1.天使かと思ったらやべーやつだった。(1)
チンピラどもの最後のひとりをブチのめすと、俺は鼻血を拭って叫んだ。
「まだやんのか?!」
連中は悪態をついて逃げ出した。
俺はそれを見送り、裏路地にうずくまっている男に振り返る。
彼がさっきの連中に絡まれているのを見かけて、つい止めに入っちゃったんだ。
「大丈夫? まあ、こんな日もあるよ」
声をかけると、その男はおそるおそる顔を上げた。
二十歳の真ん中くらいかな? 驚くほどキレイな顔をしていた。
切れ長の眼で細面、真っ黒な髪を肩に垂らしている。
不安げにあたりを見回し、さっきのチンピラどもがいないことを確かめると、おどおどと俺を見上げた。
「お兄ちゃん、助けてくれたの……?」
「お兄ちゃん?」
俺はまじまじと青年を見つめた。
だって俺は18才で、彼よりずっと年下だ。
「とにかく立ちなよ、ほら」
手を貸して立たせたとたん、俺はぎょっとして一歩下がった。
(うわ、デケェ!?)
180cm以上ある長身で、モデルのように見栄えするスタイルだ。
おかしなことに裸足でパジャマしか着ていない。
彼は涙をぬぐって微笑んだ。
「ありがとう。血が……」
パジャマの袖で俺の鼻血を拭いてくれた。
妙に子供じみた喋り方と仕草で、体だけ大人になってしまったような感じだ。
「えっと、お母さんかお父さんは?」
ついマヌケな質問をしてしまうと、彼は首を振った。
「いない」
「そっか。俺は行くから、誰かほかの人に……」
「行かないで!」
俺に抱きつき、彼は泣きながら叫んだ。
「行かないでよおお……」
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俺は連川《ツラネガワ》狐々、この財音《ザイオン》市で暮らす18才だ。
身長は170cmちょい、安いパーカーにデニム姿で、オレンジイエローの髪をニット帽に押し込んでいる。
腕にしがみついて離れない彼をどうすることもできず、仕方なく家に連れ帰ることにした。
警察に押し付ければそれで済むんだけど、出来ればあいつらとは関わりたくない。
住宅街を歩きながら彼に聞いた。
「お前、名前は?」
「宵人《ヨイヒト》。ココ兄ちゃん、すっごく強いんだね」
「格闘家を目指しててさ。来月、大会に出るんだ」
「へえ~! スゲー!」
尊敬のまなざしを向けられ、俺は照れて顔を掻いた。
「で、お前はどこから来たんだ?」
「病院。逃げ出してきた」
病院の名を聞き出してスマホで検索すると、確かに実在している。
俺は納得した。
(ああ……なるほど。こいつ、頭の病院から逃げ出してきたのか)
連絡しようかと思ったが、俺がさらったと勘違いされても困るのでやめた。
宵人は涙を拭ってつぶやいた。
「家に帰りたい。ヒュー兄ちゃんが心配してるよ」
「兄ちゃんいんのか? しょうがないな、家まで連れてっやるよ」
「ほんと?! ありがとう!」
嬉しそうに笑う彼に笑い返しながらも、俺は自分のお節介に呆れてしまった。
明日の飯代にも事欠く生活だっていうのに。
いとしの我が家、ボロアパートの一室に連れ帰った。
俺のジャージに着替えさせた宵人は、狭い部屋をきょろきょろと見回した。
必要最低限のもの以外は何にもない寒々とした部屋だ。
本棚に置いたテレビアニメ『黒猫ニンジャ』のフィギュア(菓子の懸賞で当たったやつで、いずれネットで売ろうと思っていた)を見つけると、ぱっと笑顔になった。
「黒猫ニンジャ!」
フィギュアを手に取って目を輝かせる様子に俺は小さく笑った。
本当に小さな子供みたいで、早くも彼のことを好きになりかけていた。
「あげるよ」
「やった! ありがと!」
「ちゃんとお礼が言えてエラいぞ。飯の前に風呂入るか」
浴室に連れて行くと宵人はあっという間に服を脱ぎ捨て、はしゃぎながら駆け込んでいった。
「あ、こら!」
彼の服を拾ってカゴに入れてから、俺も後に続いた。
宵人はこちらに背を向け、シャワーの湯を浴びている。
「服を脱ぎ散らかすんじゃない」
彼は髪をかき上げながら振り返った。
その冷たい眼で見られた瞬間、俺はびくっとした。
さっきまでとはまるで雰囲気が違う。
「宵人……?」
「宵人? ああ……あいつが出てたか」
さっきまでの子供っぽい喋り方でなく、成人が――ヘンな言い方だけど、彼の肉体と年相応の男が冷笑するような言い方だった。
露になった裸身は研ぎ澄まされた筋肉に包まれている。
俺が思わず後ろ手に浴室のドアを掴んだ瞬間、長い腕が伸びてきて、逃げ場を遮るようにドア板を突いた。
(壁ドン! 壁ドンだ!?)
自分がそれをされる日が来るとは思ってもみなかった。
「あ……えっと……」
「かわいいお兄さん、お名前は?」
「し……知ってるだろ」
唇が触れそうなくらい近くに彼の美麗な顔がある。
正直びびっていたけど、同じくらいドキドキしていた。
だって、宵人の顔立ちは本当に……見とれてしまうくらいキレイなんだ。
ついさっきまでは子供っぽい仕草に隠れていたけど、今は剥き出しの欲望が美貌を際立たせている。
「キミの口からもう一度聞きたいな」
ほんの5000兆円でいいんです。