1.血を授かるとき(2/2)
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2/2
* * *
日与は眼を覚ました。
ガムテープを全身に巻き付けられて拘束されている。廃車の中だ。気絶しているあいだにあの私立高校の生徒たちに運び込まれたらしい。
(どこだ、ここは? どうなってんだ、クソッ!)
窓の外を見ると、どこかの廃車置場であった。
周囲には十台ほど同じものがあった。つまり、自分と同じように拘束された人々が閉じ込められた車が散らばっているのだ。
彼らは日与と同じく、何が起こっているのかわからない様子だった。さかんに助けを求めて叫んだり、暴れたりしている。
(何だ? どうするつもりだ?)
しばらくすると車が一台やってきた。
男が降りた。高級なスーツ姿で、気取ったフェドラハットを被っている。口元はマフラーを巻いて覆っていた。
日与はそのスーツの胸元に目を凝らした。翼を意匠化した銅色のバッヂを着けている。ツバサ重工の関係者だ。
男は周囲の廃車とそれに閉じ込められた男たちを見回し、驚くほどの大声を上げた。
「えー、皆様、はじめまして。私はツバサ重工本社から来ました、血羽《ちばね》家のスクリーマーという者です。よろしくお願いします」
男は奇妙な名を名乗り、続けた。
「皆様は健康上問題がある、または反ツバサ的だということでして、今日現時点をもって我が社にとって不要とさせていただきます……」
「ふざけるな! 俺はツバサの工場で三十年も働いたんだぞ! 今さらクビなんて!」
老いた男が声を張り上げた。
スクリーマーはそちらをギロリと見た。
そして自分の車のトランクから大きな缶を取り出し、キャップを開いた自分の親指を小さなナイフで切りつけ、したたる血を缶の中の液体に数滴落としている。
日与はその様子を見ていた。
(何やってんだ?)
スクリーマーは自分の血を混ぜた液体入りの缶を抱え、抗議した男の廃車に向かった。そして車内に中身を注ぎ込むと、マッチに火を灯し、煙草に火をつけるような気安さで車に投げ込んだ。
ドォン!
直後、廃車が爆発的に燃え上がった! 缶の中身はガソリンだったのだ!
「ギャアアアアアアア!!」
聞く者を凍りつかせるようなすさまじい悲鳴が上がった。
「説明は最後まで聞きなさい」
そう言ったスクリーマーの帽子が炎の熱気に煽られて飛んだ。
あちこちで悲鳴が上がった。
露わになったスクリーマーの頭部は人間のものではなかった。白い羽毛に赤い鶏冠《とさか》を持つ、ニワトリのものだったのだ! とても特殊メイクなどには見えない。
日与は目を見開いた。
(何だあれ……?! 人間じゃない!)
「つまり、あなた方はツバサにとって用済みですが、最期にもう一度だけ役立ててあげようと、そういうわけです。これはまあ、社の何と言うか……えーと、慈悲? ハハハ……そう、慈悲ですね!」
スクリーマーはガソリン缶を抱え、次の廃車に向かった。
集められた男たちは完全にパニックとなった。悲鳴を上げ、助けを懇願し、狂ったように暴れた。しかし誰も逃げられない!
次の廃車に炎が放たれた。
ドォン!
「ギャアアアアアアアアアアア!」
「アハハハハ! アハハ、アハハハハ! 私は悲鳴を聞くのが大好きなんだ! そのせいでねぇ、悲鳴屋《スクリーマー》なんて名前がついてしまったんですよ!」
おぞましい愉悦に身をよじり、狂ったように笑うスクリーマーのその姿は正気のものではない!
「皆さんはねぇ、仕事中の事故で焼け死んでしまったと! そうご家族にはお伝えしておきますので!」
ガソリン缶が空になると、スクリーマーは次のガソリン缶を自分の車から持ち出した。そのたびにガソリンに自分の血を溶かしているが、その行動に何の意味があるのかは日与にはわからない。
日与がわかっているのは、このままでは確実に死ぬということだけだ。焦りに腹の底を焼かれながら、何とか拘束を逃れようとした。
(死ぬもんか! 俺は明来に恩を返さなきゃいけねえんだ! 俺が明来の夢を叶えてやるんだ!)
ドォン!
またひとつ廃車が爆発炎上した。すさまじい悲鳴が上がり、それを聞いたスクリーマーは腹を抱えて笑い転げた。
「ハハハハ! ハハハ! やっぱり人間の悲鳴はいいなあ! 絶望の声をもっと聞かせてくださいよォ!」
死に物狂いで暴れる日与の元に、コツコツという足音が近付いてくる。
スクリーマーであった。大暴れする日与の姿を見て、テレビで芸人のリアクションを見るように笑いをこぼした。
「あなたは芹沢のガキが連れて来たヤツですね……急遽追加ぶんの」
「芹沢!? 俺をバットで殴ったあいつらか?」
「その通り。本来なら予定にないことは困るんですが、あのガキどもはツバサ重役の親族ですからねェ。あなたは特例ですよ! よーし、せっかくだから余ったガソリンをみんなプレゼントしちゃいましょう」
スクリーマーはうきうきした様子で、残ったガソリンをありったけ日与の廃車に流し込んだ。
車内の床が水浸しになり、ガソリンの放つ臭気が漂い始めた。
日与は悟った。一巻の終わりだと。
絶望的な思いで彼は叫んだ。
「テメエェ! ブッ殺してやる――――!」
車内がガソリンで満たされると、スクリーマーは少し下がった。火をつけたマッチを放り込む。
ドォン!
廃車が爆発炎上し、すさまじい炎と熱が日与を包み込んだ。
(熱い! 息が出来ない!)
皮膚が焼かれて剥げ落ち、肺に吸い込んだ炎が体を内側から焼き尽くす。
(((お前の夢を見つけろよ、日与)))
絶対に自分が働くと言って聞かなかったときの明来の声がした。
(((お前もいつかきっと自分の夢を見つけられるさ……俺の夢をかなえるのは、そのあとでいいって……)))
そのとき、日与の中で何かが爆発した。それは自らを焼く炎の熱をも上回る、ビッグバンめいた怒りであった。
芹沢! 目の前の怪人! ツバサ重工! 踏みにじられた家族! 理不尽な社会! 無力な自分自身!
すべてに対する怒りだ! 死の恐怖も絶望すらも塗り潰す、すさまじい熱を伴う怒りだ!
日与は焼けた喉で絶叫した。
「ああああああああ! 殺す! 殺す! 殺す! テメエを! 殺す!」
炎の中で日与の全細胞が別の生命体へと作り変えられて行く。肉が、骨が、すべてが形を変えて行く。
今、石音日与は新しい血を授った。
ドゴォ!
楽しみが終わって立ち去ろうとしていたスクリーマーは、その音にぎょっとして振り返った。
それは黒煙を上げて燃える廃車のドアが蹴破られた音であった。
廃車の中から降り立ったのは、全身を炎に包まれた男だ。その燃える男が水滴を払うように手を振ると、炎は散って消えた。
ゴォッ!
身長百八十センチ超のたくましい肉体を持つ、背広姿の男だ。だがその頭部はスクリーマーと同じ、紅蓮の鶏冠を持つ雄鶏のものだ。ネクタイは鶏冠と同じく赤。目に怒涛の怒りを秘めている。
その雄鶏頭の男、日与は絶叫した。
「アアアアアアアアアアア!!」
スクリーマーは片眉を吊り上げた。
「おや? 何と何と、当たりを引きましたか! ……エッ?」
「オラア!」
日与はスクリーマーの顔面に鉄拳を叩き込んだ。
ドゴォ!
「ゴエッ!?」
その一撃でスクリーマーの体は数メートルも吹っ飛び、地面を転がった。超人的なパンチ力であった。
スクリーマーは半分潰れた顔で必死に言った。
「ま、待ちなさい! あなたに何が起きたか説明します! あなたは血を授かったのです! 私と同じ人間以上の存在に生まれ変わったのですよ! とにかく話を聞きなさ……ああっ!?」
構わず日与は相手に突進をかけた。
立ち上がったスクリーマーがとっさに反撃のストレートパンチを繰り出すが、その動きは日与にはスローモーションのように鈍く見えた。
(見える!)
動体視力が桁違いに上がっている。日与はスクリーマーのパンチを伏せてかわすと、その胴体に強烈なボディブローを入れた。
「オラアア!」
ドゴォ!
「ゲェッ……!」
スクリーマーは体をくの字に折ってうずくまり、胃液をビチャビチャと吐き出した。腹を抱えて日与を見上げ、懇願するように必死に言葉を搾り出した。
「私を殺せば! 社の……他の血族《けつぞく》が、あなたを殺……」
日与の返答は拳であった。大きく振り被り、スクリーマーの後頭部に拳を振り下ろした。
「オラアアア!」
「グワアアア!?」
ドゴォ!
スクリーマーは衝撃で顔面から地面に突っ込んだ。頭部がスイカのように潰れて血と脳漿が飛び散る!
グシャア!
* * *
芹沢たちは廃車置場の奥にある解体工場にいた。
軒下のドラム缶に廃材をくべて火を熾《おこ》し、手を暖めている。日与は怒りの篭もった靴音を立ててそちらに向かった。
「あのヤロウ、今ごろヤキトリだぜ! 家畜だけにな。ハハハ……」
笑っていた芹沢は靴音に振り返った。その顔は驚愕に凍りついた。そこにいる男は雄鶏の頭をしていたが、スクリーマーではなかったからだ。
日与は容赦なく芹沢の顔面に拳を叩き込んだ。
「オラア!」
ドゴ!
「ギャア!?」
完璧な歯並びに矯正された白い前歯が何本も折れて宙を舞った。
もう一人の男子高校生が腰を抜かしてしりもちをつく。
「ヒイッ?!」
日与は倒れた芹沢の胸倉を掴んで強引に立たせると、食らいつかんばかりに顔を近づけて怒鳴った。
「さっきのあれは何だ!? 俺に何をした!」
「お前……!? まさか……」
「質問に!」
日与は芹沢の股間を膝で思い切り蹴り上げた。一切の容赦なし!
ドゴォ!
「答えろ!」
「ああああ!」
芹沢は失禁し、苦痛に悶えながら声を絞り出した。
「け、血族……」
「何だそれは」
「ツバサ本社が飼ってるバケモンだ! ここは血族の製造所なんだよ! あいつがツバサ系列の工場にいらなくなった工員を用意させて、焼き殺す。殺された工員はたまにあいつと同じバケモンに生まれ変わるんだ! そういうときは社に連れ帰ってた」
日与はスクリーマーの奇妙な儀式を思い出した。ガソリンに血を混ぜていたあれだ。
(あいつの血を混ぜたガソリンで焼かれた人間が血族に生まれ変わるってことか。あいつ、仲間を増やしてたんだ。吸血鬼とかゾンビみたいに)
「お前、終わりだぞ! 本社の血族エージェントを殺しちまったんだ!」
芹沢は懇願とも脅しともつかない声で喚いた。
「俺ならオヤジに口を利いてやる! 俺の言うことを聞くって誓え!」
「〝NO〟だよ、先輩。お前も同じ目に遭え」
日与は芹沢の首根っことベルトを掴むと、頭からドラム缶の中に放り込んだ。
「ギャアアア!」
ドラム缶内で炎に巻かれた芹沢はすさまじい絶叫を上げた。ドラム缶から伸びた足を狂ったようにばたつかせている。
「ハハハ! ハハハ! ハハハハ!」
日与はそれを見て笑っている自分に気付き、愕然とした。
(俺は何を……これじゃスクリーマーと同じじゃないか!? 俺は人間だ!)
日与はドラム缶を蹴飛ばして倒した。芹沢が燃えカスと一緒に転がり出て、焼かれた顔を手で押さえながらのたうち回った。
「ああああ……!」
ファーン! ファーン! ファーン!
突然、廃車置場全体にサイレンが鳴り響いた。監視塔のサーチライトが夕闇を切り裂く。
「非常事態発生! 非常事態発生! コード四四九四が発生しました! 繰り返します……」
わけもわからないまま走り出そうとした日与の目の前に、小型ドローンが立ちふさがるように舞い降りた。スピーカーが電子変換された音声を放つ。
「ついて来てください。向こうに車を待たせてあります」
(続く……)
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