毛玉

私が困難の中から脱出し、ひとり立ちし、幸せになるまでの記録。

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最近の記事

干潟に立てた尼寺

孤独に関する話を書いたが、他にも最近いろいろと思うところが続き、まずはツイッター(X)をすこし離れてみることにした。がっぷり四つだったのを、電柱の影からジトォ、くらいの距離感に。 友人と思っている人たちがそこには多くいるので繋がりを断つのも寂しく、アカウントを削除する事はできないだろうが、スマホからアプリを削除。イーロン、しばしの別れだ、達者でな。 匿名SNSは浅く広く人付き合いをしたい、八方美人の私にとっては最適のツールである。怖い人や優しくない人はブロックやミュートす

    • 孤独とのつきあい方

      自分は孤独への耐性が人よりも強い方だ(と思っている)。 というか、孤独もそりゃ辛いのだが一人でやれる活動が好きなので退屈する暇はないし、日常的に人と関わっていなければならない方がもっとしんどい。自分のだらしなさや協調性のなさを嫌でも眼前に突きつけられるからだろうか、ずっと人の中にいると息苦しく、自分の形がふわふわと見えなくなってしまう気がするのだ。 この地で孤独に暮らす外国人の女、というレッテルの私は人々から見ると心配と憐れみの対象だ。私にも友人がいるということを知って、人

      • 2年前の日記をめくる

        三日坊主ゆえ日記というものを続けられたためしがないのだが、2022年の年始も日記を書いていたらしい。(最初の数ページだけ記入されたほぼ未使用のノートが何冊もある)ふとノートが出てきたのでめくってみた。 あのころはまだ5人で暮らしていたのだが、すでに夫婦関係は壊れていたので離婚に備えようとしたのだろう、出来事の記録や、自分自身をどうすればよく保てるかのヒント、そういうことがいろいろと書き連ねてあり、まあ不憫であった。我が事ながら同情する。 2022年1月の私よ、今でもまだ3

        • 回想

          若かったころ、私は根拠のない自信に溢れていた。傲慢で自信過剰で人生を舐めていたようにも思う。それが日本を離れて「何者でもない自分」になり、社会と断絶し子育てに必死になった。唯一頼れるはずの夫は人生のパートナーではなく「一人の天才」だった。彼にとって私はパートナーではなくただの愛玩の対象であり、自分を称賛してくれる理解者であり、住み込みの家政婦だった。本物の天才の隣にいる私はそれを誇らしく思いながらも日に日に萎れて陰の中にいるただの飾りになっていった。 数年が経ち、何か間違っ

        干潟に立てた尼寺

          人生いろいろ、てんやわんや

          こんにちは。毛玉です。 思春期をこじらせたまま大人になったような私、食欲と直感だけを頼りに生きてきたはいいがここに来て難題発生。 正直、怖くて逃げ出しちゃいたいけど猫2匹と子供3人にひもじい思いや心細い思いをさせるわけにもいかないのでなんとか戦っていく記録をつけようと思い立ちました。自分の精神も体力もいっぱいいっぱいだし、まだ書けないこともたくさんあるので「肝心のそこをボカすなよ」と思われるかもしれませんが、自分自身のことは正直に書いていこうと思うので、暖かく見守ってくれた

          人生いろいろ、てんやわんや