見出し画像

シェアハウスの生ける屍として過ごした話

「今日は何して過ごそうか。一日が長いな・・・」

 4月某日、僕は東京はひばりが丘*1にあるニート株式会社のシェアハウスの天井のシミを眺めていました。

 自殺衝動やら診断書やらのすったもんだを経て仕事を休職し、先輩取締役*2のコケシさんにシェアハウス入居を打診し、ご快諾いただけたのが3月末頃。診断書をもらったその日のうちに現地(片道2.5時間かかる)に赴いて事情を話したところ、たまたま空き部屋があったのです。
 さらりと書いてはいますが、診断書を書かれるほどの精神状態の人間が、神奈川の片隅から東京の僻地にまで移動できるほどの加速を発揮し、部屋にたまたま空きがあったという幸運が重なって得た結果でした。追い詰められた人間の勢いというのは予想がつかないものですね。
 希望して即入居が決まるのが通常の不動産手続き上まずあり得ないし、そもそもニート株式会社などという胡乱極まる組織に籍と知己があるのも相当頭がイカれています*3。
 家にも会社にも居たくないと思って衝動的にシェアハウスに避難してきましたが、実は相当なウルトラCを決めていたのです。

 誰かが遊びに来たり、スーパーで買ってきた肉で突発的に焼肉パーティーが発生したり(勢いだけで始めるので油跳ねがすごい)することはありますが、基本的に生活は虚無に満ちています。
 何かをシェアすることで人間は低コストで豊かな生活を送ることができますが、逆に言うとシェアしなければ人権のある居住空間が得られない人間の集まる場所がシェアハウスです。つまりシェアハウスは福祉。
 コンセプトがあったり意識高い人たちが集まるところもあるのかもしれませんが、ニー株シェアハウスは基本的に食い詰め者の溜まり場であり、シリアルを食べる人間が貴族扱いされる空間です。
 基本的にニート気質の人しか集まらない上、折しも新型コロナウイルスが猛威を振るっているタイミングだったので、普段から引きこもりがちな住人たちがますます引きこもらざるを得ず、そこに精神がぶっ壊れた僕が加わりますます虚無が加速。日一日と時間を空費しておりました。活動的な人間がいないのでトラブルが発生しなかったのが幸いでしたね。

 当時の僕の一日のタイムスケジュールを書き出してみます。

 7:00 起床、洗面、朝食
    (冷凍野菜を炒めるだけ)
 8:00 二度寝
 10:00 起床。やることがないのでTwitterを眺める
 12:00 買い出し、昼食
 13:00 やることがないので布団でTwitterを眺める
 15:00 散歩に出かける
 16:00 やることがないので布団でTwitterを眺める
 18:00 夕食(シリアル)
 19:00 やることがないので布団でTwitterを眺める
 21:00 入浴
 22:00 就寝

 ほとんどごはんと散歩とTwitterしかしてません。
 シェアハウス内には本や漫画がそこそこあるので時折手に取って読み始めるものの、いわゆる「文字が滑る」状態でちっとも頭に入ってこない。ダイの大冒険てこんなに戦闘中の独白が多い漫画だったっけ?っていうくらいしか覚えてません。
 Twitterを眺めるにしても、きちんと読んでいる状態ではなく川の流れをボケーっと見つめているようなもので内容は把握できていません。暇を埋めるために流れる文字からの無機質な刺激を淡々と受ける毎日。社会から隔絶され義務から開放された反動から来る空白の永々無窮。
 手帳に記録していた当時の様子を振り返るに、無気力・無関心・無感動な毎日を過ごしていたようです。

 曲がりなりにも今まで仕事に通っていた時間がいきなり空白になり持て余していた様子がうかがえます。いきなり時間をポンと渡されても自分は対応ができなかったようですね。創造的な時間の使い方はいまだによくわかりません。単に無趣味なのかもしれません。

 やらなければいけないことは食事・洗濯・服薬くらいしか本当にありませんでした。

 むしろ基本的な生活習慣をこなすだけの気力があっただけ幸いなのかもしれません。本当に鬱のどん底にいる人はトイレに行くにも難儀するそうですから。

 虚無だ虚無だと言っててシェアハウスメンバーとは話さなかったのかとも思いそうですが、ニー株シェアハウスは住民ごとに個室が割り当てられておりまして、日中は各々好きなように過ごしております。その関係で、顔を合わす機会は実はそんなになかったりします。
 食事時にたまたま顔を合わせるか、なんとなく居間に顔を出してみたら誰かいたくらいのものです。それくらいの会話頻度でも僕には十分でした。刺激もない日々を送り、口が重い僕にシェアハウスメンバーはよくしてくださったと思います。
 彼らもテンションは個人差があるものの、虚無な毎日*4を過ごしているという点では一致しており、少なからず共感を寄せてくれていたのかもしれません。その節はお世話になりました。

 Zoomのオンライン飲み会も試してみましたが、ほかの人は自分の趣味がはかどっているなどの話を聞く中で、無である自分はそもそも話すことがありません。もともと重たい口がさらに口幅ったくなり、次第にROM専に。
 話したいんだけど口が動かない状態なんですね。新しいコミュニケーションの形についていけない管理職みたいな気持ちになりました。

 こんな感じで無為徒食の毎日を過ごしておりましたが何事にも必ず終わりは来ます。一ヶ月過ごしましたが、ここにいても未来はない。そう判断したので実家に戻る方向に舵を切りました。
 確かにシェアハウスにいれば生命が脅かされることもないし責任を追及されることもないでしょう。しかし休職してても会社とは連絡をしなくてはなりませんし、精神科への通院もしなくてはなりません。
 実家に居てもそれはそれで目につく問題はありますが、安全だが刺激もないシェアハウスでこのままその日暮らしを続けるのと、気後れするけど実家に戻って今後の生活に向けた訓練をするのとどちらが良いかを秤にかけると、実家に帰るほうに傾きました。
 自分の人生を今後どうするかはいずれは向き合わなければなりません。時間の問題です。なら早いうちに実家に戻ったほうがいいだろうと考え、シェアハウスからの退去を申し入れました。

 たった一ヶ月間だったけれど、仕事場でも家でもない場所に身を置いて、何もない時間を過ごすことで、自分を見つめなおす時間が作れました。シェアハウス住民各位には重ねてお礼申し上げます。

 世界の合言葉は、ニャオス。




*1 埼玉県新座市に隣接している。ほぼ埼玉みたいな場所。
*2 ニート株式会社は社員全員が取締役である。取締役しかいないので給料という概念が存在しない。
*3 ニー株取締役の大体は自社をコキおろしているが、雀士が麻雀をクソゲーと罵るようなニュアンスである。
*4 トイレにひたすら遊戯王カードや不穏なワードを貼り付けたりする遊びを繰り返している。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?