落語日記 落語の世界を彩る音曲の魅力を伝えてくれた会
邦楽百選~音曲の世界
9月6日 日本橋劇場
主催者のオフィスエムズが、観客限定で開催していたシークレットの落語会「音曲の世界」。数々の落語会を開催しているオフィスエムズの加藤さんは邦楽がお好きなようで、個人的な趣味で落語と邦楽の会を秘密裏に開催されていた。
今回は、大きな会場に場所を移し、観客も一般に公開して開催された。全体は二部構成で、前半は落語。一花さん、雲助師匠、馬生師匠が音曲噺を披露。後半は、寄席囃子の皆さんが、清元「流星」の唄と演奏を担当し、日本舞踊家の藤間勘加紅師匠が広い舞台で踊りを披露。後半は、純粋に邦楽の世界を味わえる舞台。そんな贅沢な時間を過ごせる内容に魅かれて、初めて参加して来た。
第一景 音曲噺の夕べ
金原亭駒介「手紙無筆」
馬治丹精会でもお馴染みの前座さん。三味線持参で登場。まずは、落語を一席。兄貴分の空威張りが堂に入っている。
一席終えたあとは、三味線を手に端唄を一曲。江戸のころ、紅葉の名所だった品川の海妟寺を舞台にした端唄「海妟寺」を披露。ネットで調べると、明治大学入学後に端唄根岸流に入門し、4年生のときに根岸流の師範名取を取得。他にも長唄や清元節も経験してきていて、邦楽にはかなり詳しく稽古も積んできたようだ。馬治丹精会の前座を担当してもらったときのお話しでも、邦楽に興味あるとおっしゃっていた。
駒介さんの演奏と唄を聴くのは初めて。その力量は、並みの落語家ではない。邦楽でもプロ級の上手さ。この会の前座として選ばれた理由が分かるし、駒介さんの目指す道が見えてきた気がする。前座から、邦楽の演奏で盛り上がり、この後の期待が高まってくる。
春風亭一花「七段目」
この後から、お目当ての三人が続く。マクラは先日終わったばかりの謝楽祭の話題から。出演した余興が「落語 THE STAGE」と題してNHKの某番組をインスパイアした出し物。落語に合わせて舞台で落語家が登場人物を演じるというもの。題材となる落語は「天狗裁き」。一花さんは女房の役で、亭主役の古今亭始さんにビンタを食らわせる役。本気でやって下さいに、ビックリするくらい強いビンタが入ってしまったという失敗談。失敗しないよう旦那で稽古します、これには爆笑。
本編は、一朝一門らしい芝居噺。得意としているように感じられる熱演。若旦那と定吉の芝居の真似事の場面は秀逸。二人の役者風のセリフ回しは見事。鳴物も入って、歌舞伎の雰囲気ぷんぷん。まさに、これぞ音曲噺。人間国宝と義理の師匠を前に、堂々とした高座だった。
この高座で感じたこと。一花さんは、マクラから本編に入った途端、スイッチが入ったように声色が切り替わる。この噺の登場人物は全員が男性。しかし、男声というようなものでもない。男声、女声というより、落語声とでも呼びたい声色なのだ。女性であることを感じさせず、年配の大旦那から子供の定吉まで、登場人物の個性を浮かび上がらせる落語家としての声質になっている。個性の違いが声色の違いではなく、表情の違いで描き分けていた。
そして、マクラから本編へ入るときの切り替えが自然であって、観客もすっーと落語の世界に入っていける。この切り替えの安定感、スイッチのオンオフを自在にこなされていると感じた。一花さんの精進の賜物、ますます今後が楽しみになった。
五街道雲助「汲み立て」
お目当て二人目は、人間国宝になられてからは初めて拝見する雲助師匠。ニュースを聞いたときは、びっくりした。しかし、この日の高座は、普段と全く変わることのない、飄々とした雲助節を聴かせてくれた。そんな雲助師匠の芸が評価されたのだ。この高座を拝見して、改めて嬉しい思いを感じさせていただいた。
この日の三人は全員がネタ出し。人間国宝にこんな演目を口演させる席亭の加藤さんも、嬉々として楽しそうに口演する雲助師匠も、落語ファンからするとたまらなく素敵だ。圓朝物や人情噺だけではない雲助師匠の魅力。むしろ、寄席でよく掛かるような滑稽噺の楽しさが、雲助師匠の真骨頂かもしれない。
本編は、男の焼きもちを描いた噺。モテモテの稽古屋の師匠に彼氏が出来て、師匠目当ての若い衆たちは大騒ぎ。立膝ついた師匠の着物の裾が風にゆれて、スケベ心で吹いて風を送っていたらバチで殴られた。これが、ご開帳をタダで観ようとしたのでバチが当たったという洒落。雲助師匠で聞くと可笑しさ倍増。ふうふうと師匠の股間を吹く姿、めっちゃ可笑しい。
涼み舟に繰り出す師匠と彼氏の半公。その舟の上で、唄って盛り上がる二人。雲助師匠は、ここで良い咽を聴かせてくれる。なるほど、この場面が音曲噺なのか。
馬鹿々々しい男の焼きもちを描いてきて、下げは下ネタ。なかなか聴けない噺、下げもキレイなものではない。そんな噺でも、楽しく聴かせてくれる雲助師匠。このオールラウンドプレーヤーとしての魅力が人間国宝として評価されたのかも、そう感じさせてくれた一席。
金原亭馬生「庖丁」
さて、前半のトリを務めるのは、お目当て三人目の馬生師匠。馬生師匠も、重く長い圓朝ものから軽く短い滑稽噺まで、掛ける演目の幅は広く、この「包丁」のような珍しい噺も持ちネタにされている。私は、この噺を馬生師匠でしか聴いたことが無い。確か、この日で三回目。馬生師匠自身も十八番にされているのだろう。
こちらの噺も、男の焼きもちが描かれる。それも、モテる男性に対する嫉妬の感情。そのお相手は、稽古屋の師匠。「汲み立て」と、かなり付く噺ではある。そこはネタ出しの落語会、寄席とは違う。
振られた仕返しを皆で行う「汲み立て」と似てはいるが、違うのが美人局のような一芝居。その芝居の途中で裏切る男と、簡単に寝返ってしまう稽古屋の師匠。この二人の軽さが馬生師匠の腕の見せ所。
スケベ心丸出しの品がない男に対しても、亭主に裏切られた悔しさが勝って、このスケベ男と共闘を組む。悔しさや怒り、そして亭主が惚れたという若い女に対する嫉妬も加わり、亭主に対する惚れた腫れたの感情を上回り、稽古屋の師匠はスケベ男とくっついてしまう。このスケベ男にとっては、ラッキーな展開になった。そんな感情の大きなうねりを、稽古屋の師匠の表情の変化で、上手く伝えてくれた馬生師匠だった。
音曲噺的なところは、スケベ男が酔っ払って、良い咽を聴かせるところ。今回は、ほんの片鱗くらいを聴かせてくれたのだが、さすが聞き惚れるほどの腕前。雲助馬生兄弟弟子は二人とも唄が上手いのだ。
仲入り
第二景 舞踊
舞踊 藤間勘加紅 清元「流星」
後見 目黒とも子
唄 太田その 吉田うた
三味線 柳沢きょう 森吉あき
緞帳が上がる前に、舞台袖から駒介さんが登場。マイク片手に、後半の清元や舞踊を解説。さすが、大学時代に邦楽を研究されていた成果だろう、細かく詳しい解説は分かり易い。
この「流星」という清元は、有名な河竹黙阿弥の作詞で、安政6年(1859年)の初演。当時の幕末の時代背景なども伝えてくれた駒介さん。なかなかのインテリぶり。
緞帳が上がると、舞台上手に雛壇が作られていて、お囃子連中の四人が並んで座っている。普段は落語協会の寄席で出囃子を弾いている皆さん。三味線の腕前は当然ながら、太田そのさんの唄声は素晴らしい。のびやかで艶がある。
その清元の演奏で、踊りを披露してくれるのが、藤間勘加紅師匠。広い舞台を使って、軽妙でコミカルな動きも見せながら、感情豊かに筋書きのある舞踊を披露。雷の家族が見せる夫婦喧嘩、そんな設定をお面の早変わりやキャラの踊り分けで楽しませてくれた。