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エピローグ

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 天外市。ある日の昼下がり。

 日与は明来と一緒に自宅アパートを出た。新しく借りた家だ。今日もよく晴れていて、少し暑いくらいだった。

 大きなダッフルバッグを担いだ日与は頭を掻いた。

「驚いただろ? 俺が人間じゃなくなったって知ったときは」

 明来は真顔で答えた。

「いいや。お前が女連れて来たときほどじゃねえ」

「何だよそりゃ?」

 兄弟は笑い合い、握手して抱き合った。

 明来は言った。

「お前はお前さ、日与」

「またな。勉強がんばれよ」

 二人は別れた。明来は受験勉強のため図書館へ、日与は昴たちに会うためだ。

 日与は駅前へ向かった。バスターミナルで待っていると、オンボロのワゴンが滑り込んできた。

 日与としてはその車であって欲しくなかったが、その車が迎えだった。助手席の窓が開き、昴が笑顔を見せた。

「やっほー」

 日与はいぶかしんだ。

「やっほーじゃねえだろ。なんだこの車?」

「カッコ良くない?」

「ボロい」

 運転しているのは流渡だ。その右腕は人工皮膚を張った義手だ。古鉄家の闇医者に取り付けられた機械細胞の腕で、本物同然に動く。ハンドルを握った左手の小指も義肢だ。流渡が肋組を抜ける際、ケジメとして自ら切り落としたのだ。

 日与は渋々ながらスライドドアを開き、車に乗り込んだ。荷物を後ろの座席に放り出す。そちらにはすでに昴、流渡双方のバッグが置かれていた。日与のものも含め、いずれも長旅に備えた大きなものだ。

 オンボロワゴンが軋みを上げるような音を立てて通りに出ると、日与は不安げな顔をし、拳で車内を叩いた。

「長旅に持つのか、これ? 何ヶ月かかるかわからないんだろ」

 ハンドルを握った流渡が言った。

「お前、直せるんだろ?」

「俺は修理工として着いてくわけじゃねえぞ」

 二人の間は険悪である。

 昴だけがはしゃいでいた。旅行雑誌の類を山ほど用意し、それらの名所や名物のページにどっさり付箋紙を着けている。彼女は嬉しそうにそれらをめくった。

「すっごく楽しみ! 私の学校、修学旅行とかなかったし!」

 日与は座席に沈み込むと、スマートフォンを取り出してSNSにアクセスした。

 アカウント名は「九楼@星のかけら情報発信中」。鍵アカウントだが、日与はアカウント主――つまり九楼に招待されたのでアクセスすることができる。

 日与はそのアカウントに最近投稿された動画を再生した――


 はるか遠い昔、地球に複数の星が衝突した。

 それは太陽の光すら及ばぬ、宇宙の暗黒の彼方からやってきたものだった。星の衝突は地球始まって以来の大災害を引き起こした。そして長い長い冬の時代が訪れたのだ。

 この氷河期は多くの生物を絶滅に追い込んだが、かろうじて生き延びた種もあった。そのうちの一つは二本の足で歩き、火を恐れず、道具を使う者たち……人類であった。

 人類はやがてそれを見つけた。大地に埋もれた星を。星に触れた者は体がねじくれて死んだ。あるいは発狂して二度と正気に戻らぬ者もいた。だが中には別の生物に進化を遂げる者がいた。超常の存在、血族となったのだ。

 血族は人々に神の使いとして崇められ、あるいは人を食らう怪物として恐れられた。それらは今日《こんにち》、神話や民間伝承に吸血鬼、人狼、妖怪、精霊などとして伝えられている。

 やがて人類社会は発展し、科学が万能の神となった。血族は無知蒙昧が生んだ迷信の産物とされ、星のほとんどは人の手で破壊された。人心を惑わす厄介な物として、あるいは土地を切り拓く上で単に邪魔になったのだ。

 だが星は今もわずかながら残っている。

 血族には多くの派生家系がある。聖骨家から狂骨家が生まれ、闇撫家から腐痴家が生まれたように。新たな家系の始祖、氏神となる方法は三つだ。

 血覚《けっかく》。血族が修行を繰り返し、自らの血の限界を超えて氏神となる方法。

 再授《さいじゅ》。すでに血族である者が星に触れ、改めて血を授かる方法。

 そして混血。すでに血族である者が他家の血を改めて授かり交わる方法。

 鳳上赫はもともと血羽の一血族に過ぎなかった。それが強大なる鳳凰家の氏神となったのは、星の一つを見つけたためだ。そう導いたのもちろん俺、九楼だ。

 星のパワーで再授者となった鳳上は周到であった。自分を超える者が現れぬようにその星をばらばらに砕いたのだ。

 だがかけらになってなお、星は力を失ってはいなかった。かけらが再び一つになったとき、星は力を取り戻すだろう。

 星のかけらが眠るのは無明塚《むみょうづか》。略奪者と異態生物がはびこり、荒野とジャングル、廃墟の町が広がる暗黒の地。

 このアカウントへ招待された四人へ。お前たちは俺の目に適った男たちだ! 星のかけらをひとつずつプレゼントしよう。

 かけらは全部で十! 今言った通り四つは招待された者たちの手にあり、残り六つは無明塚に隠されている。遺跡に眠っているのかも知れないし、どこかの誰かが隠し持っているのかも知れない。

 力を欲するか? ならば星のかけらを奪い合え。星が一つになったとき、その力を手にした者が次の鳳上赫となるであろう。その力で世界をメチャクチャにしろ!

 なお星のかけらの情報は引き続き当アカウントで発信していくぜ。楽しみにしてな!


――動画が終わると、日与はポケットから星のかけらを取り出した。

 先日、日与の家に宅急便が届いた。中身はアカウントのアドレスと招待パスが記されたカード、そしてクッション材に包まれた星のかけらだ。

 星のかけらは日与の拳より多少小さい程度で、一見すると石ころにしか見えない。だが力強い血氣が感じられる。

 ふと、日与は顔を上げた。通りの道端にベースケースを背負った少女が立ち、手を上げている。

 日与は運転席のヘッドレストを叩いて流渡に知らせた。

「いた。あれだ!」

 ワゴンが路肩に寄って停まった。

 日与がスライドドアを開けると、笑顔の稲日が待っていた。

「日与!」

「稲日」

 稲日はワゴンに乗り込み、昴と流渡に微笑んだ。

「二人ともこんにちは。私、稲日ね。日与の……」

 ちらりと日与を見る。

 日与は少し照れた様子で呟いた。

「もう〝彼女〟でいいんじゃねえかな」

「それでいいよね。彼女! 二人とも二日間だけよろしくね。月曜からは学校あるから。ダブルデートで旅行なんて初めて! すっごく楽しみにしてた!」

 昴が振り返った。

「稲日ちゃんはギタリストなんだって?」

「〝ベーシスト〟ね。ちゃんと教えてよ、日与! まだ区別つかないの?」

 稲日に言われ、日与は肩を竦めた。

「よくわかんねえんだよ。ベースって弦が多いほう?」

「少ないほうだってば」

 昴がわくわくした様子で稲日に言った。

「『THE RIOT』できる? ライオットボーイの初代OPテーマ!」

「もちろん。モロトフカクテルのライブも行ったことあるよ」

「ほんと? いいなー!」


* * *


 日与は九楼を倒すため。

 昴は友達のため。

 流渡は愛する人を守るため。

 彼らは星を見つけるため旅立つ。


(『ブロイラーマン』終わり)


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