ノーライフキングとしての真祖
不死。人類が求め続けてきた夢の一つだ。
ノーライフキングとは、直訳するならば「不死者たち、つまりアンデッドたちの王」という意味になる。
アンデッド【死に損ない】には、有名なところでハイチのブードゥー教におけるゾンビ、アラビアの砂漠を彷徨い墓所を暴いては死体を貪るグール、中国の食人鬼キョンシー、エジプトのマミー、スカンジナビア半島の伝承に登場するワイトである。
これらにはいずれも共通の特徴がある。それは、なんらかの論理宗教によって「他人にある程度操られる」ことだ。
ノーライフキングはここが決定的に違う。ノーライフキングは「自分の意志で」アンデッドになったものたちであり、こちらの代表は言わずと知れたヴァンパイア、ヨーロッパの首なし騎士デュラハン、最高の奥義を極めた魔術師や聖職者が最後に行き着くリッチーなどがある。
さて、今回問題としたいのは「真祖」と呼ばれる存在だ。
ヴァンパイアに襲われ、噛まれたものはヴァンパイアになる。すでに死んだ死体であるヴァンパイアが爆発的に個体数を増やす理由はこれである。一度始まった吸血鬼禍はほとんど手が付けられない。人間が使う魔術の大半を無効化し、その虚な魂や強靭な肉体は精神及び物理攻撃を受け付けず、病気にかからず、傷は超速回復する、霧や狼や蝙蝠の大群に変化する事ができ、その上自動車を素手で引き裂くほどの怪力を備えた怪物である。
だが、弱点は多い。
まず日光。もろに浴びれば一瞬で灰の塊になる。流れる水は越えられず、心臓にバラの根で作られた杭を打ち込まれると滅びる。キリスト教のロザリオかどうかは無関係に十字状の物体について極度の恐怖を抱き動けなくなる、触れると火傷する。ニンニクなどの香草が苦手で、聖水で火傷し、聖書の音読を聴くと苦しみ、聖書のページに囲まれると踏み越える事ができず、鏡には映らない為正体を見破るのは容易い。招き入れられなければ他人の家に侵入することはできないし、銀の弾丸を撃ち込まれたり、燃やされたり、首を切り落とされれば動けなくなり無効化される。その上、眠る時はヴァンパイアとして生まれた場所の土の上で眠らなければ力が衰えていく。なにより、親ヴァンパイアが倒されれば子ヴァンパイアは消滅する。
ヴァンパイアはヴァンパイアに噛まれて増殖する。では最初の一人は?
それこそ「真祖」や「親知らず」と呼ばれるヴァンパイアである。彼は他のヴァンパイアによってヴァンパイアになったのではなく、「血液に選ばれて」ヴァンパイアになったのである。
ヴァンパイアを選ぶのは「血液」である。というかヴァンパイアの本質は血液なのである。それは魂の通貨と呼ばれ、血を吸われた人間がヴァンパイアになった時、親ヴァンパイアに服従するのはこの為である。
理不尽な死、受け入れがたいほど不幸な運命、理不尽極まる宿命、社会がもたらす極大の絶望が血を呼び寄せ、それを苦渋の末受け入れた時、人は真祖たるヴァンパイアとなるのだ。
真祖に弱点はない。太陽は嫌いなだけで出歩いても灰になることはなく、十字架やニンニクも効かない。水も渡る事ができ、傷は負うがかたっぱしから回復する。血液を吸う衝動があるが、無くても特に問題は生じない。
歴史上、吸血鬼禍は幾度か派生しているが、どういうわけかその地域の人口過剰の時期に一致する。そして吸血鬼禍が過ぎ去った後、人口は適正なレベルまで減少していたようだ。そして真祖が倒された記録はたった一度しかない。
現代では、吸血鬼禍は真祖より始まり、真祖を残して収束する、という考え方が主流だ。
このことから、ヴァンパイアはモンスターではなく、必要以上に増えすぎた人間を刈り取る農夫としての役割を果たしており、つまり神の農夫=死神なのではないか、という意見まである。
しかし、その存在がたとえ神の意思であろうとも、人々は全力で抗ってきた。真祖を葬った唯一の記録、ドラキュラの退治。それはまさに人の限界を越え、運命を踏み越えた結果として、最強最古と呼ばれた真祖をついに朝日の元に葬ったのである。
彼らのリーダーの名はヴァン・ヘルシング。偉大なる大英帝国の医学教授である。その業績と記録は永遠に語り継がれる価値がある。
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