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pantsを穿きたい

うちの会社には制服がない。

男性はスーツを着ていれば間違いないが、女性の服装には幅があるので、ドレスコードが定められている。

ブラウスやジャケット等の襟付きの服を着用する。
襟がないカットソーなどの場合は、カーディガンを羽織らなければならない。

わたしは上下揃いのスーツの日もあれば、ジャケットとスカートを組み合わせることもある。
インナーはモノトーンかおとなしめのパステルカラーの無地のカットソー。
夏場は7分袖のシャツ。

いくつかのアイテムをぐるぐるとローテーションで着回す。





10年以上前、わたしが新人だった頃は、ハラスメントやジェンダーなんて言葉、今ほど広まっていなかった。

シックな色だが、ちょっとヒラっとしたフェミニンなスカートを穿いていたら、「今日はスカートなんやね。そんな格好して、今日は何か美味しいものでも食べに行くの?」と言われたりした。

美容院で思っていたより少し髪が明るめに染まった翌日、上司に「大人っぽくなったね〜。でも明るさはそのぐらいまでね、それ以上はやめてね」と褒められながら注意されたこともあった。

首の後ろを蚊に刺されたことを、自分より先に支店長が気づいたこともあった。



こんな風に服装や髪型などの容姿について、大きい声で言われることもあったが、全く嫌ではなかった。 

20代から60代の男女が勤務する20名ほどの支店。
そこに唯一配属された新入社員。

慣れない仕事ぶりを、みんながヒヤヒヤしながら見守り、仕事以外の服装や髪型にまで注目が及ぶ。

いつの時代も新入社員は赤ちゃんと同じだ。





わたしは背が低く、本来パンツをかっこよく穿きこなせる体型ではない。

また、パンツは太ったり痩せたりがバレやすい。
例えば脚の直径が3cm太くなったとして、パンツとスカートでは影響度合いが異なる。

スカートは、1つの筒で2本分の脚を受け入れてくれるので、ちょっとぐらい太っても誤魔化しが利く。

それに対し、パンツは、脚を1本ずつ筒に入れるため、容赦なくパツパツになる。



今、ロング丈のスカートや、ゆったりしたラインのガウチョパンツがメジャーになっているのは、非常にありがたいことだ。
私服ではガウチョパンツを穿いたりする。

しかし、仕事着としてゆったりしたラインのガウチョパンツを穿くのは、ラフすぎると思う。



入社当初はスカートとパンツの割合が半々ぐらいだったのが、気づけば今はスカートばかりになっていた。

少なくとも、今の職場に異動してきてからは1度もパンツを穿いていない。
もうすぐ丸4年だ。



パンツを穿きたい。



今になってそう思い始めたのは、太ったことをバレたくないという割に、ふくらはぎを年中出しているという矛盾が気になり出したからだ。

真冬も黒タイツ1枚を隔ててふくらはぎやスネを外気に晒している。
「スカート寒くない?」とか言われると、「そこまでしてふくらはぎを出したい人」だと思れたかもと、恥ずかしくなる。



パンツを穿きたい。



新人だったあの頃、なぜそんなにパンツを穿けていたのか、今となっては分からない。

大学時代はスキニーパンツだったり、レギンスにショートパンツを合わせるのが流行っていたので、脚のラインが出る服装に対して、感覚が麻痺していたのだろう。



パンツを穿きたい。



わたしは1年間髪を伸ばして春先に急にバッサリ短くするという、六甲山のヒツジと同じサイクルを過ごしている。

髪を切った次の日、出勤すると、女性陣は「すごく短くなったね〜」と声をかけてくれたりする。
しかし、今は男性から声をかけられることは随分少なくなった。
新人のあの頃とは、もう違う。

でも、ロングからボブへと、ヒツジの毛刈り並みの変貌を遂げたわたしを見て、絶対に「髪切った」と気づいてはいるだろうな、と感じる。

わたしはその空気がとても恥ずかしい。
どんな顔をして過ごせばよいのだろう。

いっそのこと、「失恋ではありません」というタスキがけでもしておいてやろうかと思う。



パンツを穿きたい。



今わたしがパンツを穿いて出勤するとしたら、少なく見積もっても1000営業日ぶりということになる。

髪を切っただけでその空気が耐えられないのに、わたしは「パンツ穿いてる」の視線に耐えられるのだろうか。

スカートとパンツの割合を半々まで持って行こうなんて高望みはしない。
ただ、たまには穿いてみたい。
そして、最終的には週に1度ぐらいのペースで安定させたい。



パンツを穿きたい。



普段パンツの人が珍しくスカートを穿くと、デートでもするのだろうかと勘繰られるのかもしれない。

普段スカートのわたしが珍しくパンツを穿くとどうだろうか。
それがたまたま週に1度のノー残業デーだったりしたら、パンツスーツで17時ピタでいそいそと退社する姿を見た人から、転職活動の面接にでも行くのかと勘繰られたりはしないだろうか。



パンツを穿きたい。



例えば、月に1度だけパンツを穿く人が居たとして、1年で12回、4年あれば48回穿く機会がある。
そうすると、周りの人からの評価は「ものすごくレアだけどたまにパンツを穿くんだよな、あの人」ということになる。

それがわたしは、今の職場で1000営業日中0回だ。
本当に1度もない。
0.0000000000%
小数点第何位までいっても、0は0だ。

0を1にするのがどれだけ難しいことか。

月1と言わずとも、四半期に1度、いや年に1度でいいからパンツを穿いておくべきだった。



最後にパンツを穿いたのはいつだろう。

本当に覚えていない。
4年前か、6年前か、8年前か。

その真相を知るには、その頃担当していた取引先に行き、「わたしパンツ穿いてましたか?」と聞いて回るしかない。

当時のわたしは、0を1にするのがどれだけ難しいことか、分かっていなかった。

だから、なんの考えも無しにパンツを穿くことをやめ、楽なスカートの道に進んでしまったし、パンツをやめた時のことを覚えていない。

タイムマシーンがあったなら、最後にパンツを穿いた日に戻り、「どんなに頻度が低くてもいいからパンツを穿くことを絶対にやめるな」と伝えたい。



パンツを穿きたい。



きっと、わたしが考えるほど、誰も他人の服装をそこまで気にしていないはずだ。
だから何を着ても何を穿いてもいい。



こんなことで何ヶ月も悩んでいることがおかしい。
悩んでいる暇があればさっさとパンツを穿けばいい。



わたしより背が低くても毎日パンツを穿きこなしている人がたくさんいる。
その姿に勇気をもらう。



それでも、勇気を持って一歩踏み出すことは怖い。
頭では分かっていても、人の感情は一筋縄ではいかない。



だからわたしは願い続ける。





明日こそは










パンツを穿きたい。


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さて、次回の #クセスゴエッセイ は

「油垂らしに行く」

をお届けします

お楽しみに〜
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