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落語日記 一之輔師匠の独演会の楽しみは、たっぷりのマクラ


第16回 一之輔たっぷり
1月31日 鈴本演芸場 昼の部
一之輔師匠の後援会主催で会員限定の落語会。ここ数年は毎年1月と8月の年2回、鈴本演芸場の余一会を利用して開催されている。昨年の8月の余一会夜の部で開催された会に続けて参加できた。
人気の一之輔師匠なので、独演会のチケット入手が困難となっている状況のなか、唯一毎回通えている会。しかし、昨年の8月の会もコロナ禍の影響で、客席を半数に削減した定員で開催し、チケットは後援会会員でも抽選となった。今年も運よく当選して参加できた。市松模様のように前後左右を空けて着席し、客席数を半減。そんな客席でも満員の人気。

今年に入ってからこの日までで生の落語を聴きに行ったのは、もんすたぁず新春寄席、鈴本演芸場二之席昼の部、そして今回の一之輔たっぷりの3回。やはり例年よりは少ない。そんな3回の落語会や寄席は、奇しくもすべて一之輔師匠の落語を聴く機会となっていた。
人気の一之輔師匠を聴くことができるチャンスが増えたのも、考えてみればコロナ禍の影響が多い。緊急事態宣言の下、数々の落語会が中止を決めるなか、一之輔出演の会は、主催者が感染症対策に力を入れて何とか開催できるよう模索しているように感じる。
前座や出演者に感染者が出て、二之席を途中で休席し、3月下席まで休席を決めている鈴本演芸場ですら、1月の余一会は昼の部を一之輔後援会に会場を貸し、夜の部は自主興行で一之輔独演会を開催したのだ。
こんな状況にあっても、最後まで集客が見込める落語家、席亭や興行主がそう評価している数少ない落語家の一人が一之輔師匠なのだろう。コロナ禍によって、一之輔師匠が落語界最強のキラーコンテンツであることが証明されたようだ。

この日は、昼の部のこの会で3席掛けて、そして夜の部の独演会でも前座代わりに「子ほめ」を掛けたあと、「七段目」と「柳田格之進」を熱演したようなのだ。独演会ならではの、マクラもたっぷり。なんというタフさ、なんという落語体力の高さだろう。
前座や出演者に感染者が続出し、休席に追い込まれた鈴本演芸場二之席は一之輔師匠が主任だったのだ。この芝居の期間中で、高座に最も長い時間居たのがトリの一之輔師匠。主任として人一倍感染症対策に気を使っていただろうが、見事に感染の危機を乗り越えた。なんという強靭さだろう。なんという強運さだろう。
新型コロナウイルスにも打ち勝つという一之輔師匠のタフさや強運さ。その高座を聴けば、アマビエよりも疫病退散にご利益あるかもしれない。

春風亭貫いち「元犬」

春風亭一之輔「唖の釣り」
この後援会主催の落語会ならではのお楽しみが、たっぷりのマクラなのだ。大勢のご贔屓さんを前に、リラックスした様子で思い付くままに語る話が楽しさ満載。なので、この日記も自由奔放なマクラ中心の記述となってしまった。
まずは、感染症対策による興行体制で、楽屋人数を少なくしたため、鈴本演芸場の社長が太鼓や笛の楽器演奏で協力されたという楽屋話。社長が一番太鼓、着到の笛、出囃子の太鼓と見事な演奏を披露する大活躍。さすが、小さい頃から寄席に出入りしていた社長、先代小勝師匠から太鼓の手ほどきを受けたそうだ。楽屋繋がりから、お囃子さんは、恩田えりさん。自分の会ではトレーナーにジーパン姿なのに今日は着物姿、寄席だからという理由をイジる。
そんなお囃子さんたちが弾いてくれた出囃子は、節分近くということで童謡の「豆まき」。「鬼は外、福は内」ということで、鬼の話題。鬼はおかしいという話。
桃太郎と三匹の動物に退治されてしまう鬼、鬼は外という掛け声と豆で逃げ出してしまう鬼、そんなに弱い鬼って何んだ。鬼滅の刃では、鬼は首を切らないと死なないのに。そんな嘆きで会場を沸かす。
この発想が一之輔師匠らしさ。常識とされるもの、当たり前と思ってきたことに新たな視点から光を当て、その不思議さを抉り出す。その常識に潜む不思議さが、観客の共感の笑いを呼ぶ。何気ないマクラからも一之輔師匠の魅力が伝わる瞬間。これがあるから、この会に通い続けるのだ。そして、私は気付いてしまった。角帯が薄い緑系の市松模様であることを。鬼滅の刃の話題は偶然ではない。

寄席のある街、その中でも雑多な人たち老若男女が集う街が上野。一之輔師匠もこの街がお気に入りのようだ。出番までの時間つぶしは、不忍池の周囲を歩くこと。この場所に因んだ噺をやります、と本編へ。マクラで会場が暖まり、高座に対する集中力抜群の客席は、一席目から大盛り上がり。
無邪気だけど、欲望に正直で悪知恵も働く与太郎の行動が楽しい一席。こんな与太郎を一人にして言い訳の猿芝居をさせる七兵衛もそんなに利口ではない。どっちもどっちの可笑しさ感じる一席。

春風亭一之輔「提灯屋」
一席目終演後も高座に残り、引き続き二席目へ。
マクラでは、「唖の釣り」にまつわる話から。先代正蔵師匠の音源があり、晩年なので声が震えているそうだ。聴いたことないが、想像するだけで可笑しい。
鈴本がコロナで休席になって仕事が無くなった期間でのエピソード。三笑亭夢丸師匠とネタ交換しようとなって、落語協会の二階で稽古することになった。稽古当日、協会事務所で怯える夢丸師匠。芸協だけど大丈夫?と心配になったようだ。分裂を繰り返してきた落語協会、ローマ帝国のようという例えが可笑しい。世界史を選択していたのか。落語協会事務所は芸協はOK,立川流と円楽一門会はNGらしい。
協会二階の稽古場でマスクしながらの稽古。マスクして落語をすると、すぐにマスクが臭くなる。飛沫を出しまくるが、マスク内に閉じ込めるので、考えればそうなのだが、一之輔師匠に語られると、不思議と笑える話となる。二席目でも、マクラで飛ばす。
本編は、何度か聴いている得意の噺。長屋の衆のワイガヤ感が楽しい。一人じゃできない悪戯も、みんなでやれば怖くないという心理を見事に表現。虐められている提灯屋が、疑心暗鬼が高じていく様子も可笑しい。この提灯屋はかなりのマゾとみた。

仲入り

春風亭一之輔「明烏」
この会のお楽しみは、大ネタをじっくりと聴かせてくれるトリネタ。前半の滑稽噺で会場を沸かせたあとに、人情噺を聴かせてくれるパターンが多い。さて、この日のトリネタは何だろうと楽しみにしていた。この会では掛けていなかった噺を、そう前置きして本編へ。
この噺は人情噺と呼ぶには少し抵抗がある。うたい文句を付けてみると、江戸情緒が香る男女間の人情と純情青年の成長を題材とした滑稽噺、そんな感じ。
日記を読み返してみると、一之輔師匠の明烏は5年ぶり。前回の高座はほとんど覚えていないので、かなり新鮮。当時の日記には、源兵衛と太助のキャラが描き分けられている印象が書かれていて、今回も同じような印象。二人のキャラがボケとツッコミのような性格の違いをみせていて、若旦那の初登楼の大騒ぎが立体的になる。町内の札付き二人組の描き方は、この噺では肝となるところだと思う。

吉原へ連れてこられたことに気付いた若旦那。悪所、悪の巣窟へ町内の札付きのワルに騙されて連れ込まれてしまった、そんな恐怖の極致にいる若旦那。吉原で働く人たちもみな悪の手先に見えてしまう。おびえた心理状態でいる若旦那が見た遣り手ババア。このババアが、恐ろしい妖怪のようで、まさに地獄からの使者だ。こんな強烈なキャラは以前の高座で観たときは登場しなかった。最近の工夫なのか。
ただでさえ吉原に怯える時次郎を、地獄に突き落とすババア。観客は大爆笑で楽しい場面なのだが、花魁との初めての床入りをする純情青年の恐怖感を、遣り手ババアによって見事に表現。可笑しさと恐れの感情を同時に伝える見事な演出だった。
一之輔師匠が見せてくれたのは、大旦那との場面から始まって、青年時次郎が大人の階段を登っていく姿を札付き二人組の視線を通じて描いていく成長譚。滑稽噺の味付けが濃いが、人情噺と呼んでもおかしくない明烏。

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