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落語日記 席亭が悩みながらも再開を果たした地域落語会

第30回こぶし寄席 入船亭扇蔵・金原亭馬治二人会
5月21日 所沢市 若松町会館
落語仲間の友人が主催している地域落語会。会場は地域の公民館。コロナ禍によって中止を余儀なくされて以来、この日まで開催できなかったのが、二年半ぶりにやっと再開することが出来た。加えて、この回がなんと第30回という節目となる記念の回。なんとも嬉しい再開の会。
これまで「継続は力なり」を実践されている友人の席亭を私たち落語仲間は尊敬しているし、その人柄にも魅かれてこの会に通っている。
 
この席亭はエッセンシャルワーカーでもあり、コロナ禍にあっては仕事柄、感染リスクへ人一倍に注意を払いながら仕事をされてきた。前回の開催時も、地域の皆さんへ楽しい時間を提供したいという強い思いと、人が集まるイベントでの感染リスクの狭間にあって、悩みながらも考え抜いた対策を講じて開催された。
そんな姿を落語仲間は見てきているので、終息とは言えないまでも、状況が好転している中で、再び地域落語会を開催できるようになったことは、落語仲間としても本当に嬉しく喜ばしい。それでも今回の開催を決断するまでには、まだまだ悩まれていたはずだ。なので、そんな席亭が下した再開の決断には、大いに敬意を表したいと思う。当たり前の日常が奪われていたコロナ禍。中止期間が長かっただけに、そんな時期を過ぎたことを実感できる落語会となった。
ライブの落語と普通に触れられる日常が戻ってきた嬉しさ、客席に見知った落語仲間がいる景色の暖かさ、そんなことをしみじみと噛みしめながら客席に居た。
 
席亭がこの記念の回の出演者として顔付けされたのが、入船亭扇蔵師匠と金原亭馬治師匠のお二人。初期の頃からこぶし寄席を牽引してきた扇蔵師匠と、扇蔵師匠の同期で仲の良い馬治師匠とのコンビによる会は、今回が四回目となる。
席亭からの信頼も厚く、地域の人達にもお馴染みとなってきたお二人。こぶし寄席を再開するときは、是非お二人の会でと決めていたそうだ。私もこのこぶし寄席がご縁で扇蔵ファンになったし、馬治師匠がレギュラー出演陣に加わることは馬治贔屓としては嬉しい限り。
久しぶりに会場に訪れると、周囲の状況が大きく様変わりしていてビックリ。道路が綺麗になり、裏の空き地には新築の住宅が建ち並んでいて、すっかり住宅街に変わっている。この休止していた時間の長さは、振り返れば短かったようでもあるが、周囲が様変わりするくらいの長い月日でもあったことを実感。コロナ禍が止めていた時間、再開までの二年半、やっぱり長かった。
 
金原亭馬治「子ほめ」
当日の番組は、出演者二人が話し合って決めたようだ。今までの二人会では扇蔵師匠が主任の出番だったので、今回は馬治師匠が初めて主任を務める。
マクラは、馬治師匠の地域落語会での定番のもの。5月21日の観客を大切にしなさいという師匠の教え、なんと偶然にも今日がその日。今までに何度も聴いてきた定番のネタ、喜ぶ客席の反応は、このネタを聴くときのささやかな楽しみなのだ。そんなマクラでツカミはOKだ。
本編は、開口一番らしく、軽妙な前座噺。馬治師匠の子ほめは、主役がちょいワル男。お世辞が言えない、礼儀知らずかつ皮肉屋な男なのだ。このちょっと悪人な主役の振る舞いが失礼千万。親しき中にも礼儀ありを無くすとこんな風になるという見本。馬治師匠のちょい悪ぶり全開で、落語ならではの、もしも礼儀知らずが赤ん坊を褒めに行ったら、を実演して見せてくれた。
 
入船亭扇蔵「試し酒」
客席に語り掛けるような、長いマクラから始めた扇蔵師匠。久々のこぶし寄席の高座でご自身にも感慨深いものがあったような雰囲気で、挨拶のような丁寧で長いマクラだ。
笑いが悪疫から身を守る免疫力をアップさせる、可笑しくなくても笑ってくださいと話し、まだ完全にはコロナ禍から抜け出していないことを感じさせる。
本編に繋がる酔っ払い親子の喧嘩の小噺も丁寧に。落語家は酒飲みが多いという話から寄席の出番15分、その後の飲み会8時間という笑い話は、まんざら作り話でもないような気がする。そんな酒飲み話のマクラから、本編は、酔っ払いぶりが見事な一席。
主人のお供で大店を訪れた下男の大酒飲みの男。山出しの田舎者ゆえの純朴ながら、遠慮しらず。登場人物は、この下男の他は大店の主人が二人。大店の店先で三人の会話のみによって進行する噺。素面の主人たちと、徐々に酔っ払っていく下男の表情の描き別けが上手くないと面白くない噺なのだ。下男の飲みっぷりと共に、商家の主人二人の描き別けが見事であり、じんわりと可笑しい一席だった。
 
仲入り
 
入船亭扇蔵「茄子娘」
後半の一席目は、扇蔵師匠が入船亭所縁の演目を掛けてくれた。入船亭一門以外ではあまり聴けない噺だ。
大師匠にあたる先代扇橋師の十八番とも呼ばれている噺。戒律に厳しい禅寺の住職が、五戒のひとつ邪淫戒を破ってしまう。修行を積んだ高僧ですら、人間が持つ欲望には逆らえないことを描いた噺だ。しかし、この噺では、そんな高僧を嘲り笑うというより、それが人間なんだと欲望を肯定する落語の暖かい視線を感じる演目だと思う。
扇蔵師匠のマクラでは、仏教における五戒の意味を丁寧に解説。この五戒の意味をもっともらしく語るのが茄子娘のマクラとしての定番らしい。考えてみると、落語の噺は五戒を保ったものは皆無と言っていい。そんな落語で、もっともらしく五戒を説くのだから面白い。
この邪淫戒を破る場面も、宮戸川と同様に肝心の描写は省略される。観客の想像にお任せします、これが具体的に語るよりも状況を印象付けるのだ。そして面白いのが、茄子の精との間に子供が出来るという筋書きがファンタジーであるところ。五戒を破ってファンタジーとする、なんとも不思議な噺なのだ。
扇蔵師匠は、この噺を大師匠の扇橋師から直に習ったそうだ。私世代ではまだまだ記憶に残っている先代扇橋師。飄々とした語り口が可笑しい名人だった。その系譜とともに入船亭の噺も見事に引き継いでいる扇蔵師匠。この噺を大切にされていることが伝わる一席だった。
ちなみに、扇蔵師匠の本名は橋本典明、先代扇橋師の本名は橋本光永というご縁もあるのだ。
 
金原亭馬治「文七元結」
主任を任された馬治師匠。マクラでは、自分の唯一の趣味は競馬です、と語り始める。
競馬のメインレースは、通常は3時40分ころにスタートする。昼の部の主任興行なら高座の真っ最中の時間。この日も、ちょうど同じ時間。当然、今日も馬券を買っているので、結果が気になっている。なので、高座が終わったあとに楽屋でゆっくり結果を観るのが楽しみ。馬治師匠らしい話。
そんな博奕の話のマクラだったので、演目は何だろうと思っていると、文七が始まったのでビックリ。先日の鈴本5月中席の主任興行でも掛けている。冬の噺という印象のある文七だが、長兵衛親方が寒さに震える描写を強調しなければ、この時季でもおかしくない。この文七も馬治師匠の十八番と呼べる噺。こぶし寄席再開の記念の回を締めくくるに相応しい大ネタを持ってきた。
博奕にのめり込んで人生を狂わせた長兵衛親方を、競馬好きな馬治師匠が描く。博奕の恐ろしさを分かったうえで、趣味の域に留まっている馬治師匠は、博奕で破滅に向かっている長兵衛親方に対して暖かな視線を向ける。
他人の死に目に会うという気持ち悪さを避けたいがため、善人というよりも、決断が早く気風がいいという江戸っ子気質によって五十両を文七に渡す。まさに、馬治師匠はそう描いているし、ここが、この噺の肝だと思う。
長兵衛親方を取り巻く人達も、みな一様に心地良い。佐野槌の女将、鼈甲問屋の近江屋卯兵衛と番頭、みな淡々としていて大人な姿勢が清々しい。
そんなお目出度い人情噺で、こぶし寄席の再開を祝った馬治師匠だった。
 
下げの後、扇蔵師匠も登場して、二人で大喜利を始める。第30回を記念しての謎掛け大会だ。客席からお題を頂戴して、お題を出した人に手拭いを進呈。こぶし寄席や席亭もお題にして、ヨイショも忘れない落語家らしさを見せたお二人。大いに盛り上がってお開き。まずもって、お目出度い再開の会となった。

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