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抗癌剤 治療終了 梨を食ふ

九月十二日。「CT検査で再発はみられませんでした。これで薬は終わりです」と医師に告げられた。あともう一回二週間飲む、と思っていたので意外だった。

「半年以内で再発する人もいるんですよ。とにかく最後まで治療続けられてよかったです。今度は十一月二十日に血液検査に来てください」

ああ、終わったんだ……。

もっと感動するかと思っていた。感極まるかと思っていた。だが、医師は淡々と説明し、わたしは淡々と聞いていた。

この半年、情報との闘いだった。

インターネットでは、『百害あって一利なし』『寿命を縮める』『欧米諸国では抗癌剤治療は副作用の方が大きいからと廃止された。やっているのは日本だけ』『製薬会社と病院の金儲けの道具』の情報があふれていた。

友人知人からは「夫は抗癌剤治療終わって一週間で亡くなった。治療を受けさせなければよかった」「兄はものすごく体調不良で苦しんで一年後に亡くなった。受けさせなければよかった」という生々しい情報が。

何を信じていいか分からなかった。

決めるのは自分だ。ずっと葛藤があった。下痢気味になったり手足や顔にシミが出来たときは、やめたほうがいいかも、と思った。

だが、たまたまnoteで知った『最高の癌治療』(大須賀覚、他著)の本を取り寄せて読んだとき、決心がついた。

『保険適用の標準治療こそ最高の治療である。個人的な体験談やあやしい宣伝を信じてはいけない』

全編を貫く信念に満ちたこの言葉を信じよう。

また、薬剤師をしている次女からは「昔は癌は助からない病気だった。今は治療後五年、十年も生存して、しかも仕事をしている人が沢山いる。それは抗癌剤ができたから。絶対、受けるべきだ」

一度もぶれることなく、淡々とこう言った娘。そして甥や姪の「頑張って治療続けて」という励まし。

途中で止めて、将来再発したら後悔するだろう。やることをやって再発したら、それがわたしの運命だったと納得できる。

やらないで後悔するようなことだけはしたくない……。

途中で薬の量は半減された。足の裏の腫れが痛くて歩くのもつらい、とわたしが言ったから。医師からするとめんどうでやりにくい患者だっただろう。

でも、ラスト・クルーまで治療を続けた。

あっけないほど淡々とその日は来た。治療は終わった。自分自身、もっと感動するはずだったが、不思議なぐらい平静に病院を出た。平静というより、寂しいような気分だった。

明日から目標がなくなる。薬を飲み忘れないように。あと二か月。後一か月……と頑張って梯子を上って来たのに、突然、梯子が消えた。そんな感じだった。

治療が終わったら、お祝いに一人で大御馳走を食べようと思っていたのに、家に帰ると、冷蔵庫から梨を取り出して剥いた。

淡々と食べた。大きなのを一個食べた。冷たく瑞々しい梨はご馳走だった。

ああ、美味しかった……


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