしまう。これを拾った俥夫が授かりものだと喜んで、近所の住民たちとドンチャン騒ぎ。そんな長閑で、どこか民話のような噺。
正直者で純朴な俥夫と、噺の途中までは本当の稲荷の遣いかも、と観客までも騙しているような客の紳士。この二人の性格を、端正な語り口ながら表情豊かに見事に伝えてくれた呂好師匠。
後半のドンチャン騒ぎの場面では鳴り物が入り、長閑な噺も陽気に華やかに聴かせるところは、なるほど上方落語らしさだ。

仲入り

笑福亭智丸(ちまる)「鹿政談」見台あり
笑福亭仁智門下。若々しい雰囲気ながら、落ち着きを感じさせる智丸さん。マクラでは、この木馬亭での思い出話から。大学生のころ参加した落語大会が、ここで開催されたという思い出の場所。その大会では変わったことをやって、優勝より技能賞のようなものを目指したが、結果は該当者なしだった。落語に懸けた青春時代の苦い思い出も、楽しそうに語ってくれる。
上方の落語家は芸能事務所に所属していることが多い。落語会も芸能事務所が主催することが多く、そのため、同じ事務所に所属している者同士が落語会に顔付けされることが多いようだ。
笑福亭一門といっても、所属事務所が吉本興業と松竹芸能とに別れている。この日の出演者では、笑利さんと智丸さんが吉本興業、呂好師匠と生寿師匠が松竹芸能なので、大阪ではこの四人の組合せの会は観られないそうだ。智丸さんは、そんな上方における落語家の事情を説明してくれた。
米朝一門は事務所を構えているので、よく一門会を行っている。そう言えば、この上方落語会で聴いた米朝一門の皆さんは、米朝宅での内弟子修行を経験してきたためか、米朝師の思い出を語ることが多いような気がする。

関西の三都より歴史が古いのが古都奈良、地盤も良くて千年以上前の建物が建っている。そんな前振りから、奈良の街中にいる鹿の話。この鹿たちは、自分のことを人間だと思っている。智丸さんは鹿が信号待ちしているの見たそうだ。
そんなマクラから本編へ。江戸落語でもお馴染みの噺。筋書きはほとんど同じ。
見どころはお白洲での裁きの場面。ここでの主役はお奉行様。その奉行の心の声での自問自答が楽しく、たまに漏れる本音で笑わせてくれる。この奉行に正義感があることは間違いない。しかし、その心の声が伝えてくれるのは、豆腐屋を疑ったりなどの判断の迷い。そんな人間味あふれる奉行を、智丸さんは描いて見せてくれた。

笑福亭生寿(せいじゅ)「ねずみ」見台あり
笑福亭生喬門下。この日の主任は、ベテランの安定感を感じさせる生寿師匠。笑顔が魅力的な落語家だ。
おとといから遠征中で、らくごカフェや上野広小路亭に出演したのち、この日の木馬亭での高座を迎えたようだ。松竹芸能の所属の落語家笑福亭鉄瓶・笑福亭喬介・笑福亭生寿・桂咲之輔・笑福亭呂好の5名で結成された落語家ユニット五楽笑人(ごらくしょうにん)として、全国に派遣される仕事をされているとのこと。
関西人が東京に来て戸惑うというアルアル話。じつは昨日、大恥をかいた。上野広小路亭に入る前の昼食で、関西にはない立ち食いそばの「富士そば」に入った。冷たいキツネ蕎麦(揚げがのったもの)を注文したのだが、店員の「蕎麦ですか、うどんですか」の質問に「タヌキです」と答えて、その後何度も同じ質問され、会話が食い違う。その原因は、関東と関西ではタヌキの意味が違うから。この説明は、ここでは長くなるので省略。
このように、食べ物の名前や呼び方が、全国の地域ごとに異なるというのが面白いところ。そんな旅に出て気付く地域ごとに意味の異なる言葉の面白さの話から、旅の噺の本編へ。

江戸落語と筋書きや登場人物は、ほぼ同じ。噺の舞台は仙台ではなく、岡山の宿場街。
登場人物のキャラも江戸落語と変わらないので、聴いていて安心感がある。生寿師匠が見せてくれる息子の卯之吉が、一生懸命で可愛い。そんなにマセガキではない。大人たちも、虎屋関係者以外で悪人はいない。左甚五郎の風格もあり、人物描写はさすが。
蘊蓄話として、左甚五郎の冠の左の謂れを説明してくれた。飛騨が訛った説、左利きだった説、酒飲みだったので左と呼ばれた説。なぜ酒飲みは「左利き」「左党」と呼ばれるのか。江戸時代、大工は右手に金槌、左手にノミを持つことから、左手がノミを持つ手、ノミ手、飲み手、そこから左利きと洒落たという説明。生寿師匠が伝えてくれると、どこか信憑性を感じる。そんな、博学さをチラ見せする生寿師匠だった。
この日も初見の皆さんが個性豊かで、それぞれ特徴のある四席を見せてくれた。そして、上方落語の凄さ楽しさを感じさせてくれた満足の回であった。

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