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落語日記 鈴本演芸場チャンネル インターネット生配信寄席 金原亭馬治主任興行

6月28日 夜の部
 本来であれば、鈴本演芸場の5月下席夜の部で主任を務めるはずだった馬治師匠だが、コロナ禍の影響で鈴本演芸場が休席となり、主任興行も幻となってしまった。そこで鈴本演芸場では、その代替として、主任興行が中止となってしまった落語家の皆さんを主任とする番組構成で、一回限りで寄席の興行のライブ配信を行った。
 6月の土日、各日とも昼の部と夜の部がある通常の番組どおり。また、途中で中断された落語協会の真打昇進披露興行も、2日間だけライブ配信で行われた。
 この日の夜の部は、そんなライブ配信による主任興行全体の楽日でもあり、その最後を締め括るお掃除役という、重責を担った馬治師匠の登板なのだ。

 馬治師匠にとっても、久しぶりの寄席の高座。我々馬治ファンにとっても、久しぶりに観ることになった寄席の高座の馬治師匠。生ではないが、楽しみに待っていた。
 久々の寄席の高座でどんな噺が聴けるのか、演目は何だろう、そんなこんなを考えるのがファンにとっての開演前の楽しみだ。そこで、演目を予想をしてみた。
 このコロナ禍のなか、一回限りの主任興行だ。馬治師匠を長年追っかけてきた経験から、いきなりネタ下しなどの冒険をすることはなく、得意の噺、今までの主任興行で掛けてきた噺の中から選ぶだろうと予想した。過去の落語の記録をひっくり返して、馬治師匠が今までの主任興行で掛けてきた演目を調べた。すると、18の演目がピックアップできた。その中から、この6月28日という開催の季節を考え、この時季の得意の噺で、最近掛けていない噺。そんな視点で選んだ演目は、本命が唐茄子屋政談、対抗が景清と決まった。この予想には自信があった。
 さて、その予想の結果は如何に。

 飲み食いしながら鑑賞していることもあって、高座に集中できたのは、馬太郎さん、彦三さん、文蔵師匠に馬治師匠。途中の出演者は、記憶があいまい。こんな風に落語の画像を流しながら、チビチビと飲むのも楽しい。

 馬太郎さんも久しぶり。ふう丈さんのアサダ三世の動画では、助演の活躍。馬太郎さんでよく聴くのは「三人無筆」で、同じ無筆ネタでもこの演目は初めてかもしれない。端正で落ち着いた語り口や仕草が、馬生師匠に似て来た感がある。これからが楽しみだ。

 彦三さんは、コロナ禍の真っただ中の5月下席より二ツ目に昇進された。本来なら、馬治師匠の主任興行が二ツ目昇進のお披露目となるはずだった。そこで、その代替で、この配信での顔付けとなった。昇進と同時に、彦星から彦三と改名。
 二ツ目昇進の節目において生の高座は無くなったが、ライブ配信でお歴々と並んで全国の落語ファンに観てもらえる機会が出来たのだ。ここは気分一新、心機一転の高座を経験できたと思って頑張って欲しい。
 演目は、正雀師匠直伝の「兵庫船」、別名は鮫講釈。後半の捨て身の講釈師が講談を語る場面、彦三さんの講談は切れ味良くて小気味良い。
 正雀師匠の雰囲気が感じられて、さすがお弟子さんだ。馬太郎さんもそうだが、弟子の芸風に師匠が感じられると、不思議と嬉しい。

 文蔵師匠は登場するときに、メクリを定位置から座布団のすぐ脇に移動させて座る。これがアップになったときに、画面の隅にしっかり映る。配信される画像を意識した動き。さすが、配信慣れした文蔵師匠らしさ。
 演目は得意の「夏泥」。ぼそぼそと始まるので、画像の音声では聞き取り辛かった。それが、物語が進んで行くと、居直る住民と気弱な泥棒の表情豊かな会話に、ぐいぐい引き込まれていく。強面の文蔵師匠ならではの、気弱で人の好い泥棒の可笑しさ。定番ながら、何度聴いても引き込まれる。

 さて、いよいよトリの出番。馬治ファンが見守るなか、いつものように静々と登場。さて始まるぞと、画面に注目していると、顔は映っていなかったが、私服姿の文蔵師匠が「お疲れ様!」と馬治師匠の後ろを横切っていった。馬治師匠も本当にびっくりした様子、文蔵師匠の仕掛けた悪戯だ。観ている方も、何が起きた、と同じくびっくり。その後の馬治師匠の様子にほっこり。

 さすが、その後はペースを乱すことなく、定番のマクラ。馬治師匠は演目ごとのマクラをそんなに変えない。だから、定番のマクラから演目が分かるのだ。まるで、競技かるたの「決まり字」のよう。
 ここは、演目予想の結果が判明する瞬間、この数秒間に固唾をのむ。あれぇ、笠碁かな、いやいや、唐茄子屋だ。やったー、と心中、一人ほくそ笑む。馬治マニアとして嬉しい瞬間。

 久しぶりの唐茄子屋政談は、いつものように吉原田圃の場面まで。最近は、最後まで掛けないのが馬治流となっている。叔父の家、田原町で唐茄子を売ってもらう場、そして吉原田圃で売り声の稽古と吉原の思い出に浸る場、それぞれに、裕福な家庭で育った良家の子息ならではの、若旦那の人の好さが漂っていた。

 ここのところ、馬治師匠のこの噺は、吉原田圃の場面までで切ることが多い。後半の貧乏長屋である誓願寺店での若旦那の奮闘の場面は、前半のノンビリした雰囲気と異なっている。そこでは、遊び人のダメダメ男だった若旦那が、突然に正義感の強い立派な男として活躍する。
 市井の人情に触れて目覚めたという若旦那の変化が感じられる噺だが、そんな若旦那の変身ぶりを描く後半の場面をカットすると、全体の印象もがらりと変わる。
 後半をカットすることにより、最後の舞台となったのが吉原田圃。そこでの売り声の稽古と同時に、吉原に入り浸ったころを思い出した若旦那が、シミジミと過去を懐かしむという名場面となった。
 そのシミジミを盛り上げるのは、若旦那が聴かせる「薄墨」だ。昔馴染みの花魁を懐かしむ若旦那の心情を唄にのせて、馬治師匠が唄ってみせる。師匠自身も気持ち良さそうに唄ってくれるので、若旦那のシミジミとした心情で噺が締めくくられる。
 政談となる騒動部分をカットし、吉原田圃での場面を強調することで、遊び人である若旦那の人間味が伝わり、お約束の勧善懲悪の物語ではない噺として終わることが出来たのだ。

 緞帳が降りて、幕内で三本締め。この音声もしっかり入っていた。落ち着いた一席で、インターネット生配信寄席の千秋楽の主任という大役を見事に果たされた馬治師匠だった。

金原亭馬太郎「手紙無筆」

マギー隆司 奇術

祝 二ツ目昇進 林家彦星 改メ 林家彦三「兵庫船」

古今亭志ん輔「替り目」

林家正楽 紙切り
藤娘(鋏試し) ほうずき市 バレリーナ 招き猫

柳家はん治「妻の旅行」

古今亭菊之丞「棒鱈」

仲入り

ホームラン 漫才

橘家文蔵「夏泥」

のだゆき 音楽

金原亭馬治「唐茄子屋政談」

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