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落語日記 真打披露興行で見事に実力を披露してみせた一蔵師匠

鈴本演芸場 9月下席夜の部 真打昇進襲名披露興行 春風亭一蔵主任
9月24日
落語協会では、この秋に三名の新真打が誕生した。春風亭一蔵師匠、市弥改め8代目柳亭小燕枝師匠、小辰改め10代目入船亭扇橋師匠の三人だ。この同期の三人は、それぞれ個性豊かで人気者なのだが、新版三人集という人気の三人会を開催しており、三人揃ってのユニットとしても人気がある。
落語協会の披露興行では、同時昇進したメンバーは自身が主任を取る日のみに出演するのが慣行だったが、今回は新真打三人が、主任以外の日も連日出演する。これはかなり異例なこと。
披露興行は昇進を祝うお祭りであり、寄席や協会は興行が盛りあがるように、人気者がずらりと並ぶ顔付での番組を組む。なので、新真打三人が全日出演するということは、他の人気者の出演する機会が減るということ。と言うことは、今回の披露興行は、新版三人集というユニットを前面に押し出した番組になるということだ。これは、この三人の人気が協会や寄席側も認めているから実現できたこと。また、ネットの記事によると、この全員の連日出演は、三人の希望でもあったそうだ。これは、披露興行を皆で背負っていこうという三人の覚悟と、仲の良さを感じることができるエピソードだ。
この日は、一蔵師匠が主任の出番。一蔵師匠は、大初日に主任を取っているので、鈴本では二回目の主任。二ツ目時代から応援している一蔵師匠の晴れ姿を見たくて、この日を選んで出掛けてきた。
後ろ幕が掲げられ、両袖には贈り物の帯や招木、酒樽が飾られていて、いつもと違って華やかな高座に、祝賀ムードがあふれる客席。ここに居るだけで、お目出度い気分。
 
春風亭一花「子ほめ」
披露興行なので前座は無し、開口一番の二ツ目枠は、主任の妹弟子の一花さん。
開演前のロビーでは、ご主人の馬久さんや仲間と一緒に披露興行のチケットや新真打グッズを販売されていた。マクラではそんなお手伝いのお話から。Tシャツを売れとの一蔵師匠から厳命。主人が売っています。グッズ販売のアピールで会場を沸かせる。露払い役としての仕事をされた一花さん。
 
翁家社中 太神楽曲芸
五階茶碗 土瓶立て カードで包丁
色物も披露興行らしく、古典的で華やかな太神楽から。翁家和助・小花夫妻のコントのうな遣り取りも板についてきた。感心の笑いで盛り上げる。
 
三遊亭圓歌「お父さんのハンディ」
マクラが秀逸。来年で100周年を迎える落語協会は現在、芸協と合併に向けて協議中、えーっ、そんな話は噂でも聞いてないと思っていたら、合併後の名称は「統一協会」と落として爆笑。そんなトボケタ味で、本編も得意の馬鹿々々しい一席。
 
春風亭一朝「目黒のさんま」
ここが、主任を取る新真打の師匠の出演枠なんだろう。いつもの一朝懸命から、本編も普段通り。まずは、路地の七輪で秋刀魚を焼いた思い出話から季節の噺へ。弟子のお披露目の席だからといって気負ったりせず、普段通りなのが心地良い。
 
すず風にゃん子・金魚 漫才
金魚先生の髪飾りは、真打昇進記念バージョンで一蔵師匠が乗っている。記念の手拭いを利用して、三人分を製作されたようだ。この日も吹っ切れた金魚ちゃんが大暴れ。
 
鈴々舎馬風「楽屋外伝」
落語協会最高顧問にして、香盤もトップに君臨する馬風師匠。披露興行の口上には欠かせない存在で、この日もお元気に登場されるとほっと安心。いつもと同じネタを聴けることの嬉しさを感じさせる師匠。
 
柳亭小燕枝「金明竹」
まず、三人集のトップバッターとして小燕枝師匠の登場。客席は、お祝いの盛大な拍手で迎える。今まで拝見した披露興行では、口上まで新真打が登場することがなかったし、主任以外での落語も無かったので、この出番で新真打が登場し盛大な拍手で祝うのは、なかなかに新鮮。
市弥さん時代の高座は、ほとんど聴いたことがなかったので、初見の印象。
「力の一蔵、技の扇橋と呼ばれていますが、私は愛嬌の小燕枝」と、三人の特徴を表す謳い文句で笑わせるが、この一席を聴いて、なるほどと納得。小燕枝師匠の明るさやにこやかな表情が活かされた楽しい金明竹だ。
小僧の松公の間抜けぶりは言うまでもないが、女将もどこか抜けている奇妙さが可笑しい。小燕枝流のひとひねりが効いた一席だった。
 
林家正蔵「松山鏡」
華のある正蔵師匠の登場で、華やかな披露興行の高座が一層盛り上がる。
マクラは先人落語家や諸先輩の話。入って来るだけで楽屋の空気が変わる師匠が、昔は多くいた。少し前なら、小三治師匠と馬風師匠。実名を挙げてのエピソードが楽しい。浅草と上野の客層の違いの話は、鈴本の観客を持ち上げるお世辞だろうが、客席は大喜び。
昔話のような長閑で、笑いどころも少ない噺なので、私はあまり好きではない演目。しかし、この日の正蔵師匠の一席が醸し出す雰囲気が、寄席らしさを感じさせるもので、この日の披露興行の熱気に緩急を付ける良いアクセントになった。
 
江戸家小猫 ものまね
ご自身の五代目猫八襲名を控えている小猫先生。いつみても、切れ味抜群の物真似と、軽妙なトークが楽しい、まさに本寸法と呼びたい色物さん。この日も、私の好きなアルパカをひと鳴き。
 
柳亭市馬「親子酒」
仲入りは、会長自ら登板して盛り上げる。お馴染みの酔って自分ちと言い張る親子の喧嘩の小噺。これが、息子が良い咽を聞かせてひと節唄うという市馬師匠ならではバージョンで楽しませる。本編も、簡潔にした短縮版ながら、骨格だけでも十分可笑しい一席。新真打の前に、ベテランの実力を見せつけた。
 
仲入り
 
真打昇進襲名披露口上
菊之丞(司会)・正蔵・一蔵・一朝・馬風・市馬(客席から見た並び)
幕が上がって、口上のメンバーがずらりと並ぶ様子は、まさに披露興行ならではの光景で、ここで客席の祝賀ムードも一気にヒートアップ。
皆さんの楽しい口上はお約束。一朝師匠の暖かい言葉は、一蔵師匠に染みたことだろう。ここで、馬風師匠のリクエストによって一朝師匠が笛の演奏を披露。これには一蔵師匠も感激の様子。
恒例の馬風ドミノも見せてくれたし、三本締めの音頭も馬風師匠。落語協会の口上には
馬風師匠の存在が必須なのだ。
 
立花家橘之助 浮世節
披露興行の彩りにピッタリな橘之助師匠。最後にかっぽれまで踊ってくれる、大サービス。
 
入船亭扇橋「鈴ヶ森」
三人集の二番手がここで登場。主任の出番ではないので、どこか余裕の表情。ここでも、お祝いの盛大な拍手。新真打の全員が観られるので、観客としては得した気分。
マクラは、三人の仲の話。仲良しの三人と呼ばれているが、たまに喧嘩することがある。と、そこで披露したのが、深夜の赤坂の寿司屋での喧嘩の話。これが、たわいもない喧嘩で、逆に仲の良さが伝わる爆笑のエピソード。
本編は、凝縮された滑稽噺。さすが「技の扇橋」と呼ばれるだけのことはある。細かいクスグリの連続が見事。
聴いていると、ちょっと癖のある独特の口調が、師匠の扇辰師匠に似てきたような気がする。
 
古今亭菊之丞「鍋草履」
膝前が、口上の司会役でも活躍した菊之丞師匠。
噺は、芝居小屋の若い衆が客の注文の鍋を運ぶ途中、観客が鍋に足を突っ込んでしまい、そのまま注文客に鍋を渡す騒動を描いたもの。初めて聴く噺。ネットで調べると、長らく演り手がなかったのを歌丸師が復活させた噺らしい。芸協では掛かっているらしいが、落語協会では、おそらくあまり聴かない。
筋書きはシンプルで笑いどころは少ないが、芝居の風景を描くことで披露興行に華やかさを添えている。
 
林家正楽 紙切り
一蔵師匠を乗せた駆ける若駒(鋏試し) ボートレース 一蔵師匠
一蔵ファンが集まっていることが分かる注文。正楽師匠もご機嫌な様子で、見事な鋏捌き。安定の膝代り。
 
春風亭一蔵「子別れ(下)」
いよいよ新真打の登場。前半から徐々に盛り上げてきた先輩方や仲間のリレーで、観客の期待も上手く盛り上がってきた。しばらく鳴りやまない拍手に、ちょっと照れたような表情の一蔵師匠。
マクラでは、披露興行の感想と感謝の言葉から。ボートレース好きのご自身の博奕の経験談から、飲む打つ買うの三道楽煩悩の話題へと移り、そこから本編という上手い流れ。
この日の子別れは、一蔵師匠の個性を上手く活かした一席だった。主人公の一家、親方、亀、女房この三人ともが、感情を直情的に表現するタイプで、まさに似たもの家族。この三人が、感情表現が豊かで人情家の一蔵師匠そのままなのだ。
 
冒頭は、番頭が親方の住まいを訪ねる場面から始まる。一蔵師匠のこの噺では、番頭がキーマンとなる。噺の後半で判明するが、路上で亀を見かけた番頭が、親方を連れ出して偶然を装って引き合わせるという、番頭の計略による親子の再会だったのだ。
一般的に、番頭と木場に向かう道の途中で、親方が亀と偶然に再会するという筋書きで描かれているので、番頭が仕組んでいたという設定は初聴き。ここは一蔵師匠の独自の工夫か、習ったものなのかは不明。この偶然の親子の再会は、落語の世界では不自然さを感じさせない。しかし、仕組まれたものという筋書きは、ちょっとした驚きがあるが、これはこれで説得力がある。
そして、この仕組まれたことが親方に知れてしまう。それは、亀が番頭を知ってるよと告白することで、ネタばらしされる。また、番頭が偶然を装うために小芝居をする。木場への道すがら、亀の話題を振ったり、元の鞘に収まりたいか訪ねたり、そんな番頭のちょっとした言動がその策略を匂わすという、細かい芸当を見せる。ここは「力の一蔵」だけではない、微妙な感情を表現できる一蔵師匠の芸の細かさを見せてくれたのだ。
とは言っても、力の一蔵的なところも多々あって面白い。亀が喧嘩した相手の親に「夜道には気をつけろ」と言っておけ、と言い放つところは会場も爆笑。
 
家に帰った場面では、親方に貰った小遣いがバレた亀と母親の葛藤が、これもなかなかに迫力ある場面。本当にゲンノウで殴りかからんばかりの迫力のある母親。必死に我慢する亀。ここでも、感情の爆発を見せてくれた。
そんな切っ掛けで生まれた鰻屋の二階の夫婦再会の場面。元の鞘に収まることが分かっている、ご存じの名場面。一蔵師匠は、どのように描いて見せてくれるのか。一蔵師匠の型では、ここに番頭はいない、家族のみだ。
強がっている親方が見せるのは、久々に再会した女房に合わす顔が無いという感情、会えたことの嬉しさの感情、そしてそんな感情を上手く伝えられない照れ臭さが入り混じった複雑な表情だ。
中でも、照れ臭さが勝っているようで、これは一蔵師匠が、この場面の親方を演じることの照れ臭さにも通じるように感じた。そんなときは、ボケて笑いを取って照れ隠しする。ここで亀が、鰻を早く食べないと自分が食べると陽気にボケたのは、まさに照れ隠しか。しんみりとしている親方が亀に、空気を読めの一言。これも、シリアスな場面が照れくさい一蔵師匠が効かせたクスグリ、なのかもしれない。
 
そんな照れ臭さを乗り越えて、いよいよ親方から二度目のプロポーズだ。ここでの二人の会話も、なかなか聴かせどころ。この女房は、かなり激情的な性格で、大人しく三つ指ついて受け入れるタイプではない。これに対する親方も「自分は謝らない」と言ったセリフが印象的。これは、言葉を飾って言いつくろってみせるより、今の更正した自分の姿を見て判断して欲しい、という意味が込められていると感じた。それを受けて、女房も過去を責めることより、酒を断って仕事に精を出す様子に、亭主が立ち直ったことを確信して、元の鞘に収まることを決心したのだろう。
二人の会話の終盤は、静かな中に夫婦の感情が通じ合ったことを伝えてくれる名場面だった。
実生活でも父親である一蔵師匠。家族の再生の噺で、真打としての実力を披露してくれた一席だった。

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