見出し画像

全宅ツイ不動産チンパンジー情報 第90号

ルポ立ち退き~終着駅の先の終着駅~

著者:全宅ツイ会員(匿名希望)

 みなさん、古いアパートで平穏な余生を過ごすおじいちゃんやおばあちゃんの布団を剥がして更地にした土地を売り飛ばし、普通のサラリーマンの何倍ものお金を稼ぐ方法、いや、違った、古くなった建物を現代のニーズに相応しい不動産として活用すべく、権利者間の調整を行う社会問題解決型不動産ソリューションの方法、をご存じですか?

 かつて映画「マルサの女」の中で地上げ屋さんのボスが部下たちに言いました。

「地上げのコツはただふたつ。脅しと愛情。」

 僕もそのとおりだと思います。立ち退き相手と長く一緒に時間を過ごせば過ごすぶんだけ、関係は深まる。恋人たちと同じだ。まずは愛情だ。僕が木造アパートの薄暗い玄関先で対峙するのは首元がだるだるになったランニングシャツを着たおじいちゃんか、腰が90度に曲がったおばあちゃんだけど……

☛☛☛

 東証の応接室。偉そうな、多分本当に偉いおっさんが壁に掛かった銅製のレリーフの由来をとても流暢に喋っている。学のない僕たち不動産屋さんなんかの、本当に偉い人たちと共通の話題がない人間と喋らないといけないときの定番ネタなんだろう。

 とても興味深いような顔をしながら本当は一ミリも興味のない話を聞いていた僕たちは、本当に偉いおっさんと、呼び出しに来た若い社員に先導されて中二階のような細い通路を進む。大きな吹き抜けに面した、思ったより狭い場所に東証の鐘は置いてあった。

 僕たちを見つめる若い社員や、家族、取引先を吹き抜けから笑顔で見下ろす。悪くない気分だった。創業社長の次に渡された木槌で鐘を力いっぱい叩く。君たちは知らないだろうけど、あれは側で聞いてる分にはとてつもなく大きい音がするんだ。

ゴーン!ゴーン!ゴーン!……

☛☛☛

「……聞いてるのか?」

 僕は、ハッとして眼の前のおじいちゃんに言う。

「聞いてますよ」

 ああ、今、僕は102号室の主、吉田修さんが話す長い長い話を聞いていたんだ。

 ここは上場記念の鐘の音が響き渡る日本橋兜町の東証ではなくて、豊島区椎名町のことぶき荘。鳶を大怪我してやめてから●●●に転職したんだと人差しを曲げて笑う吉田さんの話に、僕は一ミリも興味が無いのはおんなじだけど。

 御年76歳。生活保護受給者。立ち退き合意書に早々にハンコを押してくれてからが大変だった……。

☛☛☛

 まだ暑い9月の頃、吉田さんと僕は引越し先候補のことぶき荘に負けないぐらい古い、雑司が谷辺りの、アリの巣穴みたいな行き止まりだらけの私道の奥にあるアパートにいた。

「ぶぼっ!ぶぼっ!」
 
 キッチンの説明をしてる仲介会社の担当とそれを聞いてる僕の後ろの方から何発も音が聞こえる。おじいちゃん止めて。借りたお部屋でみんなオナラしてるけど、借りる前のお部屋では音出してオナラしちゃいけないの!

 皆さんご存知ですか?近所のミニミニに行って元気よく、76歳!生活保護!独居!アパートの建替えで引っ越しする部屋を探しています!って叫ぶとカウンターの中のミニミニマンがどんな顔するか。インターネットで見つかる生活保護専門!って書かれた賃貸仲介会社に電話した担当の第一声のドスの利いた「……なに?」って声とか。

 立ち退きのとても重要なポイントの一つは引越し先の確保です。ですが、あれじゃないですか、そもそもが他に住みたがる人もいないような古い古い、人生の終着駅みたいな木造アパートしか借してもらえない入居者に好き好んでお部屋を紹介したり、貸してくれたりする人ってあんまりいないじゃないですか。そこから立ち退かせて引っ越しさせるってのは終着駅についた電車をまた動かすみたいな話ですよ。終着駅の先の終着駅がいるんです。

 というわけで、年金ぐらし高齢者、生活保護受給者などのみなさんが引っ越すとなったときに協力してくれる賃貸仲介会社がとてもとても重要です。これがなかなかみつからない。だれだって若くてちゃんとお家賃を払って、他の入居者にも迷惑をかけない入居者を仲介したほうが楽に決まってる。それなのにわざわざ、物件が都内でさえあれば僕が立ち退きするときにとても協力的に手伝ってくれる、やっとみつけた聖人みたいな仲介会社、お前たちには絶対におしえてやらない。

 その仲介会社の前でおじいちゃんがオナラをカマすわけです。

「ぶぼっ!ぶぼっ!」

 僕は慌ててキッチンの換気扇の紐を引いてから、おじいちゃんの手を引っ張って外に出た。目の前はアパートの唯一の接道、自転車がすれ違うのがやっとという幅の二項道路。そのどんつきまでおじいちゃんを連れていき思う存分放屁させて、ついでにタバコも吸わせて、頼むからオナラはやめてって言ってまた、部屋に戻った。

……おかしい。こんなはずではなかった。
20年前、僕は不動産業界ではぶっちぎりの名門、由緒正しい総合商社の不動産部門から斯界のキャリアをスタートさせた将来有望な不動産世界の貴公子のはずだった……。

 昔の貴公子は今、部下の作成した2万円の発注書にミスがあったと怒鳴り散らすテナントに土下座して発注書にハンコをおしてもらったり、すこしでも経費を浮かそうと売主が屋上に残置した業務用冷蔵庫を一人で抱えて腰をイワしたり、おじいちゃんにオナラをしちゃだめって叱ったりしている。

 神様、これは何の罰でしょう?契約締結寸前に仮測量を入れたら10坪ぐらい縄伸びしてたのを売主に黙って公簿売買したやつですか?建物を解体したときに見つけた地中障害を告げずに瑕疵担保責任免責で売ったやつですか?いつもツイッターで湾岸とか文京区の悪口を言ってるからですか?それとも……

☛☛☛

 僕に注意されてオナラをひっこめた吉田さんは結局その雑司が谷の終着駅アパートを引っ越し先に決めた。ああ、これは借地借家法ババ抜きだ。終着駅アパートから無理やり次の終着駅アパートに移したババ。それをまた不動産世界で罪を犯したもう一人の僕が別の終着駅アパートへ動かすんだ、神様。

あとは引っ越しのためのいろんな手続きをするだけのはずだったある日、電話がかかってきた。吉田さんから、じゃなくて池袋署から。

「それでおれは言ってやったんだ。警察でもなんでも呼べって。」

 知ってるよ。おじいちゃん。僕のところに池袋警察署から電話が来たからね。ことぶき荘の入居者同士で喧嘩してるって。初めてじゃないよね。これで何回目かなんだってね。重要事項説明書には書いてなかったよね。

 おじいちゃんの喧嘩相手は201号室。こちらも生活保護受給者の男性で40代。コイツはいわゆる聴覚超人で、一日中部屋にいて、ことぶき荘の他の住民が物音をたてた瞬間にその住民をどなりつける、その住民がたてた物音よりずっとずっと大きな声で。

『平日昼間に家に居るやつにまともなやつはいない。』

 これは僕がおでこに入れ墨をしてもいいぐらいの金言だ。そういう平日昼間にお家にいるみなさんどうしが喧嘩をする。201号室の入居者、ムカつくことに僕と同い年ぐらいのくせにうっとおしいほど生えた髪の毛を真ん中分けにしてたので、キノコマンって呼ぼう、その小柄で体力に劣るキノコマンはアパート内で揉めた際には隙あらば警察に通報する。「殴られた」って、ああ、神様。

「いや〜吉田さん、うちも困ってるんですよ。あのキノコマン。だいたい働かずに昼間から家に居るやつにロクな奴いないでしょう。」

 わが意を得たりと頷く、吉田おじいちゃん。おまえもじゃ。

☛☛☛

「あのジジイはどうしょうもないですね」

 さっきまで102号室でひとしきり吉田ジジイの文句を聞いていた僕は今、201号室でキノコマンの前に座っている。暑い。初めて入るキノコマンの部屋は8月というのに窓も開けず、エアコンもかかっていない。電気代の節約のためにエアコンを真夏でもつけない生活保護受給者は多いのだ。よく高齢者が自宅で熱中症になって死亡したってニュースでやっている。キノコマンは40代だが、僕は素早くキノコマンに立ち退き料を支払う場合と、更地になったことぶき荘の物件概要書に”告知事項有り”と書かれた場合のフィージビリティスタディを行った。暑さでもうろうとする頭でも立ち退き料支払いの方がリーズナブルだと思った僕は初めて腰を据えて話す機会を得たキノコマンに洗いざらい明け透けに、立ち退いてもらいたい旨と予算の80%の立ち退き料を告げた。

「800万円」

 キノコマンのカウンターオファーを聞いた僕の瞳からは一切の感情が消えた。たまにいるでしょう?不動産屋さんでガラスの目玉みたいな目の人、あんな感じ。

 判例にある相場、不動産業界での一般的な立ち退き料の相場、本物件ことぶき荘でみなさんに同意していただいた金額(これはかなりきわどい普通は切らないカードだ)、その他くっつけられる限りの理屈をつけて、僕は今度は予算の200%の立ち退き料を告げた。

「800万円」
 
 はい。 ここでみなさんに算数クイズです。ある不動産屋さんが豊島区椎名町の古い古い、総戸数8戸のアパートを5,980万円で買いました。一部屋あたりのお値段はいくらでしょうか?神様、僕は僕のアパートをもう1回、入居者から買うハメになるんですか?

(※一部の同業の皆さんは、生活保護受給者と立ち退き料の交渉、ってところで違和感を感じるでしょう。そうです。一部の皆さんのご理解の通りです。ここでちょっと入居者が生活保護受給者の場合の立ち退きについて書いてみます。まず第一に、生活保護受給者にも住居の選択というか無理やり立ち退かされない権利はもちろんあります。役所にお願いしたら生活保護受給者を本人の意向関係なしに引っ越しさせてもらえるって無知な僕は最初思っていました。次に、いわゆる立ち退き料ですが例えば、大家さんである僕が生活保護受給者に立ち退き料100万円払うって言って合意したとします。で、実際に引っ越しにかかった実費が40万円だとします。残りの60万円はどこに行くか?また、立ち退き料20万円で生活保護受給者と僕大家さんが合意したけど、実際に引っ越しには40万円の実費がかかった場合、足りない20万円はだれが払うのか?)

「いや、あの、こういうことはあんまりいいたくないんですけど、キノコマンさんは生活保護を受給されていますよね。その場合、仮に僕が800万円お支払いしても実費以外の部分は全部、役所にとられちゃうのはもちろんご存じですよね?」

「800万円」

(※生活保護受給者の立ち退きの場合、合意した立ち退き料が実費を上回る場合はその超過分は役所に返還?され、合意した立ち退き料が実費を下回る場合はその不足分が役所から支給されます。つまるところ引っ越し費用を大家さんが払うか役所が払うか、それを生活保護受給者が合意する立ち退き料で決めてる感じになります。)

「いやでも、もし800万円自分のモノにしたら生活保護とまっちゃいますよね?」

「構いませんよ。僕は別に仕事してるし。生活保護なんてもらわなくてもやっていけるんだ。こういう場合は裁判されても追い出されないのは知ってますよ。僕は素人じゃないです。ネットとかで色々しらべたから詳しいんです。」

「ネットから得た知識でプロとお金を賭けて渡り合おうと考えるやつのことを素人いんうじゃい!」

って叫ぶ代わりに僕は

「承知しました。社内で検討します。」

って言って、とぼとぼとことぶき荘を後にした。

 小さな小さな不動産屋さんがなけなしのたった一枚のチップを賭けた立ち退きアパートルーレットが回ってる時の気持ちを知っていますか?寝る前、ベッドの上で天井を眺めてるときも、ご飯食べてるときも、お酒を飲んでるときも、twitterしてるときもキノコマンの顔が浮かんできます。ぶぼっ!ぶぼっ!たまに吉田おじいちゃんも。そういう効果音の鳴り響くアパートルーレットのどのマスにボールが落ちるかで小さな小さな不動産屋さんの、引いては社員や僕の家族の未来が決まるんです、神様。

☛☛☛

 立ち退き料をつり上げるキノコマンをしばく。絶対に合法的で、絶対にスカッとする方法で。そう誓った僕はとりあえず豊島区の西の方の地区を管轄する福祉課に向かった。

 暴力追放と書いたポスター、カウンター越しに公務員へ繰り出されるパンチを防ぐためのタクシーのやつみたいな間仕切り、デカデカと印刷されてこれみよがしに貼られた池袋署の電話番号、そういったとても臨場感のあるタイプの"相談室"で役所の人と対峙する。社会の矛盾を一手に引き受けさせられる罰ゲームを自発的にではなく毎日やらされてると人間はどんな風になるかの実験サンプルみたいな役人たちにもキノコマンはその名を轟かせているようで、僕が彼の名を告げた瞬間に目の前の役人はとても迷惑そうな顔した。

☛☛☛
残念ながらこの後のキノコマンとの対決、そして合法的に得られた結果の、射精してしまいそうなカタルシスについてはここでは書かれない。そんなものはインターネットでは語れない。いつか皆さんと酒チャンスでお会いしたときにお話したい。あるいは僕たちにカネを払え。ファックユーペイミー。

☛☛☛

(赤坂の路地裏、カウンターだけの和食のお店、もう寒い頃)

「Tさん、知ってたでしょ?」

 僕はことぶき荘を紹介してくれた仲介業者のTさんの空になった盃にお酌をしながら聞いた。

「うっはっは。201号室の人でしょ?物件を紹介したときも、重要事項説明書のときも聞いてこないんだもん。売主の売却理由や賃借人との係争の有無。」

「わっはっは、やっぱり。」

 僕たち二人の不動産屋さんは大声で豪快に笑った。不動産屋さんの習い性として目だけは少しも笑っていないけど。

 それでも売却益は全てを癒やす。立ち退き完了したことぶき荘を分筆して僕の会社が得た利益は●千万円。それをマイホームとして買いたい個人のお客さんに紹介してTさんも仲介手数料を得た。最初に、ことぶき荘を僕に紹介することでことぶき荘の元所有者と僕から合計6%、さらに僕が個人のお客さんに売るときに僕と個人から6%、一つの物件でTさんが得た手数料は合計12%、……待って、僕より利益率高くない?

「少しでも隣の部屋や上の階で物音がすると、201号室の賃借人はすぐに警察をよんで、その度にオーナーと管理会社も呼び出し受けてたんですよ。それで嫌になった他の住民は出ていったり、家賃を払わなくなったり。売主も高齢の資産家でしょ、そういう面倒くさいのとても嫌いますからね。いくらでもいいから売ってしまおうと。」

 土地代以下、利回りでもネット9%近いことぶき荘を紹介されたとき、Tさん、これ僕が買うからもう他に紹介しないで!って叫び、仲介会社内で他の担当者の持ってきた札のほうが僕の札より高かった時には、Tさん、部下の札でしょ!握りつぶして!って叫んだ僕がTさんにいう言葉はこれしかなかった。

「またご紹介お願いします!」

☛☛☛

 はい。というわけで今年もクソ物件オブザイヤーの季節がやってきました。ことしもたくさんのみなさんのご参加を楽しみにしております。

次のルールをよく読んで投稿してね。

エントリー期間:
2022年11月15日(火)7時30分~11月19日(土)21時00分

クソ物件とは?:
2021年11月15日から2022年11月14日までの期間に注目を浴びた不動産プロジェクト全般(住宅・オフィスビル・商業施設・ホテル・高齢者施設・物流施設・開発用地・不動産会社・不動産テック・不動産屋さんの起こした事件など)お願いだからヘンな間取りを投稿するのはもう勘弁してください。

エントリー方法:
クソ物件の魅力を1ツイートに込めて#クソ物件オブザイヤー2022のハッシュタグをつけてtwitterに投稿してください。KBOY受付ゴリラ(@KBOYgorilla)がリツイートした時点でエントリー完了です。参加者が爆増したのでグリップ君(@kuso_bukken)は気に入ったものだけ厳選してリツイートするウホー。

※同一物件・同一ネタの投稿はエントリー期間終了時点で最もRT+FAVの多かった作品が最終ノミネート作品に選ばれます。すでに誰かが投稿しているネタでも遠慮なく踏み台にして、より魅力が伝わるツイートでバズらせましょう。

 今年も予選落ちやったらワシはメンズエステで高額別オプション代を払ったのにサービスが機械的だった時のよ●すけさんぐらい切れるからな。

☛☛☛

 もしキノコマンが暴れなければ、ことぶき荘の元所有者は管理を持て余すこともなくずっとことぶき荘を保有し続けていただろう。
 キノコマンが800万円の立ち退き料を提示してごね続けているその間に、ことぶき荘の隣地すべてにアタックした結果、プロジェクトの規模が2倍になったこともなかっただろう。
 もしキノコマンがいなければ、弊社の資本金に等しい売却益を弊社が手にすることはなかっただろう。

 やっと気づいた僕は、何年も前の10月の夕暮れに一人、とぼとぼと、ことぶき荘から帰る僕に教えてあげたい。神様はずっと目の前に生活保護受給者の姿をして現れてたんだって。

ありがとう。神様。

僕はそう呟いてから、キノコマンがサインしたミミズみたいな文字のならぶ立ち退き合意書と領収書の入った豊島区福祉課あての封筒を会社の近くのポストに放り込んだ。

おしまい。


■その他の出来事

ここから先は

7,345字 / 18画像
この記事のみ ¥ 400

全宅ツイにご感心ご興味いただきありがとうございますウホ。皆様のご支援のおかげで楽しい企画が続けていけます。これからもよろしくお願いします。