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伝える方法はいくらでもあるのに…

今日は宗教勧誘と障害者の話。つい最近体験したモヤモヤを書きたいと思います。
こんにちは!くつばこ+のせんです。
最近妹が、私の好きそうな本を紹介してくれました。それ自体は嬉しかったのですが、「課題!課題!課題!」の時に熱弁されても困るのです。"姉さん今忙しいオーラ"を出しましたが、届きませんでした。(何となく記憶に残っている情報をかき集めると面白そうなので、今度読もうと思います)

☆初めての断り方

つい最近大学に行く途中で宗教の勧誘をされて、初めて「私、耳が聞こえません」という断り方をしました。今までこの断り方をしたことはなかったのですが、前にたくくんがnoteに「耳が聞こえないことで役に立つこと」として書いていたので、やってみるかと思い実践。そしたら案の定「ごめんなさい‥」と言って去っていきました。(はっきりとは聞き取れなかったけどたぶんそんな感じ)
勧誘を断れたのは良かったのですが……思いのほかモヤモヤが残りました。

☆勧誘したいなら筆談に切り替えて勧誘してよ!

道端で宗教の勧誘をされたら、ほとんどの人は素通りしますよね。勧誘している人も、それはわかっててやってるんじゃないかなと思います。ならば、一人でも何かしらの反応をしてくれたら、勧誘して興味を持ってもらいたいと思いますよね。せっかく「私は耳が聞こえません」と反応を得たのだから、「じゃあ書きますね!」となってもいいのでは?と思ったわけです。

☆私たちだって答えられる!

正直なところ宗教の勧誘は困りますが、このようなことが起こるのは宗教の勧誘だけではなく、

・駅までの道を聞きたい
・この電車が〇〇駅に止まるか知りたい

など、私たち聴覚障害者でも答えられる質問(というか、答えられるかどうかは聴覚障害の有無に関係しない質問)はたくさんあります。筆談やスマホに打ち込む方法に切り替えてくれたら今ここで解決できるのに、聞こえないとわかった途端に別の人に聞こうと去ってしまう。しかも「ごめんなさい」を添えて。どうしてごめんなさい?私たちに対して何が悪いと思ったの?と聞きたくなります。この「ごめんなさい」が「(音声で話しかけて)ごめんなさい(筆談にしますね)」という意味を含んだ「ごめんなさい」になるにはどうしたらよいのでしょうか……。

☆他の障害者に対してはどうなのか?

ここでひとつ疑問が。聴覚障害は周りからわかりにくいので、話しかけて初めて“聞こえない“と知ることが多いと思います。では白杖を持っている視覚障害者や車椅子ユーザーなど、声をかけなくても障害がわかる人たちには宗教勧誘や道・電車などで声をかけるのでしょうか?目で見て障害者とわかったら、最初から声をかけない人が多いのでしょうか?
個人的な思いとしては、内容はともかく、他の人と変わらず視覚障害者・車椅子ユーザーにも話しかけていてほしいなと思います。
(書きながらふと、聴覚障害の場合、「聞こえない=コミュニケーションが取れない」と思われているから離れてしまうのか?とも思いました。こう考えると音声でのコミュニケーションが取れる視覚障害者・車椅子ユーザーには声がかかるのかな……)

なんにせよ、「話しかけたのだから伝えたいことは伝えてほしい」そう強く思った出来事でした。

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