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短編 ブルーバード・ロック 

日本のTwitterから、最強のストライカー(万バズ量産する奴)を誕生させる。

経営難に追い込まれた巨大な青いSNS…Twitter社は、自身の広告効果を担保すべく最強のストライカーを欲していた。このままでは、Xという黒くて悪趣味で識別性の低い社名に乗っ取られてしまう。

社運を賭けた最後のプロジェクトは、まだ知名度が高くないツイッタラーを監禁・養成し意図的に万バズを産むアカウント作る、というもの。脱落した者はアカウント永久追放か、X社への鉄砲玉になる契約で、最終選考に生き残れば契約金一億円のツイート闘士として働いてもらう。

籠に押し込められた青い鳥達の闘い。『ブルーバード・ロック(監獄)』その物語。

〜〜

「空間把握能力……それが俺の個性(エゴ)…武器……!」

この中年男性の名はサワタキ。ブルーバードロック計画に選抜された一人で、この物語の主人公。サービス開始時からTwitterを続けている所謂ツイ廃で、SNS界盛者必衰の歴史を全て見てきた。圧倒的な知識量と経験の長さから抜粋されたが、本人は1000RT程度の小さなバズを数回経験した程度である。ストライカーとしての決定力の無さ、個性の無さがコンプレックスだった。

「サワタキ!やったね!俺たちのゴールだ!」

明るい中年男性が駆け寄って声をかける。名はbot丸。本業はプログラマーでbot作りに精通しており、自身ではほぼ発言しない。技術を評価抜粋されたが、それをバズりに繋げる意識、経験が乏しい。

「ふぅ…もうしばらく脱がねぇからな…」

長髪で中世的な中年男性がタオルで汗を拭う。名を、ちーちゃん。女装と自撮りが趣味のイケメンだが、自己愛を拗らせている。女装自撮りは熱狂的なファンも付いているが、センシティブすぎてアカウント凍結を数回喰らっている。

『チームサワタキ、4点目獲得』

アナウンスの機会音声が、サワタキチームの得点を伝える。ブルーバードロックでは、各自が生き残りを賭けてミッションに挑戦する。今回は3対3のチーム戦で、500RTされたら1点。チームで先に5点獲得した方が勝利し、運営から評価点を貰える。評価点がマイナスになると脱落となる。

『中央に、スマホをセットしてください』

アナウンスに従い、フィールド中央にスマホをセットする。今サワタキ達は、サッカー場のような開けた空間で白いスマホを奪い合っている。Twitterに投稿できるのはそのスマホ一台のみで、各自で奪い合いながらツイートしなければいけない。「無限の時間があると思うからお前らのツイートはヌルい。限られたタッチ数でゴールを決めてみろ」という意向らしい。

「舐めやがって……」

闘志を剥き出しにした体格の良い中年男性がサワタキを睨みつける。対戦相手チームのリーダー、ゴリチンだ。高身長、鍛えられた大きな筋肉、角刈り。所謂ゴリマッチョだ。

「さぁ、お互い後が無い。見せてもらうよ。君たちのエゴ(個性)を」

管制室で闘いを見つめる眼鏡の中年男性。メガネP(プロデューサー)と自称している。ブルーバードロック計画の責任者。自身は太古のSNS、mixiで天地無双の活躍をしていたらしいが、詳細は定かでは無い。

4-4で並んだサワタキチームとゴリチンチームのラストボール。ホイッスルが鳴った。


サワタキの視点

俺は沢滝。バズりツイッタラーを養成する、という狂った計画に参加してしまった中年男性だ。500RTを5本決めるチーム戦、その闘いが4-4まで来ている。あと1点。これを決めたら俺は、Twitterばかりしていた自分を肯定できるかもしれない。いつも灰色で退屈だった視点が、鮮やかな青へ変わっていた。

自分は、何となくバズるツイートが分かる。ゴールの匂い、とでもしようか。そして逆に、これは炎上する、これはアカウント凍結されるかもしれない…とファールの匂いも感じる。

他人のツイートを見て感じることは出来ても、自分でバズらせることはできないし、敢えて炎上させるようなプライドを捨てた言動はできない。そんな無個性でつまらないのが自分だと思っていた。

だからチームメンバーに活躍してもらうしか無かった。bot丸には、過去のバズったツイートをパクって「えぇ?!〜中略〜なのかぃ?」と言わせるだけのbotや、見た目がかわいいキャラがトレンドワードをランダムに並び変えて発言する擬似AIのbotアカウントを作るよう助言した。多彩なbotのドリブルが彼の持ち味だ。流行っている間に本人は別なbotを作成できるのも強い。

ちーちゃんは、凍結しないラインのえっちな自撮りについて助言した。飢えた性獣にチラつかせればすごい速度でイイネが集まる。彼の加速力は素晴らしいので、あとは知名度を上げる必要があった。bot丸に「えっちな自撮りを取り締まるテイで引用ツイートさせる自警団bot」を作ってもらい、二人の力を掛け合わせた。結果、4点のゴールを産み出せた。

自分も役に立たねば、という環境が、自分の武器を目覚めさせてくれた。今も、ゴールの匂いがしている。ボール(スマホ)を持ったら、ちーちゃんにパスを回す。男の娘アレンジした星川サラの自撮りをあげてゴール。道筋が見えていた。


もぁ……


背後から嫌な気配が迫る。汗臭い。逞しい雄の腕に、ボール(スマホ)を奪われてしまった。

「フィールドのキングは、俺だ……!」

対戦相手のゴリチン。相手チームは連携力が低いが、各自の個性が強く不気味さを秘めている。

相手チームのミッドフィルダーは、太った中年男性。名をクソデブ。各業界のリーク情報を集めることに特化しており、頻繁にリツイートされている。だがネタバレを嫌う風潮に合わせて需要は下がっており、大きなバズりには至りにくい。

しかし、タイミングや内容が噛み合った時のゴール力が高い。試合を突然動かす強烈なミドルシュートのようだ

もう一人の相手フォワードは細身のハゲた中年男性。名をクソハゲ。終始気持ち悪い言動をしており、グラドルやコスプレイヤー等顔が綺麗な女性アカウントへ毎日クソリプを付けている。基本的にバズることはないが「このおっさんキモすぎだろ」と晒された時に、面白すぎてバズることがあるので侮れない。粘り強さがゴールを作ることがある。

今の状況では、最も警戒すべきはゴリチンだった。固定ファンがついており、日を追うごとにリツイートが増えている。


「テメェらは隅っこでシコってろ……!」

バシィッッ!と強烈なシュートがゴールポストを揺らす。自分の男性器を勃起させ撮影し、投稿している。ギリギリ500RTには届かず、ボールが宙にまう。必死に追いかける。俺たちのターンだ。


「な、つ、Twitter社は何してるんだ!なんであいつを野放しにするんだ!なんでチンポがセーフなんだ!」

俺はボールをキープしながら、思わず弱気な抗議の声をあげてしまった。パワフルすぎる。彼の隆起した筋肉とイチモツは特にゲイ界隈で有名で、徐々にファンを増やしている。彼からは汗と、ゴールの匂いがする。ギリギリで炎上、アカウント凍結しない道を堂々と駆け抜けている。チンポで。俺はその決定力と野生に憧れていた。

次にボール(スマホ)を渡してしまったら、500RTを超えるだろう。急いでパスをまわさ……


あっ


敵チームのクソデブとクソハゲが味方をマークしてる。ここでパスを出している余裕は無い。そうか、俺に決定力が無いとバレてしまっている。ゴリチンはチンポを振り回しながら迫ってくる。

途端に、悔しさと怒りが込み上げてきた。


Twitterなんて、欺瞞と狂気の肥溜め、糞溜まりじゃないか。なんでそんなクソの中で、バズったとかバズらなかったとか、パクったとかパクられたとか言ってるんだろうか。大量のクソに評価されたからなんだって言うんだ。

そして、そんなクソの群れの中で上品さを貫こうとしている自分に嫌気がさした。周りは詐欺師とアホと、性器丸出しで機密情報をばら撒くような奴ばかりの世界で。

やってやる。俺が


俺がストライカーだ…!!

バシィッッと渾身のシュート(ツイート)。ボールはゴールへ向かい、力無く飛ぶ。

内容は、フォロワー数世界上位レベルの大型お笑い芸人アカウントへの、渾身のクソリプ。『その人には酷いあだ名をつけて中指立てないの?』


「無茶だよ、サワタキ…!」
「馬鹿野郎、そんなダサいツイート、お前が一番嫌いなやつだろ…!?」

味方からの悲痛な声が聞こえる。


「アホが、焦りやがったな」
「所詮は有象無象。オイラとは違ってね」

敵チームからは安堵の声が漏れる。


「こいつ……このシュート(ツイート)は……!」


至近距離で鎬を削り合っていたゴリチンは、このシュートの回転に気が付いたようだ。


『え〜みなさんはこういう酷いことするのやめましょう』


大型お笑い芸人から、引用ツイートで晒される。跳ね上がるインプレッション。鳴り止まない通知。ボールはギュルギュルと前方へ回転を始め、まるで芝生を蹴り上げ突進する猛獣のようなドライブ回転で突き進み、ゴールネットを揺らす。823リツイート。


『勝者 サワタキチーム』

俺は雄叫びを上げた。背中に蒼い羽根が生えたような、昂る何かを感じた。


管制室の視点

試合を終え、プロジェクト責任者のメガネPは顎に右手を添えた。左手は右肘に添える。考え事をしている時のクセだ。思考を整理する。

サワタキのツイートは、全て計算されていた。大型お笑い芸人の普段の芸風は、他人を毒突き、権力者に媚びず、自分の怒りを隠さない。売れてからは丸い言動が増えて、口は悪いが人格者という立ち位置に居た。

その大型お笑い芸人が、最近話題の有名人とのツーショットをTwitterに上げていた。その写真に対して、サワタキのクソリプ。「昔のお前ならそいつを叩いていたよな?」という絶妙な相手。突っ込みやすい煽り。引用ツイートをすることで大型芸人側も、素人と交流しているポーズになるし、注意を促しているフリをしつつ「お前が言うな!」という大衆からのツッコミを引き出すボケになっている。流石の安定感だ。

サワタキはその安定感を計算に入れてクソリプを放った。全ては、ゴールのために。こいつが無個性なんてとんでもない。とんだTwitter狂人だ。


他のチームも、続々と試合結果が表示される。篩い落とされるツイッタラーも多いが、原石達が輝き出した。

残り5つの試練を乗り越えた時、そこには最強のストライカーが誕生しているはずだ。


ファイナルステージ


5つのステージと多くの闘いを乗り越え、最後の試練に挑むサワタキ。ここで生き残れば、ブルーバード選抜チームとなり、世界のツイッタラー達と合同練習できるらしい。練習ってなんだ、という常識的なツッコミをする脳の器官はとうに擦り潰れていた。

『やぁ、才能の原石達。最後のステージのルールはシンプルだ。今から1ヶ月以内に、一万リツイートのゴールを決めろ。協力も妨害も自由だ。達成したやつからこの施設を脱出できる。アカウントが凍結したやつは永遠に地下労働だ。ま、仕事にありつけるだけ良いのかもね。ここにいるの、クズばっかりだから』


いつも通り、皮肉たっぷりな語り口でメガネPのアナウンスが流れた。始まった。


「サワタキ!生きてたか!俺のツイート、見てくれた?」

「ふん…俺はお前の助言無しでも凍結しなくなった。礼は言わねぇぞ。選抜チームで待ってる」

元チームメイトの二人がサワタキに声をかける。見違えるように逞しくなっていた。

bot丸は途中で「俺のセンスで、俺だけのbotを作る!ここは俺だけのTwitterだ!」と覚醒し、ドラえもんが一定確率でポケットから性器を取り出すbotや、セミが死ぬだけのbot等、なかなか常人には理解できないbotを大量に作り突き抜けた。

ちーちゃん。は「他の男の娘との絡みの写真をあげる」「お金持ちのおじさんとのデートを実況する」等自身のナルシズムと女装界隈への踏み込みで一躍有名人になった。


ゴリチンは自分の性器を野菜に叩きつけて割り始め、エースストライカーになった。

他にも、強引になんでも逆から読むだけのパワー回文、ないドラえもんの話、デカい声を出すだけのおじさん、緊迫したBGMで佇むだけのピッコロみたいなおじさん、様々な強敵が蠱毒のように犇き合っていた。ここは狂った中年男性のコロシアムだ。


負けていられない。サワタキは、改めて己のサッカー(Twitter)を振り返る。


〜〜

自分には魅力もシュート(バズり)の決定力も無い、とずっと思っていた。約17年、Twitterをしながらずっと。ここには本当に終わっているようなクズが大量に居て、たまに面白い奴が出る。そこに1ミリも脳みそを使わない、つまらない奴が大量に群がる。終わってる。

俺はあんな有象無象になりたく無い。世間に中指を立てながら面白いことを、思ったことを言い続けるアホでありたい。そう思っていた。

でも自分には何も思いつかなくて、面白い発言をリツイートして、かわいい自撮りにイイネを付けて。気付いたら自分も有象無象になっていた。

そこで改めて気が付いたことがある。それがきっと、俺のサッカー(Twitter)の根幹なんだろう。


最終戦だというのに心は妙に落ち着いていた。まず、あいつから声をかけに行こう。


「はぁ?ゲーム業界のリーク?アホか、俺のメシのタネだぞ」


頼むよ、焼肉奢るからさ、と提案しながら、クソデブと話した。


「今熱い地下アイドルですか?なんですか?貴方も私の選美眼の価値に気づきましたか」

クソハゲとも酒を交わした。苦笑いしつつ、好きなグラドルの話をした。クソハゲは完璧にツイートの内容を把握していて、予想生理周期のPDFファイルまで見せられた。流石のキモさだった。


「なんだよお前は。煽りに来たのか」

全裸で筋トレ中のゴリチンにも声をかけた。隣で筋トレに混ざりながら、何を思って写真をあげているのか、そんな話をした。筋肉と性器の健康を記録するため、他者に見せることで己を律するためらしい。狂ってるけど、真っ直ぐな男だった。

他のライバル達にも、声をかけて回った。みんな狂ってて、壊れてて、面白かった。どんどん見識が広がって、世界の見え方が変わっていった。


そんなことをしていたら、俺の所に面白い話やタレコミ情報が集まってくるようになった。ガセネタ、危険な情報、しょーもない話。その中でも、これはと思ったものはリツイートするようになった。

俺自身は大した人間じゃない。でも、面白い奴、面白い情報がどこにいるのか、どの立ち位置にいれば楽しいものに出会えるかが、段々分かってきた。言ってしまえば他力本願だ。俺が面白いことを言わなくても、世界にはこんなに狂ってて面白い奴らが沢山いる。

俺はこの汚い世界が好きなんだと気付いた。つぶやき、なんてキレイでオシャレなものじゃない。インスタみたいに上っ面だけの嘘とは違う。

綺麗に見える青い鳥も、近くで見ると羽根は汚れている。でも醜くはない。空を飛び、懸命に生きる姿勢に美しさがあるのだろう。

我々ツイ廃は見た目から汚れている。心はもっと醜い。ツイートは悲痛な魂の叫び。ロックだ。この取り繕わない汚さが、俺にとってのTwitter。ブルーバード・ロック(魂)だ。


それに気付いた時、ゴールポストと友人達は静かに俺を迎え入れてくれた。俺の引用ツイートは易々と1万RTを超えていた。


それから


「この短い期間で自分のサッカー(Twitter)を見つけるとは。期待以上だったよサワタキくん。2回戦くらいで脱落すると思ってた」


いつも通り皮肉を吐くメガネPに、サワタキは鼻で笑って返す。

「短いなんてとんでもねぇ。こっちはTwitter17年やってんだぜ。あと敬語使えよ。年下だろ」

「今更そこ気にするかぃ?青バッチが付いたら敬語使うよ」

「金払えば貰えるんだろ?モンドセレクションと一緒じゃねぇか」


「面白いねそれ。嫌いじゃないよ。その調子で頼んだよ。青い鳥の未来をさ」


今日はブルーバード・ロックプロジェクトの最大の関門、X社とのツイートバトルが行われる。これはオフィシャルな戦いではない。ツイート地下闘技場で、ツイート闘士達が命を賭けてバズり対決をする。当然、敗者は命を断たれ、最終的に生き残った者が社名を決定できる。

X社側は世界的なバズり闘士達が集まっている。簡単に勝てる相手は一人も居ない。だが命を失う怖さよりも、興奮が勝っていた。


青と黒。二つの旗が踊るように揺れる。死合い開始の銅鑼が鳴る。



この闘いの結末は、皆様が知る通りだ。






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