見出し画像

【第二夜】空想映画館

夏、浜に夕焼けを見に行った帰りに通りがかったたてものの前でふと足を止める。
白くて四角い、2階建てのシンプルなたてもの。
マットな質感の黒い金属のドア。
ドアの横の外壁には文字の形をした金属のプレートが立体的に取り付けられている。
両サイドに小さな照明が取り付けられており、暖色系の光で照らされた文字たちが薄闇の中に浮かんでいる。

ドアを開ける。想像通りの重たさ。

室内はうす暗く、天井に埋め込まれた小さな照明と壁に取り付けられた照明がぼんやり空間を照らし出している。
それぞれの照明の金属部分は真鍮製。
床は幾何学模様のタイル敷き。オレンジ色を基調とした暖色系、比較的地味な色合い。
壁と天井は暗めのターコイズブルー。
天井は思ったより低い。2階に続く階段は見当たらない。
どこからかアコースティックギターの弾き語りの曲が流れている。おそらく青葉市子。

正面には深い茶色のカウンターが設えられている。花や果物がデザインされている木製の古そうなもの。
カウンターの後ろの壁には大きめの額縁が3枚かかっている。
それぞれの額には映画のポスターが飾られており、天井から吊り下げられた照明に照らされて浮かび上がっている。
気圧されるようにして、このあと上映だという左側の作品のチケットを買う。

ここは島の映画館。


カウンターに向かって右側の壁際には、洋菓子店にあるようなショウケース。
ポップコーンの機械などはない。シンプルな物販スペースになっている。
ただようコーヒーの香り。
フードの品揃えはしっとり系の焼き菓子とキャラメルやチョコレート、チーズなど。
ドリンクメニューは果物のジュースとクラフトコーラがメイン。軽めのアルコールもすこし。
ケース上のスペースにはコーヒー豆と、バスソルトなどのちょっとした雑貨が売られている。

ケースの右側にはラックが置かれ、映画のチラシやパンフレット、フリーペーパーが整然と陳列されている。
予告映像を流すモニターやソファーはなく、空いたスペースには観葉植物がたたずんでいる。

反対側を見る。

左側の壁には2つのドア。どうやらトイレらしい。
キャメル色の木製、ドアノブは真鍮製。
それぞれのドアには男女の横顔を象った金属製のプレートが立体的に取り付けられている。色は黒。
開けるとそれぞれ床はタイル敷き。色は白、ロビーと対照的な単純な柄。
壁はロビーと同じターコイズブルー。
照明は明るめで、暖色系の光。
個室の扉など木の部分はドアと同じ色味、金属はノブと同じ材質。
個室は2個ずつ、手洗い場は1個ずつ。

正面の壁に目を戻す。
カウンターの両隣にはキャメル色の革張りの重厚な扉、持ち手は縦に長めの円柱状でこちらも真鍮製。
扉の上部には四角いランプがついており、「上映中」の文字が印字されている。上映中は明かりが灯るようだ。

重い扉を押してシアター内に入る。小さな映画館なのでシアターはここひとつだけ。
正面に向かってすこし下り坂になっていて、シートが整然と並んでいる。
シートの色はロビーの壁と同じ色味のターコイズブルー。
床は黒色でリノリウムのような素材。靴音がしっとり響く。
正面のおそらくスクリーンがある場所は、まだカーテンで閉ざされている。
カーテンの色は白、素材はガーゼのような柔らかくてうすいもの。半透明の布がたゆたっているという感じ。

照明は天井から吊り下げられた球体。光は暖色系。
扉の開閉やエアコンの加減で揺れて、それに合わせて光も揺らめく。
うす暗い空間に光が揺らめいて、夜の海をのぞいているような気分になる。
換気扇の音だろうか、終始低い、巨大な動物の息づかいのような音が聞こえている。
上映5分前のアナウンスが流れる。

チケットに書いてある席に座る。シートは柔らかすぎず適度に沈む。
ゆらめく照明がふっと消える。


夏の島の夜は、そこらじゅうに様々な気配が立ちこめていてどこか熱っぽい。
しかしここは妙に沈んでいて静か。
夕日に当たって熱く乾いた肌が湿度の保たれた空間になじんでしっとりする頃、白いカーテンがさらりと左右に引っ張られる。
スクリーンが光を放つ。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?