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[一語一会 #8] 軍用犬

先日来,ロシアがウクライナへの侵攻を続けている.
もちろん,ロシアのそのような行為は許されるものではないし,私個人としても非難したい.
そのような状況で軍事に関連したこのワードについて書くことは,不謹慎なものとは承知しているが,それを言い出すと地球のどこかで紛争が絶えないホモ・サピエンスの時代においては何も書けなくなるので,ここではお許しいただくことにしたい.

犬は,ホモ・サピエンスが狩りをして暮らしていた時代から,私たち人間の家畜として,歴史の諸所において活躍してきた.
日本の南極探検隊の犬ぞり用の犬たちと探検隊の人達の物語は,今も語り継がれる感動話にもなっているし,ペットとしては日本では数年前まで猫よりも多く飼育されていた(それでも千万頭近くいるというのは個人的には驚きだったのだけれど…).

軍用についていえば,例えば日本軍でも第二次世界大戦時に使われていたというし,やはりその人間より優れた感覚(例えば嗅覚)を発揮して,人間を助けてきた.最近では,2019年にISIS(いわゆるイスラム国)のトップを殺害するアメリカの作戦においても用いられて話題を呼んだ.

個人的には,人間の醜い戦争に付き合わされて,傷ついたり死んだりしていく犬たちのことを考えると,やるせない気持ちになってしまうのだけれど,彼らの活躍で多くの兵士が守られている,という側面もあるということであるから,仲間の人間ができるだけ死なないでほしいと願う身としては,複雑な感覚がしている.

さて,最近ハラリ大先生の「サピエンス全史」を拝読したのだけれど,今後の軍事への生物の利用について気になる点があった.おそらくハラリの専門ではないのだろうけれど,彼は,21世紀において人間がテクノロジー,特に生命科学の知見に基づいて(自らも含むが)動物の意識・脳のコントロールを行う可能性があるというような節のことを述べていた.

その本に出てきた具体例で行けば,昆虫にチップを埋め込んで,大事な会議等に潜り込ませて諜報するということもテクノロジーから言って可能であり,本題に絡ませるなら,(倫理的な問題,実用上の問題はおくとして,)犬もしつけというよりも脳神経学的にコントロールして兵器のように使うことができる可能性があるということだ.まさに生物兵器である.ちなみに,ハラリの例には,従順で死ぬこと等を恐れない人間を”量産”して戦争を行うという,私たちからするとディストピア的な未来予想もあった(もちろん彼は未来は予知できるものではないという前提ではある.)

科学とそれに付随するテクノロジーの進歩が人間の歴史を作ってきたしこれからの未来も作っていくことは間違いない.高橋祥子さんのご著書にもあるように,その中で改めてそのテクノロジーをどんな「より良い」未来を創っていくために利用していくのか,という点は改めて考え,議論しなければならない点だし,そのより良いというものは私たちそれぞれの主観も使って丁寧に考えるべきことなのだ.

浅はかではあると思うが,願わくば戦争がなくなり,軍用犬もいらないような世の中を作っていきたいものである.

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