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落語日記 若手真打を競わせることによって熱演を引き出した志ん輔師匠

浅草演芸ホール 10月余一会 昼の部
「僕らはみんな生きている~足掻く若手落語家の記録である~」
10月31日
浅草演芸ホールの10月の余一会は、毎年、志ん輔師匠プロデュースで浅草三昧と称して、昼の部は若手のコンテスト形式の落語会を開催してきた。今までは二ツ目が競うコンテストだったのだが、今年は模様替えして、若手真打が競う会となった。
出場者は、香盤順で金原亭馬治師匠、柳家さん助師匠、台所おさん師匠、柳家小八師匠という四人。志ん輔師匠セレクト、選ばれし精鋭だ。そして、この四人は、同時期に前座を共にした修行仲間でもある。
台所おさん師匠以外は、二ツ目時代から追いかけていた好きな落語家さんたち。台所おさん師匠は聴く機会が少なかったが、今回、久しぶりに聴いて、その豊かな個性と面白さにビックリ。おさん師匠の才能、おみそれいたしました。

サブタイトルで「足掻く若手落語家」と謳われているのは、この四人のこと。これは志ん輔師匠から見た四人の評価だろう。
漫画の描写で、全力疾走するときの下半身の動きが、ぐるぐる回る円となって描かれることがある。「足掻く」と言うのは、ちょうど、このぐるぐる回る円の様な状態。なかには、足をぐるぐる回さないでぴゅーっと行ってしまう人もいるが、この四人は、今は足を全力でぐるぐる回している状態。いずれ、びゅーっと飛び出していく。志ん輔師匠は、冒頭の挨拶で四人を紹介するときにこう語っていた。
志ん輔流の評価、なかなか言い得て妙な表現。真打昇進後の数年を、落語と真摯に向き合い、試行錯誤、悪戦苦闘しながら精進を重ねている四人といったところだろうか。この会のタイトル「僕らはみんな生きている」は、厳しい落語家生活を頑張って生き抜いている面々、そんな意味合いを表現したものだろう。
そうは言っても、この四人は皆、既に寄席で主任を務めている。寄席のトリの椅子取り競争という、厳しい闘いを勝ち抜いている四人なのだ。同世代の中ではトップランナーと呼んでもよいくらいで、同世代の先頭集団の位置にいる四人であることは間違いない。そんな四人が個性をぶつけ合って、賞品賞金を目指して落語で競い合う。楽しい企画を考えてくれた志ん輔師匠に感謝だ。

審査員は以下の四人の皆さん。中村真規氏(演芸プロデューサー・寄席文字 橘右橘)、和田尚久氏(放送作家)、佐藤友美氏(東京かわら版編集長)、青木政信氏(アマチュア演芸家代表・青源味噌株式会社代表取締役)。
また、入場時に出演者全員の名前と評価の欄が書かれた投票用紙が配られ、観客の投票も審査の一役を担っているようだ。笑い声で応援しようと、客席には馬治ファンがちらほらと見える。
まずは、出演者の紹介で全員が登場して、じゃんけんで出演順を決めた。このコンテストにおいては、出演順は大変に重要。今回は、出演者の間に色物の芸人さんが挟まれ、全体としては長い時間となる。時間が長くなれば、前半の演者の印象が薄れ、後半、特に最後の出番の方がより印象が残ると思われる。審査するうえでも、比べる基準のない一番手は不利だと言われている。じゃんけんの結果、下記のとおりの順番となった。

まず、一番手のおさん師匠が登場。まだ、コンテスト形式の寄席に慣れない雰囲気の客席を前に、ご自身もとまどっている様子が正直で可笑しい。地と芸の境が分からないような芸風。可笑しさの源泉はおさん師匠自身のキャラから来ているようだ。そのキャラが、本編「粗忽長屋」の登場人物にピッタリ。
まさに、リアルな粗忽者がそこに存在している。粗忽者の思考回路の不思議さをぶっ飛ばし、こんな粗忽者の存在に疑問を挟ませないという粗忽長屋。トップバッターから強烈な一席。審査は難しい。

二番手は、馬治師匠。前座修行仲間の四人なので、楽屋では昔話に花が咲いているそうだ。そんな楽屋の雰囲気を引きずるように、珍しく長めのマクラ。前座時代に楽屋を脱走したエピソードが楽しい。
本編は、十八番の「棒鱈」。この日は酔っ払いぶりに拍車をかけて、十二カ月も六月まで披露するサービス。浅草のお客さんにも弾けた馬治師匠を受け入れてもらっているようで、ファンとしてはほっとひと安心。

三番手は、さん助師匠。演目は、さん助師匠では初めて聴く「雛鍔」。のんびりしたいつものマクラから本編へ。
さん助師匠の雛鍔は、熊さんと番頭さんの会話はシンプルにして、熊さん親子の会話に重点を置いたもの。特に、生意気ながらもどこか憎めない金坊の可愛さは秀逸。この熊さん親子が番頭に見せる茶番の破壊力は抜群。若様と三太夫との会話を再現してみせるのだが、わざとらしさ満々の素人芝居に客席も爆笑。いつもと変わらず、飄々とした一席を披露したさん助師匠だった。

さて、トリは小八師匠。相変わらずの美声と、久しぶりの拝見で感じた貫禄。自信にあふれた高座だったように感じ、聴き惚れてしまった。
マクラは、最近亡くなった小三治師匠の思い出話。先の師匠である喜多八師匠に続いて、現師匠とも別れを経験した小八師匠。辛い経験もマクラの材料として活かしている。この小三治師匠の思い出が楽しいもの。マイクテストで何気に道灌を語り始めると、舞台にいた小三治師匠から何度もダメ出しを喰らう。ダメの理由が分からず、OKの理由も不明。短い期間だったが、師弟でしか感じ取れない時間の共有は、小八師匠の宝物なのだろう。このマクラで客席をがっちりつかみ、本編は「紺屋高尾」。
トリの出番なので、トリネタを掛けた小八師匠の作戦。しかし、持ち時間は同じだし、マクラもきっちりと語っていたので、噺に入ったときはちょっとびっくり。しかし、前半を端折って要素は残す形で短縮版へ上手く再構成。それを、美声と貫録で語ってくれた小八師匠。聴き終わった直後、こりゃあ小八師匠が全部持っていったなあと思った。そして結果は、予想通り、小八師匠が優勝。

企画の志ん輔師匠も、自ら「疝気の虫」と「二番煎じ」を披露。馬鹿馬鹿しいファンタジーな一席と、江戸の冬景色をしみじみと感じさせる一席。コンテストというお祭りの中で、寄席本来の余韻を残す芸を聴かせてくれた志ん輔師匠だった。
最後は、出演者と審査員が全員再登場。運命の結果発表、と言うことで小八師匠の優勝が発表され、会場も納得の雰囲気。2位以下は得票数のみ発表となったが、四人とも僅差だった。確かに、個性豊かな四人の高座は甲乙つけがたかった。でも、トリのポジションを引き当てた強運と、そのポジションに当たったときに備えてコンパクト版に再構成した人情噺を用意していた作戦勝ちの小八師匠だったと思う。どんな賞でも、やはり狙っていかないと取れないと、改めて実感。
志ん輔師匠の選抜に見事に応えた四人。異なる芸風で、個性の競演をみせてくれた四人。そして、四人にとっても、かなりの刺激になったであろう企画。楽しい余一会だった。

三遊亭ごはんつぶ「牛ほめ」前座

挨拶・優勝賞品、出演者と審査員の紹介・順番決め 司会 古今亭志ん輔

古今亭志ん輔「小噺」
はとバス団体客入場までの繋ぎ。

台所おさん「粗忽長屋」

のだゆき 音楽パフォ-マンス

金原亭馬治「棒鱈」

林家楽一 紙切り
横綱の土俵入り・藤娘・ハロウィン・酉の市
黒い紙を使っていた。白い紙が当たり前だと思っていたので、ちょっとビックリ。

柳家さん助「雛鍔」

翁家和助 太神楽曲芸

柳家小八「紺屋高尾」

古今亭志ん輔「疝気の虫」
前座さんが客席を周って投票用紙を回収。

仲入り

古今亭志ん輔「二番煎じ」
予定されていた浪曲の真山隼人さんは怪我のため休演なので、志ん輔師匠自らが代演を務める。

結果発表・表彰式・合評

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