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真実助けてください 高尾五郎

 朝はまだ明けていない。毎日敗北つづきだった。さっぱり光の出口が見えない。その敗れた心を抱いて夜明け前の浜辺を歩いていると、ワインのボトルがまるで私の足元に届けられるように浜辺に流れついていた。コルクを抜いてボトルをさかさまにして振ると、くるくると巻かれた紙片が掌に落ちた。ゴム輪をとり紙片を広げてみると、いかにも少女が書くような丸文字で次のような文字が綴られていた。

真実助けてください  
助けてください。
福島県南相馬市の女子高校生です。
わたしは友達を津波でなくしました。
わたしの友達は両親をなくしました。
わたしの無二の親友は南相馬で
ガソリンがないために避難できずにいます。
電話やメールでしか励ますことしかできません。
親友は今も放射能の恐怖と戦っています。
だけどもう、諦めました。
まだ十六なのに死を覚悟しているんです。
じわじわと死を感じているんです。
もし助かったとしても、
この先放射能の恐怖と隣り合わせなんです。
政治家も国家もマスコミも専門家も
原発上層部すべてが敵です。
嘘つきです。
テレビでは原発のことが放送されなくなりつつあります。
同じ津波の映像やマスコミの心ないインタヴュー、
口先だけの哀悼の意、被災を天罰だと言った政治家。
政治家はお給料でも貯金でも叩いて助けてください。
命令ばかりしないで、安全な場所から見てないで現地で身体をはって助けてください。
私達は‥‥見捨てられました。
おそらく福島県は隔離されます。
完全に見捨てられます。
国に殺されます。
私達被災地の人間は、この先ずっと被災地を見捨てた国を許さないし恨み続けます。
これを見てくれた人に伝えたいのです。
いつ自分の大切な人がいなくなるかわからないのです。
今隣で笑っている人が急にいなくなることを考えてみてください。
そしてその人を今よりももっと大切にしてください。
今、青春時代をすごす学校が遺体安置所になっています。
体育や部活をやった体育館には、                    もう二度と動かない人達が横たわっています。
どうしたら真実を一人でも多くの人に伝えられるか……。
一人でも見てもらえれば幸いです。
考えた末、勝手ながらこの場をお借りしました。
ごめんなさい。そして、ありがとう。
姓名不詳「真実」

 差し込まれたコルクには、「BEAUJOLAI-VILLAGES NOUVEAU 2011」と刻印されていた。この文面からも察するに、あきらかに二〇一一年三月十一日に東北を襲ったあの大震災直後に書かれた手紙である。そのメッセージ・イン・ア・ボトルは、なんと四年の月日を広大な海を漂い漂い、私が歩いている砂浜に漂着したのだ。しかしこれは過去からの手紙ではない。いままさに南相馬市の高校生によって投下された、いまの私に突き刺さってくる手紙だった。私はいまなおこの大震災のただなかに立ち、その悲劇を描き込もうと苦闘しているのだ。そのメッセージ・イン・ア・ボトルは、そんな私にある意志をもって流れついたのではないのだろうか。

 海の上に湧き立つ不気味な黒い雲。大地を引き裂くような激烈な地震。海の底が千メートル先まで露呈し、やがて巨大な津波が襲撃してきた。高さ三十メートルにも及ぶ黒い波が町や村を打ち砕きなにかも飲み込んでいく。根こそぎ奪い取られたものは人や建物だけではなかった。生活も、歴史も、文化も、伝統も、小学校も、中学校も、商店も、工場も、病院も、消防団も、青年団も、言葉も、思想も、なにもかも一切合財が。呆然と立ちつくす人々。行方の知れぬ子を、妻を、夫を、祖父を、祖母、曾祖父、曾祖母、友人を、知人を探し出そうと瓦礫の中を歩き回る人々。やがて自衛隊、警察、消防の隊員たちが瓦礫の下から犠牲者たちを運び出してくる。瓦礫のなかで泣き崩れる人々。号泣する人々。

 そして福島では、原子力発電所の一号機が爆発し、死の灰がもくもくと湧き立ち、風に吹かれて何十キロ何百キロ先へと拡散していった。二日後には三号機が天を突き上げるように炸裂した。これは水素爆発ではなく核爆発ではないのか。それが事実ならば日本には第三発目の原爆が落とされたことになる。何十万もの人々の避難がはじまった。だれもが家に帰れると思っていた。しかしそうではなかった。彼らは流浪の民になってしまった。畑を捨てなければならなかった。牛や豚や鶏を餓死させなければならなかった。ペテン的除染なる作業がはじまった。町や村の玄関をちょこちょこと竹箒で払ったといった程度の作業だった。それでもう戻れて言っている。町や村は広大な山林に囲まれている。その広大な山林は死の灰をかぶったままなのだ。その地に戻れ、いつまでくずくずするな、もう安全だ、もう生活できるから戻れと。

 悲劇はあまりにも巨大だった。立ち向かう私の力は乏しい。毎日が挫折の連続だった。しかし打ち砕かれるたびに私の絵は深くなる。挫折するたびに私のなかに新生の力がどくどくと流れこんでくる。私はすでに世界に立ち向かう思想を確立しているのだ。三百年生きるという思想を。三百年生きなければならないという思想を。三百年かけて創造せよという思想を。三百年という月日をかければ、日本を襲った悲劇の全貌に立ち向かった百点の絵は完成する。

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「真実助けてください」とネットで検索すると、その全文が音楽とともに流れてくるサイトがあらわれる。いま全世界を襲撃しているコロナ禍に沈み込んでいる私たちに、そのとき南相馬市の高校生が投じた手紙は、生々しい戦慄となって迫ってくる。

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